第四百七十二話 大空洞調査任務(六)
『こちら、上庄字。操作中のヤタガラスの反応消失。なにものかの攻撃を受けた模様。ご注意を』
「……っちゅうこっちゃ」
朝彦《あさhこ》は、もはやなにも映らなくなった複数枚の幻板を見回しながら、すぐさま字に指示を飛ばした。つまり、ヤタガラスの移動経路と撃墜地点を映像情報として纏めさせ、中隊全員に共有させたのだ。
『鳴雷は、蒼くんの右足に宿る魔法よ。つまり、相手の右足に注意すること』
「注意してどうにかなる相手ならいいんだけどね」
「星象現界が相手なら、こっちも星象現界をぶつければいいのよ。ねえ、中隊長殿?」
気軽にいってくるイリアに対し、緑はやれやれと頭を振り、英理子は、朝彦に話を振った。すると朝彦は、当然のように言ってのけるのだ。
「おうよ、おれに任せてくれたまえやで」
「どういう言葉遣いなんですか」
「どうもこうもあらへん。こちとら生まれついてのカンサイジンや」
「そういう問題なんですかね」
南は、そうはいいつつも、普段通りの軽妙さを取り戻した朝彦に安堵した。朝彦には、常に軽々しくいてもらわなければ、気が休まらない。
朝彦は、そんなことを言いながらも、字から送られた情報を元にして作戦を考えていた。
「カラスが落とされたっちゅうことは、や。相手もこっちに気づいたっちゅうことや。戦力を分散するんは得策やないな」
「そうだね。ここは、固まって移動するべきだろうね」
「撃墜地点は、ここか」
杖長たちの作戦会議を聞きながら、統魔も、字から送られた迷宮染みた内部の図面を見ていた。そこに香織とルナ、枝連が近寄ってくる。
「おれたちは、杖長たちの作戦通りに動けばいい。敵の数は不明だが……まあ、たぶん、一体だ」
「なんでそういえるの?」
「現状、トロールの傷痕は、鳴雷だけだ。鳴雷用の右足が複数用意されているのなら話は別だが……連れ去られた囚人は全部で八人だったな」
『はい。天燎鏡磨、長谷川天璃、近藤悠生以下〈スコル〉の構成員を含めた全八名です』
『それ以外に姿を消した囚人は、確認されていないね』
字と剣が皆代小隊の作戦会議に加わるのは当然のことだったが、通信機越しに部下たちの声を聞いて、統魔はなんともいえないくらいに落ち着きを取り戻した。先ほどまでの動揺が収まり、思考が明瞭になっていく。
「あれだけ大規模で高精度の空間転移魔法を使えるのに、連れ去ったのはたったの八人だ。ちょうど八雷神と同じ数……だろ?」
「そうだねえ、さすがはたいちょ」
「しかし、その八人しか転送できなかったという可能性もあるんじゃないか?」
「それもある」
「なんじゃそりゃ!?」
香織が思いっきりずっこけて見せると、周囲から無数の視線が突き刺さってきたものだから、彼女は、おずおずと立ち上がり、ルナの背後にその姿を隠した。先程までと全く逆の様子になり、ルナもそんな香織をよしよしと撫で始める。
「……可能性としては、どちらもある。が、おれはこの八という数に意味があると思うんだ」
「どうして、そう考えるんだ?」
枝連は、統魔が妙に確信めいていうものだから、気になった。
「〈七悪〉の連中は、どうにも拘りがあるらしい」
「こだわり?」
「〈七悪〉は、既に六体の鬼級幻魔が揃っている。双界を自由に移動し、幻魔災害を自在に引き起こすことのできるサタンを筆頭に、人間に擬態し、人間社会に暗躍していたアスモデウス、機械型幻魔を生み出したマモン……それらが力を結集すれば、央都なんてあっという間に壊滅するはずだ。なのに、奴らは本格的に動き出す素振りすら見せていない」
「マモンがなにやらやらかすつもりらしいが」
「それが、これなんだろ」
統魔は、培養槽らしき機械の中に浮かぶ師の右腕と、トロールの死骸の山を交互に見て、渋面を作った。
「〈七悪〉は、〈七悪〉揃ってようやく人類を滅ぼすなんていってやがる。いつだって出来るくせにだ」
「つまり、奴らにはなにかしら拘りたがるところがある、と」
「囚人八人をかっ攫ったのも、八雷神に対応した人数だからなんじゃないか、ってさ」
「皆代くん。さすがは我が最愛の弟弟子や。えー線いってんでえ」
「最愛って」
なにやら誇らしげな顔で統魔を見つめる朝彦に対し、ぼそりとつぶやいたのは、ルナであった。
大空洞施設内部の調査は、味泥小隊二名、皆代小隊四名、薬師小隊四名、六甲小隊四名の合計十四名からなる中隊編成のまま、行われることとなった。
当初、朝彦は、内部を調査し、トロールの数や配置を確認次第、小隊ごとに分散して事に当たるつもりでいた。
