第四百七十一話 大空洞調査任務(五)
「んー……よく見ると、確かにそうかもしれんな」
「そうかもしれないじゃなくて、そっくりなんですよ。本当に鳴雷に撃たれた痕そのものなんですよ」
「せやけど、雷魔法やったら似たようなもんやろ」
「それはまあ……そうなんですけど」
統魔は、朝彦の正論を前にして、渋々ながらも頷かざるを得なかった。属性が同じ魔法ならば、同じような効果を発揮し、同様の傷痕を残したとしてもなんらおかしくはない。
「兄弟弟子同士で喧嘩しない。二人とも、軍団長の魔法は間近で見てきたんだろ。まあ、わたしたちもそうだけどさ。でも、わたしたち以上に軍団長の側にいたのがあなたたちで、だから、よくわかるんじゃないのかい?」
「そりゃあ、もう、すっごいわかるで。お師匠さんやったからな。蒼秀はんの魔法の癖は、誰よりもよく知っとる」
「本人よりも?」
「茶々入れんな、あほ」
朝彦は、南の突っ込みに苦い顔をしながら、幻板に表示された拡大映像を凝視した。
無造作に積み上げられたトロールの死骸の山。
それら一体一体のトロールの腹を穿つ穴は、全て一定の大きさであり、同質量の魔力体で貫かれていることがわかる。同質量かつ同威力だからこそ、全く同じ傷口になっているのだし、トロールたちも為す術もなかったのだ。
トロール程度ならば一蹴できる威力の攻型魔法。とてつもない威力を持っていることは、いうまでもない。
確かに、統魔のいうこともわからなくはなかった。
その魔法の痕跡は、年下ながらも朝彦が師事した圧倒的な魔法技量の持ち主、麒麟寺蒼秀の得意とする攻型魔法・鳴雷にそっくりだ。
腹を貫いた穴の大きさよりも、その傷痕に刻まれた形跡にこそ、注目する。凄まじい電熱によって灼き焦がされた痕跡である。
蒼秀の雷魔法は、ただの雷魔法ではない。電熱によって攻撃するだけでなく、直撃した部位を灼き焦がすことで、幻魔特有の超高速再生を鈍らせることを可能としているのだ。
幻魔の肉体たる魔晶体は、心臓たる魔晶核が無事である限り、あっという間に再生し、元通りになってしまう。幻魔の等級が上がれば上がるほど、内在する魔素質量が多ければ多いほど、その復元速度は早まり、多少の傷など瞬時に回復するのは当然として、胴体を切断された瞬間から元通りに復元するほどの幻魔もいるのだ。
鬼級幻魔は、特にその傾向が強い。
だからこそ、蒼秀は、幻魔の再生を阻害する攻型魔法を考案したのであり、それが彼の雷魔法の特性となった。
鳴雷の電熱に灼き焦がされた幻魔は、まず、焼け焦げた部分の回復に力を割かなければならず、その分、攻撃を受けた部位そのものの復元が遅れることになるのだ。
だから、蒼秀は、一方的な攻撃を続けることが可能となり、妖級幻魔を圧倒し、一蹴しうるのだが。
朝彦は、ヤタガラスにトロールの死骸一つ一つを丹念に調べさせながら、それらを瞬殺したのであろう攻型魔法の傷痕全てが一致していることを確認した。鳴雷の一撃による、絶命。傷口は、強烈な電熱によって焼け焦げている。
「……確かにまあ、鳴雷にそっくりではあるな。せやけど……なあ。まさか、蒼秀はんが先にここを攻略したとでもいうんちゃうやろな」
「そうじゃなくてですね」
統魔は、渋い顔で幻板と睨み合っている朝彦に対し、自身の携帯端末を操作して、情報を引き出した。幻板を出力し、表示する。
「これですよ」
統魔の幻板を覗き込んだ瞬間、朝彦は、その眉根を寄せ、厳しい顔つきになった。鋭い眼差しで、表示された画像を睨み付けている。
はっきりと見覚えのある画像だった。
つい先日、導士に共有されたばかりの情報であり、戦団と央都全体がさらなる警戒態勢に移行した原因である。
「……まあ、そう考えるよな、ふつー」
「本当に考えてたんですか」
「考えてたわ、ボケ」
「今度はボケって言われた」
「可哀想」
「唯一の副官なんだから、大切にしてあげな」
「めちゃくちゃしてまんがな。ひとが真剣な話をしてるときに一々茶々いれてくるから、口も悪くなりまんねん」
「方言もめちゃくちゃになるのね」
「なるわな」
「で……これがどう関係していると、きみは考えているんだい?」
緑は、朝彦たちの冗談に付き合っているのも馬鹿馬鹿しくなって、統魔の意見をこそ、問うた。
画像は、これまでに何度も見ている。
それは、先日、スコル事件の首謀者であり、警察部本部内拘置所に収監されていた長谷川天璃に行われた潜心調査中にもたらされた情報である。
