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第四百七十九話 大空洞の戦い(七)

「なんやねん……これ……」

 朝彦あさひこは、今まさに目の当たりにしている現実を素直に受け止められないでいた。

 この大空洞が複雑で機械的な設備を内包した施設であるということは、想像していた通りだ。そうしたダンジョンは、空白地帯に数多と発見され、調査され、踏破されてきた。ダンジョン内部で回収された様々な情報が戦団の役に立っているのも間違いない。

 しかし、このような光景を目撃するのは、朝彦が最初ではないか。

 極めて広大な空間に無数の機械が複雑に絡み合うようにして設置されており、数百個もの培養槽のような筒状の装置が整然と並んでいる。それら筒の中には液体が満たされ、液体の中にトロールの巨躯が沈んでいるのだ。

 トロールの目は閉じており、眠っているかのようだ。

 眠れる数百体のトロールたち。

 異様な光景だった。想像すらできない、できるわけもない情景。ありえないことのように思えたし、悪夢のようだと思えた。

 トロールたちが一斉に覚醒すれば、どうなるか。

 朝彦は、戦慄せんりつせざるを得ない。

「見てわからないか。幻魔げんまの製造施設だよ」

「はあ!?」

 朝彦は、素っ頓狂とんきょうな声を上げるほかなかった。頭の中が真っ白になる。真っ白な空白の中にもたげてくるのは、三田さんだの言葉だ。

「幻魔の……製造……」

「見たまえ」

 三田が、トロールの入った培養槽の金属部を指し示した。そこには複雑怪奇な紋様が刻まれていて、未知の文字列が並んでいる。

「この紋章は、サナトス機関と呼ばれる組織の紋章らしい。つまり、この施設は、サナトス機関の施設だということだ」

「サナトス機関……」

「幻魔戦国時代を終幕に導いた幻魔大帝エベル。その側近の内の一体が、サナトスだそうだ。受け売りだがな」

「マモンのか」

「まあ、そうなる」

「あん? どういう意味や」

「流れてくるんだよ」

 三田は、右手の人差し指を己のこめかみにあてて、双眸そうぼうを赤黒く光らせた。禍々《まがまが》しい輝きは、同じような虹彩を持つルナのそれとは、全く異なるものだ。

 朝彦の脳裏のうりに、懸命けんめいに追い縋ろうとするルナの姿がよぎる。

 この半月ほど、朝彦は、麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうから与えられた使命の一環として、皆代みなしろ小隊を見守っていた。同時に、弟弟子である統魔とうまを鍛え上げるという意味もあったが、最大の目的は、ルナの監視である。

 ルナが本当に信用に値するのかどうか。

 光都こうとの一件だけで信じ切っていいわけがない、というのは、極めて合理的な理屈だ。

 確かにあのとき、あの瞬間のルナの言動は、献身けんしん的で利他りた的、自己犠牲じこぎせい的なものであり、戦団の導士として満点に近いものだった。

 一番に反対し、正体を暴くと息巻いていた統魔がほだされたほどなのだ。

 あの場にいた誰もが、ルナを受け入れることを否定しなかった。懐疑かいぎ的なものもいただろうが、拒絶するほどではないという結論に至るくらいには、彼女の光都跡地での対応は見事だった。

 とはいえ、それで全てを認めていいものか、どうか。

 ルナは、人間ではない。

 人外の、未知の存在なのだ。その正体は未だ判明できず、善性の塊であるからこそ受け入れたというだけの話であり、信用しきってはいけない。

 それが理性的な判断というものだろう。

 が、朝彦は、とっくにルナを仲間として受け入れていたし、だからこそ、彼女の追跡を諦めさせたのだ。

 ルナが皆代小隊に溶け込んでいることは明らかだったし、彼女自身がもっとも苦手とする戦いに慣れようと、克服こくふくしようと日夜努力していることは、朝彦自身よく理解していた。

 彼女は、きっと、戦団の力になる。

 統魔とともに将来の戦団を支える存在にだってなりうるだろう。

 ここで死ぬのは、自分一人で十分だ。

「その腐った脳みそにか。信用ならんな」

「信じるか信じないかは、おまえの自由だよ。味泥みどろ朝彦杖長(じょうちょう)殿。だが、おれがいっていることは事実だ。ここはサナトス機関の施設で、幻魔の大量生産工場だということはね」

