第四百七十八話 大空洞の戦い(六)
『三田弘道。彼は、マモンの実験兵器なのよ』
イリアが、今や当たり前のような既知の事実を行ってきたものだから、香織が怪訝な顔になった。
「そりゃそうですけどお」
『わたしがいいたいのは、彼には、マモンが培ってきた様々な技術が注ぎ込まれていたということよ。蒼くんの右足から培養した生体義肢だけじゃなくて、機械型幻魔と同様の機構が内蔵されていた。それなら、心臓が潰されても再び動き出したことにも納得が行くでしょう』
「なるほどね。つまり、あいつは、完全に悪魔に魂を売り渡したってわけだ」
「それは最初からそうでしょう」
「ま、そうだね」
緑は、英理子の鋭いまなざしを受けて、枝連を横目に見た。枝連は、叔母の茶目っ気たっぷりの表情になんともいえない顔をするしかない。
統魔は、脳裏に三田弘道の姿を思い浮かべていた。再起動の瞬間、確かに爆発的に魔力が膨れ上がったような気がした。一度死ぬ前も鳴雷の力によって莫大な魔力を持っていたのだが、それ以上に高密度の魔力がその全身を駆け巡ったのを認識したのだ。
そして、認識したときには、全てが終わっていた。
朝彦が全員を吹き飛ばし、三田が朝彦を一蹴した。まさに、一蹴。さらに連撃によって朝彦をずたぼろにして、連れ去っていった光景は、圧巻だった。
ルナが駆け出さなければ、しばし呆然としていたかもしれない。
それくらいに衝撃的な光景。
「DEMコアが搭載された人間、ってことですか」
『そういうこと』
機械型は、魔晶核とDEMコアという二つの心臓を持っている。片方が潰されても、もう片方の心臓が有る限り、決して死ぬことはない厄介者だ。
しかも、魔晶核よりもDEMコアのほうが厄介なのは、機械型に搭載されたDEMシステムとやらが、その真価を発揮できるからだ。
「ということは、DEMシステムも搭載されている?」
『そうなるんでしょうね。ただDEMコアを埋め込むだけとは考えにくいもの』
「それってつまり、完全に改造人間ってことじゃん!」
「それは最初からそうだが」
「そうだけど、そうじゃなくて!」
「いいたいことはわからないこともないが、興奮している場合じゃないだろ」
「そうだけど!」
なにやら一人興奮する香織に対し、枝連も困り顔だったし、ルナもどうするべきかと思案していた。
統魔は、杖長二人を見た。
「それで、どうするんです?」
「どうするもこうするも」
「追いかけるに決まってるだろ?」
英理子と緑は、統魔の質問に対し、そのように即答した。考えるまでもないことだった。このまま、朝彦を見殺しになど、できるわけがない。
もちろん、敵が罠を張って待ち構えていることくらいわかりきっているし、それが生半可なものでないことも承知している。
わざわざあの場で殺さず、朝彦の重傷ぶりを見せつけながら去って行ったのだ。
導士ならば激憤し、追跡してくるに違いないと思っての行動にほかならない。
三田弘道は、戦団導士への挑発の仕方をよく心得ている。
緑も英理子も、そのことが口惜しかったが、しかし、どうすることもできない。
朝彦は、杖長筆頭である。この中でもっとも強く、第九軍団でも上から三番目に位置する魔法士だ。彼ほど部下想いで、仲間想いの導士も中々いるものではなかったし、第九軍団になくてはならない人材なのだ。
こんなところで失ってはならない。
だから、二人は相談し合うこともなく、そう結論づけたのだが。
『――絶対、追いかけてくるんやない。これは中隊長命令や』
突如、通信機に割って入ってきたのは、息も絶え絶えといった様子の朝彦の声だった。
「随分と仲間想いなことだ。その気持ちをおれたちにも分けて欲しかったよ」
「はっ、怪物風情がなにほざいとんねん」
朝彦は、脳髄を掻き乱されるような感覚の中で、三田弘道を睨み付けた。雷光そのもののような姿になって通路を駆け抜けていくその姿は、麒麟寺蒼秀の魔法・雷身を想起させる。
