第四百七十四話 大空洞の戦い(二)
鳴雷の乱射は、長い長い通路の先から、通路の中程に固まった味泥中隊に対し、極めて一方的な攻撃を行っていた。
極めて一方的かつ、破壊的な攻撃の嵐。
まさに雷の弾幕だ。
閃光と轟音は、さながら落雷が生じたかのようであり、水平方向に移動する雷は、一瞬にして目標地点に到達し、炸裂し、破壊を撒き散らす。
通路内の空気を灼き焦がしながら、わずかに蛇行するようにして殺到する雷撃。
味泥中隊の前方に展開する四重の魔法防壁に直撃するとともに爆発を起こし、周囲の壁や床、天井をさらに破壊していく。
ただでさえトロールによって破壊されていたというのにだ。
徹底的な破壊が、この施設を根底から崩壊させかねないのではないかと思わせるほどだった。
三田弘道は、若い男だ。二十二歳。〈スコル〉の頭首・長谷川天璃を崇拝する、ごくごく一般的な〈スコル〉の構成員に過ぎない。無論、その根底には、〈フェンリル〉総帥・河西健吾の思想教育があるのだが、天璃は、河西健吾の正当なる後継者であると、〈スコル〉の構成員の誰もが信じていた。
信仰していたといっても過言ではない。
だからこそ、戦団という大悪との聖戦に身を投じたのだし、死すら恐れなかったのだ。
今だって、そうだ。
彼は、長い黒髪を靡かせながら、黄土色の瞳で敵を見ていた。遥か前方、長い長い通路の先に身動きひとつ取れずに固まったままの敵集団。戦団の導士たち。いずれも、斃すべき敵であり、殺し甲斐のある相手だった。
中でも第九軍団の杖長たちを殺すことができたのであれば、先の敗北も意味があったというものだろう。
先の戦いは、〈スコル〉の大敗に終わった。
だが、聖戦は終わっていない。
むしろ、ここからが本番なのだ、と、彼は実感していた。
天璃が、彼らの神がいうのだ。
この大いなる力があればこそ、戦団を打倒し、太陽をネノクニ人の手に取り戻すことも不可能ではないのだ、と。
実際、この力は圧倒的だった。
以前ならば相手にすることなどできるわけもなかった妖級幻魔トロールを文字通り一蹴することができたし、長時間の継戦力も得た。百体以上のトロールを撃破してもなお、まだまだ力が湧いてくるようだった。
網膜の裏側で眩い星が瞬いている。
星が瞬く度に、力が漲った。
この力が、先の敗北の意味だ。
天璃は、いった。
『この世に意味のない事なんてないよ。ぼくたちの挑戦も、ぼくたちの敗北も、全て、意味のあったことなんだ。このような出逢いをもたらしてくれたように。だから、なにも恐れることはないんだ。全てに意味があるんだから――』
(そう、なにも恐れることはない)
三田弘道は、もはや、戦いに恐怖を感じていなかった。あの数のトロールと戦い抜いてこられたのだ。
これほどの戦果を上げられる戦団導士が、どれだけいるというのか。
星将ならばともかく、煌光級導士ですら簡単なことではあるまい。
トロール三十体程度ならばともかく、だ。百体ものトロールとの連戦を無傷で突破できるような魔法士が、戦団にそういるとは思えなかった。
このダンジョンに投入された中隊程度、敵ではない――三田弘道は、そう考えていたし、このまま押し切れるものとさえ思っていた。
だから、鳴雷を乱射し続け、相手の防型魔法を削り続けるという戦法を取ったのだが、それによって視界が悪化し続けていることにも気づいていた。
三田弘道の右足は、かの星将・麒麟寺蒼秀が考案し、得意とする魔法・鳴雷の力を秘めた生体義肢である。
鳴雷は、超長距離射程の雷属性攻型魔法であり、強烈無比な貫通力を誇るが、それだけでなく、終着点においては凄まじい爆発を起こす。
つまり、魔法防壁に着弾した無数の鳴雷が数多の爆発を起こし、爆煙が濛々《もうもう》と通路を満たしていたのだ。
視界は悪化の一途を辿り、敵集団の影も形も見えなくなるが、大した問題ではない。
三田弘道は、爆煙の中に渦巻く魔力質量によって、敵の位置を正確に捉えていた。これは、生体義肢の機能などではない。魔法士生来の能力。魔法士としての鍛錬によって培われた機能。
無意識に律像を把握するのと同様の、魔法士が必須とする力。
だからこそ、瞬時に想像を絶するほどの魔力質量が爆発的な勢いで発散し、爆煙を突き破って飛び出してくるのもわかっていたのだし、認識した瞬間には、右足を掲げていた。
