第四十七話 閃光球技
『梅園選手にも何処に行くのか予測不能だそうで、これを初見で受けきるのは不可能に近いでしょう』
『予選大会で何度も見ましたが、凄い迫力ですね!』
『はい。プロ閃球選手も太鼓判を押すのも納得ですね』
実況と解説が、こうまで熱狂するのもわからなくはなかった。
観客の盛り上がりも最高潮だ。
「確かにありゃやばいな」
「そうだね、やばいね」
圭悟の意見に同意しながら、幸多は、法子に代わって雷智の背中を指圧していた。
雷智の働きに対するご褒美だ、と、法子はいい、雷智もそんな法子の提案を喜んで受け入れていた。
幸多は、雷智のおかげで勝てたという絶対的な事実を前にして、酷使されることに不満はなかった。
ただ難点を一つあげるとすれば、だ。
「ううん、気持ちいいわぁ」
幸多が雷智の筋肉をほぐす度、彼女の発する息や声がどうにも艶めかしく聞こえるために、控え室内の皆の、特に女性陣の目線がやけに突き刺さるように感じられることだ。
法子だけは、試合に集中しているのだが、他のだれもが雷智の反応に気を取られるようだった。
「少し静かにできねえかな」
「ぼくにいわれても……」
圭悟に囁かれても、そう返すしかない。
雷智は心底心地よさそうで、それは、指圧師幸多にとって喜ばしいことでもあった。
星桜対叢雲の試合展開は、想像以上にゆったりとしている。
当初こそ先制点を取った星桜が優勢に見られたが、次第にそうではないらしいということがありありとわかってきた。どうも叢雲が試合の流れを支配しているようだ、ということが、ネットテレビや蘭の解説などによって理解できてくる。
星球の支配率に関して、叢雲が圧倒的なのだ。
そして、支配率、はそのまま攻勢に繋がっていく。
星桜は、叢雲の怒濤の攻勢に押され出し、得点を許す。星球を星門へと叩き込んだのは、ほかならぬ草薙真である。たった一人で敵陣に攻め込んだ彼は、悠々と防衛網を突破し、守将との一対一に持ち込んだ。そして、星門の片隅へと星球を叩き込んでいる。
見事としかいいようのない一撃であり、実況も解説も、そして観客たちも、大興奮といった有り様だった。
幸多たち天燎高校の生徒たちも、草薙真の実力、その一端を見せつけられた気がして、俄然、試合を見る目に力が入った。
前半戦は、星桜一点、叢雲一点で終わった。
終始叢雲が押していたのだが、さすがは常勝校の星桜である。守備を固めることによって、それ以上の失点を防ぎきって見せた。
この防御力には、誰もが舌を巻いた。
「さすがに星桜、かってえなあ」
「叢雲があれだけ攻め込んでも一点しかもぎ取れないなんて」
「前衛一人では無理があったな」
「いくらなんでも一人じゃあねえ」
天燎高校は、口々に前半戦の総評を行った。
休憩時間が終わり、後半戦が始まったが、互いに陣形を変えていない。
そして、後半戦は、叢雲高校の、いや、草薙真の独壇場といって良かった。
後半戦開始直後から、草薙真は勇躍した。早々に星球を奪取すると、やはりただ一人で敵陣へと突っ込んだ。星桜は、前衛後衛の全員でもって草薙真を抑え込もうと包囲したが、草薙真はそれらを悠々と躱して見せた。
包囲を突破した草薙真は、守将との勝負に持ち込むと、見事に星門に星球を叩き込んだ。一瞬の勝負だった。
『叢雲高校の草薙真、再び得点!』
『前半戦は膠着状態のまま終わりましたが、後半戦早々に試合が動きましたね。これはわかりませんよ』
ネットテレビ局の実況解説に熱が入る。
幸多たちも手に汗握りながら、両校の闘手たちの動き、その一挙手一投足を見逃すまいと必死になっていた。
星桜も叢雲も、明日戦う相手だ。
今のこの試合運びが、明日の試合の参考になる可能性は大いにあった。特に叢雲は、予選では本領を発揮していなかったのだ。決勝大会で戦う相手を翻弄するために、だろう。
草薙真は、予選大会の閃球ではほとんど活躍しなかった。まず陣形が違い、配置も違っていた。彼は、予選大会では後衛の右翼に位置しており、守備ではそれなりの貢献をしていたものの、概ね、活躍と呼べるほどのものではなかったのだ。
それが決勝大会では、面目躍如というか、本領発揮というか、圧倒的な活躍を見せていた。
草薙真が三得点目を上げるまで、然程の時間もかからなかった。
さらに得点を重ねる草薙真に対し、星桜高校は終始翻弄され続けた。
もちろん、ただ点を取られ続けたわけではない。得点するべく大攻勢に出たのだが、叢雲の強力な防衛網の前では為す術もなかった。最初の一点以外、得点を上げることができずに、制限時間一杯となった。
結局、叢雲高校は、五点を取り、星桜高校の大敗で第二試合は幕を閉じた。
とはいえ、第一試合よりは遥かに見られた試合展開といっていいだろう。
第一試合は、試合と呼べるようなものではなかった。幸多たち天燎高校側は精一杯やれることをやったまでだが、冷静になって振り返ってみれば、大人げないといわれても仕方のない点差だった。
その点差こそが重要なのだから、致し方のないことだが。
第二試合の昂奮が冷めやらぬ中、競技場では、第三試合の準備が進められている。
が、第二試合と第三試合の間には、長めの休憩時間が挟まれることになっていた。
これは、選手、観客、運営員など、会場にいる全員に昼食を取ってもらうための時間であった。食事休憩である。
第三試合は午後一時からを予定しており、第四試合を挟み、第五試合が終わるのは、午後四時以降になるだろう。
幸多たち天燎高校の皆は、控え室内で食事を取った。その食事とは、真弥と紗江子が用意してくれた手作りの弁当だった。
それはもう見事な料理の数々であり、幸多たちは、控え室のテーブルの上に広げられた弁当に目を輝かせたものだった。
「どうよ! わたしたちが丹精込めて作ったのよ!