大空洞内部は、広大な迷宮そのものだ。
各地に分散したトロールを殲滅するには、部隊を分けて、各地に散らばるほうが効率がいいと考えてのことだった。トロールの数が多い場所には、複数の小隊で合流して当たればいいと考えていたし、この人数ならば、大半のトロールを撃滅することも難しくないとさえ思っていたのだが。
トロールは、見る限り、ほぼほぼ殲滅されており、対する敵は、日岡イリア曰く、鳴雷を埋め込まれた囚人、マモン謹製の改造人間である。
トロールの生き残りか、それ以外の幻魔が潜んでいる可能性も低くはないが、それらは、改造人間の攻撃対象でもある。
だから、どこもかしこもトロールの死骸だらけなのだ。
「ここは、改造人間の狩り場やな」
ヤタガラスを先行させながら、朝彦を隊長とする。中隊は進む。
迷宮めいた施設内の各所は、トロールが暴れ回った痕跡がそこかしこに見受けられていて、床や壁、扉や天井などが徹底的に破壊されている。小部屋や大部屋にあるなんらかの設備も、だ。
なにもかもが破壊され尽くしていて、原型を留めていない。
「やっぱり、なんらかの意図を感じずにはいられないね」
緑が、以前の調査の結果を踏まえた上で、そのようにいった。トロールの死骸が倒れかかっている機械は、どのような機械だったのかも不明な状態だ。
「だとしても、幻魔の施設だったのかしら? 幻魔と機械の相性って悪いんでしょ?」
「悪いもなにも、あいつら、機械を無視しよるからな。そもそも、機械を使うなんて発想があらへんねん」
「そんな中に現れたのが、アスモデウスであり、マモンというわけだ」
「せやねん。ほんま、なんやねん、あいつら。幻魔の定義を徹底して無視しやがって。幻魔と機械の融合? ふざけんのも大概にせえって話やで」
「隊長ほどじゃないと思いますけど」
「おう、この真面目の権化になにをいうてんねや」
「まあどうでもいいですけど」
「なんでやねん」
朝彦は、南の茶々に怒鳴り返しながらも、冷静に周囲を見回している。ヤタガラス班との通信を適宜行いながら、特に前方を注視するのは、後方にもヤタガラスを飛ばし、厳重に警戒しているからだ。
字のヤタガラスが撃ち落とされたが、その際の前後の映像記録には、攻撃されている様子すら映っていなかった。撃墜される寸前、わずかばかりに閃光が過っただけだ。
ヤタガラスのカメラの死角から、それも超長距離の狙撃を行ってきたに違いない。
鳴雷は、蒼秀の中でも最長射程を誇る攻型魔法だ。超長距離から狙撃するのも容易だ。
ただし、魔法士の魔法技量によるのだが。
蒼秀ならば、簡単にやってのける技ではある。
「ところでさ」
「ん?」
ルナが統魔に話しかけてきたのは、大部屋から別の通路へ至り、慎重に進んでいる最中だった。ルナは、統魔にべったりとくっつくのではなく、少しだけ距離を取って、歩いている。
戦闘になった場合、統魔の足手纏いになりたくないからだ。
本当は一瞬一秒でも長く触れていたいのだが、この状況下では、そんな我が儘はいってはいられない。
「イリアさんがいってた蒼くんって、なに?」
「それは……」
統魔は、ルナの疑問が予期せぬところから飛んできたものだから、困惑した。
「……蒼秀はんのあだ名や」
「あだ名……」
「ってことは、仲いいんだ、あの二人。もしかして、恋人同士とか!?」
一気に目を輝かせるルナに対し、朝彦が大きく嘆息した。
「あほ抜かせ。博士は仕事が恋人っちゅうくらい年がら年中仕事してる仕事人間やで。恋だの愛だのに現を抜かし取る暇なんてないわ」
「うつつ……って」
「別にな、きみがだれを好きになって、どんな風な恋愛模様を展開しようが構わへんし、興味ないわ。ただ、博士にそんな暇がないってだけでな」
「特にいまは窮極幻想計画――だっけ?――に熱中してるみたいだしね」
「それに関わらず、引っ張りだこだし」
『あのね。勝手に人のことを恋愛感情を持たない仕事ロボットみたいにいうのは止めて欲しいんだけど』
「聞こえてましたん?」
『全部丸聞こえよ!』
イリアの怒声には、朝彦も苦笑するしかなかった。それくらいの迫力があったのだ。
『そりゃあ、いまそんな暇はないけど、好きなひとの一人くらいいるわよ』
「はっはーん……博士、わかったで」
『え?』
「おれのことでっしゃろ」
『そんなこと、あるわけないでしょう』
極めて冷徹なイリアの声に、朝彦はがっくりと肩を落とした。
そして、雷鳴が轟く。
朝彦にとって聞き慣れた轟音。
鳴雷。




