第四百七十五話 大空洞の戦い(三)
「でもでも、酷い怪我だよ、統魔」
「ほんとほんと、たいちょー、だいじょぶ?」
ルナと香織に体中をまさぐられるようになるのをなんとか振り解きつつ、統魔は、小さく息を吐いた。
確かに、二人のいうとおりではある。
四重の魔法障壁に守られながら、さらに自身の魔法で全身を覆った上で、果敢にも突貫した統魔だったが、度重なる鳴雷の直撃を受け、体中の様々な箇所に深手を負っていた。
途切れることのない超威力の雷撃は、四重防壁の一枚一枚を確実に突破していき、ついには統魔の肉体に痛撃を叩き込むことに成功していたのだ。
つまり、あのまま、相手の攻勢が終わらなければ、統魔は、鳴雷の直撃によって、肉体が四散していたに違いないということだ。
鳴雷には、それくらいの威力はある。
長い長い通路を突破するための超高速の飛翔と、超長距離射程の雷撃。
防型魔法の維持、延長も間に合わないほどの高速戦闘が繰り広げられていたのだ。
無論、統魔が突っ込んだのは、考えなしになどではない。
朝彦を信頼してこその突撃だった。
「このくらい、なんてことないだろ」
統魔は、強がりでもなくいっていると、薬師小隊の補手・土山海土がなにも言わず治癒魔法をかけてくれたので、深々と感謝した。補手とは、補助、支援系の魔法だけでなく、治癒魔法の巧者でもある。
皆代小隊の補手は、上庄字だ。
字はヤタガラスの操縦が上手いということで簡易拠点に残ることになり、そのため、皆代小隊の編制は、攻手三名、防手一名という不安定なものとなっていた。
本来、小隊編成とは、攻手二名、防手一名、補手一名の四人編成を基本とする。五人編成や六人編成などの場合であっても、この基本編成を軸とするのが通例だ。
なので、補手のいない小隊というのは、本来ならばありえないものであり、今回のように他の小隊が補う事が出来るのだとしても、極力避けるべき事態だった。
なぜならば、各小隊の補手がそれぞれの小隊での役割に専念しなければならなくなったときなど、補手の手が足りなくなる場合があるからだ。
もちろん、補手だけしか治癒魔法を使えないわけではないし、簡易魔法として導衣や法機に仕込んでおくことも出来る以上、どうとでもなることではあるのだが。
補手の役割は、治癒だけに留まらない。様々な補型魔法の使い手であり、状況次第では攻手にも防手にもなることができるのが、補手の強みだ。
だから、補手は、小隊の要といえる。
皆代小隊における補手の字は、戦闘時以外における小隊の要でもあるのだが。
そんな字のありがたみを感じつつ、統魔は、傷が癒えていくのを待った。
治癒魔法は、対象の体内の魔素に直接働きかけることによって、細胞の新陳代謝を促進させ、自然治癒力を爆発的に高めるものである。
生体強化技術である魔導強化法も世代を重ね、第三世代に至ったことにより、ただでさえ自然治癒力は高まり、ただの掠り傷程度ならばあっという間に回復するのが統魔たちの肉体だ。
その回復力をさらに高めるのが魔法の力なのだから、統魔の全身、様々な箇所の傷も痛みも消え去って、完全回復するまでに時間はかからなかった。
「それにしても、よく中隊長殿の目論見に気づいたね。いくら弟弟子とはいえ、戦術の共有なんてしている暇なんてなかっただろうに」
緑は、統魔が体の調子を確かめる様を眺めながら、ただただ感心した。
朝彦と統魔の連携は、見事というほかなかったし、阿吽の呼吸に近いものがあるように感じられた。
麒麟寺蒼秀を師とする二人だが、期間は被っていない。
朝彦はとっくに蒼秀の弟子を卒業し、独り立ちしており、蒼秀は統魔に専念している。
そんな関係性の薄い兄弟弟子が、即席の中隊を組んだだけで、あれほどの連携を取れるものだろうか。
英理子も、朝彦の秘剣を見つめ、それから統魔に視線を移した。肩を竦めつつ、感想を述べる。
「無茶ぶりも無茶ぶりよね。でも、見事だったわ」
「ありがとうございます。それもこれも味泥杖長の日頃の特訓の賜物です」
