第四百七十三話 大空洞の戦い(一)
鳴雷の轟音は、遥か前方から長い長い通路の中を反射するようにして聞こえてきたものだった。
そして、その魔法が貫いたのは、二機目のヤタガラスであり、中隊に先んじて飛ばされていたものである。
「カラス、超超超超高級品やねんけどなあ!」
朝彦がわざとらしく怒鳴り散らしながらも律像を展開する様を見て、統魔も即座に律像を構築した。
未知の、しかし、あまりにもよく知った魔法の使い手を相手にどのような魔法を想像するべきなのか、思考を巡らせながら、練り上げる。
「全くですよ。これで隊長の借金がどれだけ膨れ上がるか、わかったものじゃないです」
「なんでおれが借金背負わなあかんねん」
「だって、責任者ですし」
「今回の調査任務を立案したんはおれちゃうぞ。今回の任務における全責任は、立案者と指示者ちゃうんかと、おれはいいたい!」
「でも、あなたは背負うだろ」
緑が、朝彦に小さく告げると、彼は困ったような顔をした。冗談を受け流されただけでなく、真面目なことをいわれてしまって、返答に窮したのだ。
「……せやな」
朝彦は、仕方なく肯定し、進路を見遣った。遥か前方まで真っ直ぐに続く通路。ヤタガラスが撃墜されたのは、その通路を曲がった先の小部屋だった。
「カラスを撃った敵は、その小部屋で待ち受けている――と、普通は考える。が、あたしはそうは思わない」
緑が朝彦の前に出て、展開していた律像を具現するべく、真言を発した。
「風神封界」
緑の周囲で律像が輝き、群青の風となって吹いた。強烈な風が竜巻のように渦を巻く。けれども、緑を含む中隊の導士たちには一切の影響がない。
「鳴雷は、超長距離射程の攻型魔法だからね。この通路を利用しないわけがないだろ?」
「仰るとおりで」
朝彦は、緑の防型魔法に守られるという安心感を久々に覚えながら、前方に意識を集中する。相手が遠距離攻撃に特化した魔法士ならば、こちらも遠距離攻撃で応戦することになるだろう。
距離を詰めることができれば、話は別だが。
『随分と警戒するじゃないか。見たところ十人以上で、杖長が三人だろ。それだけの実力者揃いで、そうまで慎重になる必要があるのか?』
聞いたこともない男の声が、どこからともなく聞こえてきた。このダンジョンのまだ生きている設備を利用したのか、それとも魔法で話しかけてきたのか、それはわからない。
ただ。
「こちらの位置が筒抜けのようですね」
「隊長が叫ぶからでしょう」
「でしょうね」
「おう、それが目的やったからな」
朝彦は、南と英理子に睨まれても全く動じなかった。動じる理由がない。相手に気取られているのは、とっくにわかっているのだ。既にヤタガラスを発見され、撃ち落とされている。
相手が戦団の潜入に気づいている証左だ。
「しかし、聞いたことない声やったな」
『声紋を照合した結果、〈スコル〉の構成員、三田弘道の声だと判明したわ』
「早っ」
『これくらい当たり前よ』
イリアが当然のようにいってくるのだが、それを理解していても、彼女の反応と調査に至る速度の速さには、感銘を覚えずにはいられない。
さすがは、戦団一の技術者といわれるだけのことはある、などと、統魔は思ったりもした。
『三田弘道。二十二歳。浄化作戦時に孤児になった子供の一人で、両親ともに〈フェンリル〉の構成員だったそうよ。長谷川天璃ら〈スコル〉の構成員全員がそうであるようにね』
「それで、〈スコル〉の一員となり、挙げ句は悪魔の手先か」
『どちらが悪魔の手先かわかったものではないがな』
緑が吐き捨てるようにいえば、三田弘道の声がまたしても反響した。
そして、中隊の前方に人影が見えた。右足に分厚い電光を帯びた若い男。見る限り、ただの人間のようだったが、その右足に帯びた魔力の質量は、凶悪極まりないものだった。
少なくとも、並の魔法士のものではない。