(幻魔の大量生産工場……)

 朝彦は、声には出さずつぶやくと、容器の中で眠る無数のトロールに目をった。目を向けられる範囲は狭いが、それでも、何百体というトロールが目覚めの時を待っているかのようにして、培養槽の中に浮かんでいる様はわかった。

 圧巻であり、悪寒が止まらない光景。

 それらが一斉に動き出せば最後、この場にいる全員が惨殺ざんさつされるだろう。

 味泥中隊が全力を尽くしても、倒し切れまい。

 それ以上に衝撃的なのは、幻魔が消耗品のように大量生産されていたという事実であり、そのための工場が人類生存圏のこんなに近くにあったということだ。

「考えたことはないか?」

「あん?」

「幻魔は、なぜ、減らないのか、と」

「……なにがいいたい?」

 朝彦は、三田に視線を戻した。三田は、朝彦になど目もくれない。もはや朝彦など脅威きょういではないというのだろうし、それもまたどうしようもない事実だった。

 朝彦の心臓の上を踏みつける三田の右足は、常に雷光を発している。それが朝彦の体内を電流となって巡り、魔力の練成を困難にしている。

 魔法士同士の対決において、敵魔法士に打ち勝つ方法の一つが、魔法を行使させないことだ。そのためにはどうすればいいか、といえば、いくつかの手段が考えられるが、その一つがこれだ。

 魔力の練成、あるいは律像りつぞうの形成を阻害そがいすること。

 戦団や警察部が犯罪者に用いる拘束具、破魔環はまわがそれに近い。

「幻魔が一向に減る気配がないという事実に、戦団が気づいていないわけがない、ということだよ」

 朝彦は、なにもいわなかった。

 それが相手には、肯定として伝わったのだろうが、仕方がない。

魔天創世まてんそうせいによって、地上の生物が死滅し、代わりに幻魔が爆発的に増加した――それは、わかる。しかし、魔天創世から百年以上が経過し、幻魔たちは領土争いを繰り返している。それなのに、一向に幻魔の数が減る気配がない。おかしいじゃないか。幻魔同士の争いでは、多量の幻魔が死ぬというのに、なぜ、幻魔は減らない」

 三田のいうことは、もっともだった。

 央都成立以来、戦団最大の懸念の一つが、それだったのだ。

 幻魔が、減っている気配がないのだ。

 戦団は、現在、央都四市を地上に確保している。これらはいずれも、鬼級幻魔が支配する〈クリファ〉であった土地であり、殻主たる鬼級幻魔を討ち斃し、その跡地を生物にとって住みやすい環境に作り替え、都市としてきた。

 そのためには数多くの幻魔をたおしてきたということだが、それだけで幻魔の数が減るなどと、戦団とはいえ思うわけもない。

 幻魔が減る要因は、なにも人類との戦いだけではない。

 いや、むしろ、人類との戦いなど、幻魔の死亡原因としてはまるで少ないほうだろう。

 幻魔同士の戦い、争いのほうが、余程、幻魔の死因となる。

 〈殻〉を主宰する鬼級幻魔は、とにかく、野心家ばかりだ。己が領土を広げるため、他の〈殻〉に侵攻し、衝突を繰り返している。

 日々行われる領土争いは、多量の幻魔の死を伴うものなのだ。

 それが百年以上も続けば、幻魔の総数が大きく減っていてもおかしくないのではないか。

 幻魔は、子を成さない。

 これは、長い研究の中で判明した事実である。幻魔に雌雄しゆうはなく、生殖器官もない。繁殖しないし、できないのだ。

 つまり、幻魔は、みずから増えることがなかった。

 かつて、魔法時代黄金期には、幻魔は勝手に増えた。

 人類皆魔法士だった時代だ。人が死ねば、その際に生じた莫大な魔力が苗床なえどことなり、幻魔が生じた。

 幻魔は、そのようにして誕生した新種の生物であり、だからこそ、繁殖する方法を持たなかったのではないか、などといわれたりもした。

 だから、いつか滅ぼし尽くすことも不可能ではない、などと息巻くものもいないではなかったが。

(考え得る限り最悪の情報やな)

 朝彦は、三田の赤黒く輝く目を見つめながら、通信機に叫んでいた。


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