事実、雷身なのだろう。
鳴雷のみならず、雷身までも再現しているというのは、口惜しいが納得も行く。
おそらく、マモンは、その驚異的な技術力でもって、蒼秀の右腕から採取した細胞を培養、各部位ごとの生体義肢を生成した。それら生体義肢は、星象現界の一部を再現することをも可能とする、まさに人知を凌駕する超技術の塊なのだ。
そして、再現した星象現界とは、三田の場合は、鳴雷だけでなく、鳴雷と各雷魔法を結びつける雷身だったのだろう。
ただの鳴雷と雷身ではない。
星象現界状態で発動する鳴雷と雷身である。
その威力は、通常のそれとは比較にならないものだ。
星象現界によって全身に星神力を纏った朝彦が、瞬く間に満身創痍の状態に追い込まれ、いまや魔力を練成することすらままならないほどだ。
その凄まじさたるや、筆舌に尽くしがたい。
とはいえ。
(蒼秀はんほどやない)
それだけは確かだ、と、朝彦は、思うのだ。蒼秀の星象現界を再現こそしたが、完璧に再現できているわけではない。不完全極まりない、歪な星象現界。三田の右足から全身へと至る星神力も、不安定に揺れている。
完全なる星象現界ではない。
そこに、付け入る隙はあるのか、どうか。
「怪物、か。確かにいまやこの身は悪魔そのものと大差ない怪物と成り果てた。しかし、太陽を奪還するためならば、悪魔にだってなってやるさ。そうでもしなければ、戦団を斃すことなどできないと思い知ったからな。それもこれもきみたちのおかげだよ。感謝する」
「感謝を忘れんのはええこっちゃ。せやけどな、感謝っちゅうんは、そういうことやないんやないか」
「感謝して、滅ぼすよ」
「話にならんな」
「なるわけがないだろう」
「せやな」
三田の冷笑に苛つきながら、朝彦は、視界が変転するのを認めた。首を掴まれ、力任せに引き摺られ続けていたのだが、突如として浮遊感に包まれたのだ。
自分の身になにが起こったのか、朝彦が理解したのは、視界がぐるぐると目まぐるしく流転する様を目の当たりにして、そのまま地面に激突したからだ。
「ぐえ」
硬質な床だ。しかし、先程までの通路とは違って、トロールによる破壊跡がない。あるのは、朝彦が吐き出した血の痕であり、それも少量に過ぎない。電熱によって内臓が灼かれている。
よくもまあ生きているものだと自分でも感心するが、それもこれも日々の訓練と星象現界のおかげに違いなかった。
いまや星象現界は解け、通常状態に移行しているが、それでもわずかに残った星神力が、三田の攻撃を軽減してくれていた。
だから、床に投げつけられて、思い切り激突しても、すぐさま起き上がろうとすることができたのだろうし、透かさず踏みつけられても耐えられたのだろう。
三田の電光を帯びた右足が、朝彦の胸の上を踏みつけている。ちょうど心臓の辺りだ。
「嫌味か」
「そうだよ。嫌味だ」
「はっ……」
朝彦は、笑う気力もなく、周囲を見回した。
投げ飛ばされてからの滞空時間を考えるに、かなり広い空間に連れてこられたのではないか、と、推測を巡らせていた。しかも、かなりの高さから落ちたような感覚がある。激痛は既に全身を巡りに巡っていたため、激突による痛みはなかった。
不幸中の幸いなのか、どうか。
「なんや……これ……」
朝彦は、視線を巡らせた瞬間、己が目を疑った。戦慄が全身を駆け抜け、背筋が凍る。
そこは、極めて広大な空間だった。
朝彦の一から天井が見えないほどの高さがあり、四方の壁が見えないほどの広さがある。空間的な広がりだけでとてつもないのだが、それ以上に驚くべきは、複雑怪奇な機材の数々である。
無数の機械が所狭しと並んでいて、朝彦は、三田によってそれら機械群の中心部に投げ落とされたのだと理解した。
そして、立ち並ぶ機械とは、なにやら培養槽のようなものであり、その半透明の筒の中には、液体が満たされており、トロールの巨体が入っていた。
何十体、いや、何百体ものトロールが、だ。