「まるで戦団が悪の軍団みたいな言い分やな」
「〈スコル〉は、そういう考え方なんでしょ」
「全く信じられない話だけどね」
『信じようが信じまいが、おれたちこそが正義の使徒だ』
などと、三田弘道が大仰に告げてきた直後だ。彼の右足が閃いた。
閃光が視界を灼き、雷鳴が轟く。
次の瞬間、凄まじい爆音と衝撃が、朝彦たちを襲った。強烈な爆撃によって全員が吹き飛ばされ、編隊がばらばらになってしまう。
さらに、二度、三度と閃光が奔り、雷鳴が轟いた。
鳴雷の連射。
そのたびに爆撃が中隊を襲い、凄まじい衝撃が全員を襲った。体の一部、あるいは全身を強く打ちつけられるような衝撃。致命的な一撃ではないものの、強烈な攻撃には違いなかった。
緑の防型魔法で全身を覆われていてもこの威力である。
もし、彼女の魔法に守られていなければ、統魔たちの肉体など粉々になっていたのではないかと思わされた。
「枝連!」
「焔王護法陣!」
緑の号令に透かさず応じた枝連が、防型魔法を発動させる。緑の風の防型魔法の上に重ねるようにして、紅蓮と燃え盛る炎の結界が構築される。
「さすがは親子!」
「叔母と甥だよ!」
香織が感嘆の声を上げると、緑がすぐさま訂正し、枝連が香織を睨んだ。香織がルナの影に隠れたのは、一瞬。
次の瞬間には、さらなる雷撃が中隊に殺到している。そして、炎と風の防壁に直撃し、爆音を響かせた。二重の防壁によって衝撃が大きく軽減され、態勢を立て直すのも難しくなくなっている。
それでも、攻撃は止まない。
もはやそれは、鳴雷の乱射である。
攻撃し続ければ、魔力が尽きるまでにこちらを殲滅することも容易いとでもいうのか。
「おうおう、やりたい放題やな」
「力に酔っているんでしょう」
「万能症候群って奴?」
「だとしても、これは……」
統魔は、鳴雷が二重の防壁に激突する度に、魔法の結界が削られていくのを感じていた。このまま攻撃され続ければ、結界は崩壊し、中隊に甚大な被害がでるだろう。
だからこそ、緑と枝連が結界の維持に全力を注いでいるのだが、相手の魔法の威力がとてつもないということもあれば、もう一つ、問題があった。
「なんであんなに魔法が使えるんです?」
「あん?」
「……そういえば、そうだね」
緑は、統魔の疑問がなにを意味しているのかを理解した。
『マモンが八名の囚人を浚ったのがつい先日。それまでに移植用の生体義肢が完成していたとして、すぐさま移植手術を行ったのだとしても、彼がここに投入されるまでに多少なりとも時間を要したはず。これが生体義肢の運用試験なのだとしてもね』
「つまり、あれだけトロールを殺しておいて、いまもなお魔力が尽きんのはおかしい、っていうこっちゃな」
「確かに……」
イリアの説明を受けて、朝彦も英理子も怪訝な顔になった。
その間にも、連続的な雷撃は、留まることを知らない。爆撃に次ぐ爆撃、轟音に次ぐ轟音が防壁を震撼させ、ついでといわんばかりに通路を破壊していく。
「魔力が無尽蔵なんてことはありえんが……あいつの魔力が尽きるのを待つっちゅうんは、なしやな」
「だね。こちらからも仕掛けなきゃ、じり貧だよ」
緑はそういったが、防型魔法はさらに重ねられており、いまや四重の防御結界が中隊を守っていた。それによって、中隊の誰一人として鳴雷に怯える必要はなくなっている。
とはいえ、防戦一方では、埒が開かないのは、事実だ。
「ってことで、行くで、弟弟子よ」
「え? あ、はい……!」
朝彦に声をかけられ、統魔は、思わず生返事をしてしまったが、すぐに彼の目に気づいた。
朝彦が統魔を信頼してくれていることが、ただただ嬉しかった。
だから、だろう。
統魔は、全身に満ちた魔力を解放することに躊躇いはなかった。
「光翼翔!」
真言を発した瞬間、彼の全身は眩いばかりの光に包まれるとともに、重力の軛から解き放たれていた。