特別製の生体義肢が眩い閃光を発し、一条の光芒となって虚空を突き進む。
その先には、光の翼を広げ、超高速で飛翔する魔法士の姿があった。
「皆代統魔か!」
三田弘道は、叫び、さらに鳴雷を放った。一撃目は、統魔を包み込む魔法壁に防がれ、進路を変えるだけで終わっている。二発目、直撃。爆光が轟き、空気を震撼させる。統魔の全身がぐらりと揺れた。
統魔を包み込む魔法の防壁は、強固だ。この鳴雷の一撃でも突破できないというのは、さすがは杖長を起点とする多重防型魔法というべきか。
だが、三田弘道の攻勢は、止まらない。
長大な通路。しかも幻魔の施設であり、トロールが自由に歩き回れるの広さもあった。超長距離狙撃を行うには十分過ぎたし、いかに超高速で飛びかかってこようとも問題なかった。
容易く、打ち落とせる。
「期待の超新星もこの程度か!」
嘲笑い、鳴雷を連発する。
蹴りとともに放たれる雷撃は、瞬く間もなく飛行中の統魔の到達し、直撃、爆光とともに彼の体を壁や床、天井に叩きつける。そのたびに爆煙が散乱し、視界は悪くなる一方だが、三田には関係がない。
まずは、統魔を落とす。
それは、眼前の敵のみならず、戦団や央都市民に与える衝撃の大きさを思えば、選択肢の一つとして十分に考えられた。
皆代統魔は、超新星と呼ばれ、戦団の導士たちからも央都市民からも多大な期待を寄せられ、希望の象徴とさえなっている。彼の才能が大きく開花した暁には、戦団はさらなる飛躍を遂げるのだと誰もが信じて疑っていないかのようだ。
(反吐が出る)
三田が胸中で吐き捨てたとき、統魔の体は、何度目かの雷撃によって跳ね飛ばされ、天井に叩きつけられていた。そこにさらに鳴雷の追撃を叩き込むと、統魔を包み込んでいた魔法壁が粉々に砕け散ったものだから、三田は、満面の笑みを浮かべた。
爆煙が視界を覆い隠していく中、さらに鳴雷を放とうとした瞬間だった。
「はっ……?」
三田は、胸に衝撃を感じた。激痛が遅れてやってくる。凄まじい痛みが脳に到達したとき、それが死に至るほどのものだということを理解する。そして、その痛みの源がどこにあるのか、狭窄していく視界の中で理解した。
胸を貫く光の刃だ。神秘的な装飾が施された刀身は、いかにも鍛え上げられた魔法の結晶であることを思い知らせるかのようだった。
「あんなん、どう考えてもただの陽動やろ、阿呆」
薄れ行く三田の意識に届いたのは、呆れ果てたような味泥朝彦の声であり、三田は、自嘲した。力に溺れた魔法士の末路とは、いつもこれだ。
そんなことは、わかりきっていたというのに、どうして自分がそのような目に遭うのだろう――彼の意識は、そこで途絶えた。
朝彦がその背中から秘剣・陽炎の刀身を抜くと、三田弘道の体はがくりと崩れ落ちていった。死んでいる。心臓を刺し貫かれて絶命しない人間はいないのだ。どれほど優れた魔法士であっても、人間である以上、死なない理由がない。
朝彦は、床に倒れた三田が、もはや白目を剥いたまま、なんの反応を示さないのを確認しながらも、星象現界を解こうとはしなかった。
朝彦の星象現界、秘剣・陽炎は、その名の通り陽炎を帯びた刀身が特徴的な長剣であり、星神力の結晶である。維持するだけで膨大な星神力が必要であり、幻想訓練ならばまだしも、現実空間では長時間維持するのは難しい。
朝彦の視線は、三田の顔から胸元の傷口、そして右足へと至る。三田の左足とは微妙に形状の異なるそれが生来のものではないことは明らかだ。
統魔とイリアの推察通り、麒麟寺蒼秀の右腕を元に培養して生成した生体義肢なのだろう。そして、そこには鳴雷の魔法が宿っている。それも星神力か、それに匹敵する密度の魔力質量の鳴雷であり、長時間に渡る連発も可能だという。
とんでもない代物だといわざるを得ない。
「さすがですね」
賞賛の声に顔を向けると、統魔が駆け寄ってくるところだった。その後方に、中隊の面々が周囲を警戒しながら続いている。
「囮役、御苦労! 全部皆代くんのおかげやで」
「じゃあ手柄はたいちょのものってことで」
「それもええけどな」
「いいんだ!? やったね、たいちょ!」
「良かったね、統魔!」
「え、あー……」
統魔は、香織とルナが祝福してくるのをなんともいえない顔になりながら、朝彦の星象現界を見ていた。