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第四百七十七話 大空洞の戦い(五)

「隊長!?」

杖長じょうちょう!?」

味泥みどろくん!?」

 朝彦あさひこに向けられた様々な声は、雷鳴によって消し飛ばされ、さらに閃光が何度も瞬いた。そのたびに鳴雷なるいかずちが放たれ、朝彦に直撃したことは誰の目にも明らかだったし、朝彦の体が空中で何度となく跳ね、天井や床に激突しては血反吐ちへどを撒き散らす様は凄惨せいさんというほかなかった。

 もちろん、反応はした。

 特に杖長たちは、瞬時に魔法で対応しようとしたのだ。

 みどりは、得意の防型魔法ぼうけいまほうで朝彦を守ろうとしたし、英理子は、攻型こうけい魔法でもって起き上がった男を攻撃しようとした。

 だが、間に合わなかった。

 二人が魔法を発動しようとした瞬間、三田弘道さんだひろみちの全身が稲光に包まれたかと思うと、刹那せつな、二人の視界から消えて失せたのだ。

 緑が朝彦に魔法壁を張れなかったのは、雷光そのものとなった三田が、朝彦をかっさらうようにして通路の先へと翔んでいったからだ。

 雷光を帯びた三田は、物凄ものすさまじい速度で、瞬く間に距離を離していった。

「あいつ……雷身らいしんまで……!」

 統魔とうまは、死んだはずの三田が突如起き上がったことよりも、朝彦が大打撃を受けた上に連れ去られたことと、三田が雷光そのもののように変貌へんぼうしたことに衝撃を受けていた。

 雷身もまた、麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうの得意とする魔法だ。蒼秀の星象現界せいしょうげんかい八雷神やくさのいかづちのかみは、異なる八つの雷魔法を全身の各部位に宿すというものだが、そのための根幹となるのがもう一つの魔法、雷身である。

 全身に雷を纏い、身体能力を急激に向上させる魔法であり、雷身発動中の蒼秀は、並外れた戦闘能力を誇る。

 当然、今の三田は、先程までとは比較にならないほどの力を発揮できると考えていい。

 そんなことが、一瞬にして統魔の脳裏のうりに過った。蒼秀の弟子だからこそだろう。そして、

「ルナっち!?」

「え?」

 香織かおり頓狂とんきょうな声を上げたからこそ、統魔も即座に反応できた。

 少なくとも、ルナの影を目で追うことができたのは、香織の悲鳴のおかげだ。

「なにを――」

 するつもりなのか、などと、わかりきったことを問おうとする馬鹿馬鹿しさに気づき、統魔は歯噛はがみした。

 ルナが飛び出した理由は、一つしか考えられない。

 三田に連れ去られた朝彦を奪還しようというのだろう。

「ルナ!」

「味泥さんを助けないと!」

 統魔の叫び声にさらに強い声で叫び返したルナは、出せる限りの全速力でもって、通路を駆け抜けていた。長い長い通路。雷光が駆け抜けた通りに折れ曲がれば、遥か前方に朝彦の首根っこを掴んで突き進む三田の姿があった。

 遠い。

(もっと、はやく……!)

 ルナは、自身を叱咤しったし、飛行速度を上げた。無意識に発動した飛行魔法の制御に全神経を注ぐ。攻撃とか防御とか、一切考えず、ただひたすらに速度を上げて、雷光に追いすがろうとする。

 朝彦が不意に目を開き、ルナを見た。あられもない格好の少女は、しかし、一心不乱に、真剣そのものの表情で彼と彼を掴む怪物を追走している。その遥か後方に中隊の姿があった。

「あほか! なに考えとんねん!」

 朝彦は、全身を苛む激痛を黙殺するようにして、叫んだ。

「全く、同意するよ。そして、同情する。きみの部下は、どうやらきみ以上に愚かで、救いがたいらしい」

「うるさいわ、ボケ! 人間性を捨てた奴がなにをいったって響かんわ、クソが!」

「なんとでもいうがいいさ。どちらの考えが正しいのか、すぐにわかる」

「ああ、わかるやろな」

 朝彦は、さらに加速し、目前まで迫ってきていたルナに向かって、右手を掲げた。全身を駆け巡る凄まじい電熱が肉体を破壊し続けているだけでなく、意識すらも混沌としたものへと変えていく。粉々に打ち砕かれ、考えも纏まらない。

 このままでは律像りつぞうは霧散し、魔力の練成も解けていく。

 だからこそ、彼は、食いしばる。

「味泥さん!」

本荘ほんじょうくん、きみはええ子やな、ほんま」

 その一言を真言しんごんとして、朝彦は、魔法を放った。閃光が前方に拡散し、通路を包み込む。視界を白く塗り潰すほどの閃光は、朝彦の意識すらも染め上げていくかのようだ。

