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第四百八十話 大空洞の戦い(八)

「自分という個人よりも戦団という組織の存続を優先するのは、さすがは杖長じょうちょうというべきかな。この状況でよくもまあ、見得みえを切れるものだと感心するよ」

 三田さんだの目には、味泥朝彦みどろあさひこの状態は、瀕死ひんし重傷じゅうしょうを負っているように見えてならなかった。三田が己の力を過信しているわけでも、希望的観測にすがっているわけでも、楽観視しているわけでもない。

 厳然げんぜんたる事実として、朝彦は、いまにも死にそうな状態だった。

 戦団魔法技術の最秘奥さいひおうたる星象現界せいしょうげんかいとやらを発動し、戦闘能力を極限まで引き上げていたのだろう朝彦は、確かに凶悪極まりない力を披露した。

 三田の隙を突き、心臓を破壊して見せたのだ。

 あのような芸当が出来る魔法士は、戦団でも数えるほどしかいないのではないか、と、三田は胸元に触れながら考える。

 心臓を一突きに突き破った傷痕は、今や完全に塞がっている。当然だろう。この肉体を突き動かす第二の心臓が動き出し、細胞という細胞を活性化させ、再生を始めたからだ。

 今や、三田の肉体は、先程とは比較にならないほどの頑健さと俊敏さを発揮する。

 その目で、朝彦を見ている。全身を鳴雷なるいかずちに撃たれ、さらに電撃を浴びせ続けられている彼は、身に纏う導衣どういそのものからしてぼろぼろだった。電熱にき焦がされ、毛髪も皮膚もなにもかもが燃えている。

「うっさいわ、あほぼけかすぼけ!」

「脳に血が巡っていないんじゃないか? 得意の語彙ごいが死んでいるぞ」

「誰が漫才師やねん!」

「誰もそこまでいっていないが……」

 いつまでも強気を崩さない朝彦に呆れながらも、三田は、警戒を怠らない。

 中隊長命令、と、朝彦はいった。

 本来ならば、戦団の導士たちにとって、これほど重い言葉はないはずだ。

 そもそも戦団において、上官の命令は絶対的なものだ。

 小隊編成ならば小隊長の、中隊編成ならば中隊長の命令こそ、至上にして唯一の行動指針となる。命令に背くことは許されない。

 どんな理由があれ、命令違反を許せば、戦団という組織そのものの根幹が揺らぎ、立ち行かなくなるだろう。

 だから、本来ならば朝彦の命令に従い、撤退するのが中隊の導士たちが取るべき判断だった。

 しかし、三田は、この広大極まりない幻魔製造工場を見回し、自分が飛び込んできた遥か上方の通路に視線を定めながら、考えるのだ。

 彼らは、本当に、朝彦を見捨てるだろうか、と。

 三田が星象現界という魔法技術の存在を知ったのは、マモンの知識を得てのことだ。この脳内に溢れる膨大な知識の一つにそれがあり、それによって、鳴雷を自在に操ることができている。

 星象現界を使えるのは、戦団にうじの如く数多あまたと存在する導士の中でも、星将せいしょうを筆頭とする極一部の高位導士だけだという。

 朝彦率いる中隊の他の杖長が星象現界を使わないのは、使わないのではなく、使えないからだ。もし使えるのであれば、三田が朝彦を連れ去った瞬間、即刻星象現界を発動し、追いかけてきたはずだ。

 星象現界を発動した導士二名と、一体の敵ならば、十二分に勝ち目があると考えるだろう。

 だが、そうはならなかった。

 朝彦自身が追跡を止めさせた上、つい先程、中隊長命令を発した。

 これらの情報を総合すれば、星象現界を使えるのは、この中隊においては朝彦ただ一人であり、その朝彦を無力化した今、三田の敵はいない。

 しかも、この空間である。

 五百体にも及ぶトロールが生産されている工場。

 いままさに五百体ものトロールが目覚めのときを待ち侘びているのだ。

 中隊の導士たちが命令を振り切ってここに飛び込んできたが最後、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図が展開するということだ。

 三田は、だからこそ、中隊の連中が朝彦の命令を無視し、ここまで突っ込んでくることを期待した。

「なにを期待してるんか知らんけど、残念やったな。皆、今頃――」

「今頃、なんだって?」

 三田は、朝彦の強がりを嘲笑あざわらった。

 遥か上方にある通路の出入り口が光を帯びたかと思うと、工場内の空中を巨大な雷光の塊が駆けてきたのだ。そしてそれは、空中で無数に軌道を変化させながら、雷をばら撒いていく。