「わたしたちにはこれくらいしかできることがありあませんので……お口に合うかはわかりませんが、どうぞ、お召し上がりください」
「合わなくても食べるの! 食べて食べて、力一杯、第三試合を頑張るのよ!」
控えめな紗江子とは違い、真弥は力強く言いつのる。
幸多たちも、そんな二人に感謝を述べながら、おにぎりや鶏の唐揚げ、卵焼き、野菜炒めなど、多種多様な料理に舌鼓を打った。
さすが天燎高校の生徒なのか、弁当箱も天燎魔具製だった。最新型の温度調整機能付きの多層式弁当箱は、長時間に渡って料理の温度を維持してくれていた。
それもあって、幸多たちは、真弥と紗江子の手料理を最高の状態で食べることができたのだ。
おかげで気力は充溢したといっていいだろう。
果たして、真弥と紗江子の用意した弁当箱は、空になった。
「食べろとはいったけど、いくらなんでも食べ過ぎじゃないかしら」
「皆代くん、お腹、だいじょうぶですか?」
真弥と紗江子の二人が多少心配そうな顔になったのは、料理の量が二十人前くらい用意されていたからであり、その大半を幸多が食べ尽くしたせいだろう。人数が人数だ。どれだけ用意すればいいのかわからないが、多めに作っておいたに違いない。
それが幸多のせいでなくなってしまったのだから、不安になるのも当然だった。
「こいつの腹はブラックホールなんだよ、呆れるぜ、まったく」
圭悟が心底呆れ果てたようにいった。
それから休憩時間が終了するころには、幸多は、すっかり問題なく動ける体になっていた。食欲も凄まじいが、消化も早い。
それが幸多の取り柄の一つだ。
そして、閃球第三試合の時間が来た。
天燎高校対天神高校である。
天神高校といえば、競星において幸多が落下失格させた高校であり、そのとき騎手と乗手として出場した二人は、当然のように閃球にも出場していた。その一人、競星の騎手だった金田朝子は、第一試合開始前に声をかけてきた金田友美の姉だ。
その金田朝子が幸多に声をかけてきたのは、控え室から会場へ向かう途中のことだった。金田友美と同じだ。
「競星ではよくも落としてくれたわね、天燎の魔法不能者くん」
「その節は、どうも」
「ふーん……わりといい性格してるじゃない」
「そうでもないと生きていられませんから」
「そうね、魔法使えないものね。でも、もう見くびらないから、覚悟しておきなさい。わたしは友美とは違うのよ」
金田朝子は、幸多の発言に同情する気配を微塵すら見せず、そう告げてきた。無論、幸多とて哀れみを請うためにいったわけではない。ただの事実を述べただけだ。
戦場に出れば、今度は西側が天燎高校の陣地となった。
「やっぱ仲悪ぃだろ、あの姉妹」
「そうみたいだね」
幸多が配置につく際、耳元でどうでもいいことを囁いてきたのは、やはり圭悟だった。
天燎高校の布陣は、第一試合と変更なしだ。前衛二名、後衛三名の守備的陣形。前衛右翼を法子、左翼を圭悟が担い、後衛は左から幸多、怜治、亨梧が固めている。守将は雷智。鉄壁の守備陣だ。
一方、天神高校は、前衛三名、後衛二名の攻撃的陣形を取っていた。攻撃とはいっても、閃球における基本陣形というほうが正しい。利剣陣とも呼ばれる。
前衛の中軸を競星の乗手だった月島羅日が務め、左翼に水野瑠衣、左翼に火村健司が並んでいる。後衛左翼は木島柚比斗、右翼を土井一馬、そして守将を金田朝子が担っていた。
閃球は魔法競技である。
守将には、魔法の技量が高いものが選ばれやすい。いかにして星門を守り切るかは、守将の判断力と魔法技量にかかっているといっても過言ではないからだ。
そして、金田朝子が己の魔法技量に余程自信があるらしいということは、彼女が競星の騎手を務めていたことからもわかるというものだろう。
競星の騎手もまた、魔法技量が必要不可欠だ。
星球が中心円に降り注ぎ、試合開始の合図が鳴り響く。
閃球第三試合、開始。