「その一撃で攻撃を試みれば良かったのだ」

「あほ抜かせ。その程度でたおせるんやったら、苦労せんわ」

 朝彦は、こちらを一瞥いちべつしてきた三田の禍々《まがまが》しく輝く赤黒い瞳をにらみ据えて、吐き捨てた。

 そのときには、もはや魔力の練成も叶わなくなっていた。


 ルナは、目の前が真っ白に染まったことで、思わず足を止めてしまった。そして、その瞬間に物凄まじい後悔こうかいが押し寄せてきて、愕然がくぜんとする。

 視界を塗り潰したのは、朝彦の放った魔法だ。

 なぜ、朝彦がそんな真似をしたのかは、ルナにはわかった。

 ルナたちを、中隊の皆を巻き込まないようにするためだ。

 三田は、朝彦を連れ去った。

 この大空洞と名付けられたダンジョンの奥底に、だ。

 三田は、このダンジョンの構造をルナたち以上に知っているのだ。もしかしたら、どういう施設なのかも理解しているのかもしれない。そして、その奥底まで中隊を誘き寄せ、全滅させようというのではないだろうか。

 ルナですら、その程度のことは考えつくのだから、もっと複雑な罠が仕組まれていたとしてもおかしくない気がした。

 そして、朝彦は、自分一人が犠牲になることで、中隊の全滅を防ごうとしているのだ。

 以前、ルナがそうしたように。

 閃光が消えた頃には、通路の先に三田と朝彦の影も形も見えなくなっていた。

 統魔たちがルナに追い着く。

「ルナ! 無事か!」

「わたしは……無事だよ。でも、味泥さんが、味泥さんが……」

 ルナが駆け寄ってきて抱きついてきたが、統魔は、彼女の悲しそうな表情を見て、なにもいわなかった。ルナが自発的に朝彦救出に動いたという事実が、統魔の胸に深く刻まれている。

 ルナが朝彦に対し、多少なりとも好感を抱いているようだということは、日頃の言動からもよくわかっていた。

 日夜、皆代みなしろ小隊の訓練につきあってくれるだけでなく、衛星拠点での生活において様々に支援してくれているのが朝彦だった。ルナが第九軍団に馴染なじめるようにと色々と気を利かせ、手配してくれてもいた。

 朝彦は、軽薄けいはくそうに見えるだけの、極めて情に厚く、心優しい人格者なのだ。

 もっとも、そんなことを本人にいえば、顔を真っ赤にして全力で否定するのだろうが。

「隊長なら、だいじょうぶですよ。殺したって死なないひとなんですから」

 躑躅野南つつじのみなみは、そういったものの、彼女の目は、遥か通路の彼方を見遣みやっていた。味泥小隊の副長的な役割を務めているのが、彼女だ。朝彦とは長い付き合いでもあり、その実力の程を誰よりもよく知っているのだろうが、だからこそ、心配しているに違いない。

 朝彦は、窮地きゅうちだ。

 それも、絶体絶命の。

「三田弘道……死んでたわよね」

「生命活動は停止していたはずだよ。中隊長殿が心臓を潰したんだ。人間なら、再び動き出すなんてことはありえない」

「まさか蘇生魔法を使ったとか?」

「それじゃああいつは不死者アンデッドか?」

『そうよ、そうだったのよ』

「え? まさか、アンデッドなんですか!?」

『そんなわけないでしょ。蘇生魔法だなんておとぎ話、今時、だれが信じるのよ』

「え、いや、だって……」

 香織が珍しくたじろぐのは、イリアが相手だからに違いない、と、統魔は、二人の会話を聞きながら思った。

 が、確かに蘇生魔法などという突拍子もない発想が出てくるのは、香織くらいのもので、イリアが呆れるのも無理からぬことだ。

 人類が魔法を得て、二百年以上が経過している。

 魔法は、万能の力と謳われ、全能に極めて近い技術だとされた。実際、魔法士たちは、これまで人類が成し遂げられなかった様々なことを容易く実現してこられた。なんの道具も必要とせず火を起こすだけでなく、水を生み、風を呼び、大地を割った。空を飛び、水中を泳ぎ、宇宙にさえも至ることが出来た。

 単身での宇宙遊泳をも、魔法士は実現して見せている。

 それほどの力があれば、当然、医療分野も魔法に着目する。そして実際、あらゆる病、疾患が魔法によって癒やされた。不治の病とされたものですらも完治し、人類は、病を克服したと宣言するものまで現れる始末だったという。

 しかし、ただ一つ、克服できないものがあった。

 死だ。

 死だけは、魔法の力でもっても克服できなかった。

 抗うことは、出来たのかもしれない。

 少なくとも、健康体で居続けることが不可能ではなくなり、あらゆる病を克服できるようになったということは、様々な死因を遠ざけることにはなっただろう。

 だが、死は、絶対の結果として訪れる。

 そして、死んだ人間、死んだ生物を元通りに蘇らせることは、魔法の力を以てしても不可能だった。

 過去、無数の魔法士が死者蘇生を試み、蘇生魔法を実現させようとしたが、結局、あらゆる実験が失敗に終わった。あるいは、半端な蘇生が不死者と呼ばれる怪物を生むことになった。

 不死者は、生者でもなければ、死を克服したものでもない。

 魔法によって生命活動だけが復帰しただけの、生きているだけの半端者なのだ。それは思考することもできず、能動的に活動することもできない。ただ、反応だけで動くそれを人間と認めるものはいなかった。

 そして、そのような魔法は、蘇生魔法とは呼ばれず、死者を冒涜する禁忌の魔法として指定されたものである。

 遠い昔の話だ。


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