 強烈な雷鳴とともに落下したいくつもの稲妻の中から導士たちが姿を見せるのは、三田の想像通りではあったが。

忍法にんぽう雷光綱渡らいこうつなわたり!」

「なにが綱渡りなんだ?」

「制御が」

「おい」

「てへっ」

 枝連しれんに突っ込まれて小さく舌を出したのは、香織かおりである。二人は、巨大な容器の金属製の蓋の上に着地すると、速やかに法機ほうきを構えている。

「香織ちゃん、すごい」

「だろ。皆代小隊の突撃隊長だからな」

「えっへん!」

 素直に感心し、拍手すらしているルナの隣で、統魔とうまもまた、戦闘態勢に入っている。枝連、香織とは異なる場所だが、同様の容器の蓋の上だ。

「任せて正解だったねえ」

「さすがは新野辺しのべ家の一員ってところかしら」

 みどり英理子えりこも、香織の魔法技量を手放しで賞賛しながらも、警戒を強めた。同じく、異様な容器の蓋の上、二人が見つめるのは、朝彦を踏みつける男だけだ。

 六甲ろっこう小隊、薬師やくし小隊の導士たちもそれぞれに容器の上に着地しており、その配置は、緑が事前に取り決めた通りとなっていた。

 つまり、三田を包囲する布陣である。

 当然だが、なんの考えもなしに、事前の調査もなしに飛び込んできたわけではない。

 ヤタガラスを飛ばしたのだ。

 残る二機の内、一機を使って、三田を追った。追うことそのものは難しくなかった。三田は膨大な魔力を発散しながら移動していたのだ。その結果、進路上の残留魔力を追いかけることが容易だった。

 それ自体が罠だということも、理解している。

 三田は、中隊を一網打尽にするために朝彦を連れ去ったのだ。

 三田の向かった先に待ち受けるなんらかの罠、仕掛けを用いれば、効率的に中隊を殲滅せんめつできるのだろう。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 朝彦を見殺しになど、出来るわけがない。

 中隊全員の意見が一致し、ヤタガラスが捉えた映像を見ていた。

 そして、この広大な空間を目の当たりにしたとき、誰もが言葉を失ったものだ。

 朝彦が絶対に追いかけてくるな、と命令してきた意味がはっきりと理解できた。

 そこに突っ込めば、待っているのは絶対的な死だ。

 杖長たちですら、そう結論づけるほどの状況だった。

 数百体ものトロールが容器の中に漬かっていて、いまにも目を覚ましそうな様子なのだ。それらが動き出せば最後、中隊では対抗しきれないのは明白だった。

「お、おまえらなあ……!?」

 朝彦が、中隊長命令を無視して飛び込んできた部下たちに対し声を荒げたが、その声は、透かさず打ち込まれた三田の雷撃によって悲鳴に変わった。

「さすがは戦団導士諸君。中隊長命令とはいえ、仲間を見捨てることはできないか」

 三田は、周囲を取り囲んだ導士たちを見回しながら、いった。中隊を構成する十二名の導士たち。その全員が、三田を見下ろすように培養器の上に着地し、法機を構えたり、律像を展開している。

 いつでも戦闘に移れるといわんばかりだ。

 もっとも、既に戦闘は始まっていて、朝彦への攻撃は続けられているのだが、それもすぐに終わるだろう。朝彦は長時間耐え続けてきたが、それもこれまでだ。

 どれだけ朝彦が優れた魔法士であっても、人間は人間に過ぎない。

 心臓は一つ。

 命は一つ。

 三田とは、違うのだ。

(ん……?)

 ふと、三田は、違和感を覚えた。

 三田を取り囲んでいるのは、十二名の導士だ。味泥朝彦率いる小隊は、全部で十四名だったはずなのではないか。

 朝彦は、三田が踏みつけている。

 だとすれば、後一人、この場に足りないのではないか――三田が、そう思考を巡らせようとしたときだった。

 どこからか飛来したなにかがら三田の右足に直撃したかと思うと、瞬く間もなく凍り付き、巨大な氷塊を形成した。

 そして、三田が思わず右足を振り上げ、電熱によって凍結状態から逃れようとした隙を逃さず、朝彦の姿が掻き消えた。

 朝彦を抱えて培養器の上に飛び乗ったのは、躑躅野南つつじのみなみである。

 三田は、凍り付いた足を燃えたぎる熱によって元通りにしてみせると、躑躅野南を睨みつけた。


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