「せやろ? ぜーんぶ、おれのおかげや。皆代くんはようわかっとる。さすがはおれの弟弟子。将来有望やで、きみ」
「隊長のお墨付きがなくても、彼は将来有望ですよ」
「わかってないのう、躑躅野くん。おれがお墨付きを与えたことによってやな、皆代くんの価値はぐぐーんと上がったわけや」
「そして、皆代くんが星将になった暁には、副長にしてもらうという算段ですか」
「せや。皆代味泥体制っちゅう黄金時代の完成や――って、なんでそうなんねん! なんでおれが皆代くんの部下になっとんねん! 逆や逆ぅ、皆代くんがおれの副長になるんや!」
「なるほど。では、その場合、わたしはどうなるんです?」
「きみは……せやな、杖長筆頭くらいで、どや」
「まあ、仕方ありませんね。勘弁してあげます」
「ほーか、勘弁してくれるか……って、なんでやねん! なんで勘弁してもらわなあかんねん!」
朝彦と南の言葉の応酬には、統魔たちは呆気に取られるばかりだった。味泥小隊との合同任務は、これで二度目であり、前回もこのような調子ではあったのだが、しかし、今回は前回以上に二人の勢いが増していて、統魔も言葉を失うしかないくらいだ。
六甲小隊の面々も薬師小隊の面々も、どうしたらいいのかわからないといった反応を示している。
一人笑い転げているのは、香織くらいだ。
「マンザイ、なっが」
「この二人がいると、いつもこの調子で飽きないわ」
「めちゃくちゃ飽きてる口調ですけど」
「飽きてるわよ」
英理子がなんともいえない顔で告げてきたものだから、統魔も、どう返すべきか迷った。
「でも実際、中隊長の思惑、よくわかったわね」
「先もいったように、日頃の訓練のおかげなんです。今回の衛星任務中、暇さえあれば訓練に付き合ってくれて」
「味泥くんが?」
「はい。しかも、星象現界で戦ってくれて、これが本当にありがたくて」
統魔は、本人には伝えていなかった日頃の感謝の気持ちをその言葉に込めた。
衛星任務とは、ただ、衛星拠点に籠もり、あるいは、空白地帯を巡回するだけが全てではない。空いている時間、暇な時間さえあれば訓練施設に籠もり、戦闘技術、魔法技量を高めるために時間を費やすのもまた、重要な任務であり、導士の責務なのだ。
そんな日課のような訓練において、朝彦が付き合ってくれるようになったのは、今回の衛星任務が初めてだった。
星象現界の存在そのものは、麒麟寺蒼秀に徹底的に叩き込まれ、その威力、必要性ともに理解していたが、こうまで連日のように星象現界と対峙することというのはなかった。
そして、それによって統魔は、星象現界発動時の魔法士が発する圧倒的な魔力質量を肌で理解できるようになったし、朝彦の星象現界が発動する際の律像も記憶に焼き付いていた。
あのとき、朝彦と連携することができたのは、朝彦の全身から発せられた律像から彼がなにをしようとしているのか、はっきりと理解できたからだ。朝彦が星象現界を発動するのであれば、統魔が行うべきことは一つ。
つまり、敵の目を引くことだ。
星象現界は、膨大な魔力を星神力へと昇華した上で発動する。その魔力――星神力たるや莫大極まりないものであり、発動すれば、それだけで周囲の目を引くだろう。
当然、敵も朝彦を徹底的に注意する。
朝彦に攻撃を集中させるに違いない。
そうなっては、せっかくの星象現界も意味をなさなくなる――かもしれない。
秘剣・陽炎の能力をもってしても、鳴雷の弾幕を突破するのは簡単なことではあるまい。
だからこそ、統魔が目眩ましになる必要があったのだ。
朝彦の律像を覆い隠すほどの律像を展開し、最大限に魔力を迸らせれば、星象現界の発動を気取られる心配はない。
そもそも、鳴雷の爆煙が、統魔たちと敵の間を遮っていた。
それも、功を奏した。
敵は、統魔に気を取られ、朝彦の星象現界の発動に気づけなかった。そして、朝彦は、秘剣・陽炎の能力を発揮し、まさに陽炎のように揺らめきながら殺到、背後を取ったという次第だ。
全て、朝彦の圧倒的な実力があればこその作戦だった。
統魔は、改めてこの兄弟子の凄まじさを理解するのだ。