それも、〈七悪〉の一体、〈強欲〉のマモンによって、だ。
マモンが長谷川天璃の脳内に干渉し、潜心調査中の導士たちを殺害するとともに披露してきたのがこれだった。
なにか液体が満たされた培養槽のような機械の中に浮かぶ、一本の右腕。
それは、光都跡地におけるアザゼルとの激闘の最中、蒼秀から奪い取られた右腕そのものだったのだ。
ノルン・システムによる徹底的な画像解析の結果、確かにそうであると確定している。
アザゼルも〈七悪〉の一体だ。蒼秀から奪い取った右腕をマモンに提供し、マモンがなんらかの使い道を模索していたのだとしても、なにもおかしなことではない。むしろ、アザゼルが蒼秀の右腕を奪うだけで満足げに立ち去ったことの理由になる。
「これは師匠の右腕です。師匠の右腕といえば」
「土雷やな」
朝彦も、統魔がなにをいいたいのかを察して、さらに苦々しい気分になった。これほど胸糞悪いことはないといわんばかりの表情で、液体の中の右腕を睨み付ける。
「知ってのとおり、師匠の星象現界・八雷神は、師匠が得意とする八種の雷魔法を全身の各部位に纏うというもの。師匠は、アザゼルとの戦いの中で八雷神を使っていましたから、奪い取られた右腕に星神力が残っていたとしても不思議ではありません」
統魔は、己の想像を口に出して説明しながらも、どうしようもなく嫌な気分になってくるのを抑えられなかった。
聞いている杖長たちも、彼の推察を理解して、表情を曇らせていった。
この場にいてこの話の行き着く先を理解していないのは、ルナくらいのものだ。ルナは、香織の背中に隠れながら、出来る限りトロールの死骸を見ないようにしていて、話について行けていない。
『つまり、マモンが蒼くんの右腕を元に他の部位を生成し、それを使った実験を行ったと考えていいわね』
「は、はい! た、たぶん、そうだと思います」
突如、導衣に仕組まれた通信機越しに会話に割り込んできたのは、日岡イリアであった。
統魔は、幸多と違ってイリアとあまり面識がなかったし、会話をしたこともほとんどなかったこともあり、とんでもない緊張感を覚えた。
イリアは戦団における超重要人物だ。
イリアがいなければ今の戦団はないと断言されるほどの天才研究者であり、技術者なのだ。
統魔が言葉に詰まるのも当然だった。
『そちらの映像を解析した結果、蒼くんの鳴雷との適合率は九十八パーセント。二パーセントなんて誤差みたいなものよね。九十八パーセントも鳴雷を再現できるっていうのなら、それだけでとんでもないことよ。それも、八雷神の鳴雷だもの』
「はあ!?」
「八雷神の……」
「鳴雷……!?」
イリアがまくし立てるように説明してきた事実によって、朝彦ら杖長全員が素っ頓狂な声を上げたのは、必然といって良かっただろう。
誰もが想像を絶する事態に直面し、唖然とし、言葉を失った。
蒼秀の鳴雷を再現するというだけでも簡単なことではないはずなのに、それを星象現界・八雷神の状態で再現するなど、どうなっているというのか。
星象現界状態ということはつまり、星神力によって打ち出された鳴雷ということだ。
通常の、魔力の鳴雷とは、比較にならない威力を秘めているそれは、並大抵の魔法士では相手にならない。
『これはおそらく、実験よ。マモンによる、ね。そしてそのために囚人たちが連れ去られたってところでしょうね』
イリアが淡々と解説していく中、統魔は、端末を握る手が震えるのを認めた。
「実験……」
『人体実験よ。蒼くんの右腕から培養し、生成した体の部位を使うことで、魔法士を強化できるのか、試したのではないかしら」
「人間で、ですか」
『普通、幻魔と人間の肉体は、反発し合うものであって調和することはないのよ。極一部の例外を除いてね』
例外という一言の直後、ルナが香織を強く抱きしめたものだから、香織も、彼女のことを思い遣った。
例外といえば、本荘ルナになる。
多分に幻魔成分を含む、人間ならざる未知の生命体。
それが、彼女だ。
香織は、ルナを完全に仲間と認めていたし、人外であろうともどうでもいいと考えていた。彼女が統魔のために命を投げだそうとした事実もあったし、この半月あまり、あまりにも仲良く、楽しく過ごせている。
これでルナが敵として牙を剥いてきたのならば、そのときはそのときだ。絶望し、失意のどん底に落ちるだろうが、それくらいには、香織はルナを信頼していた。
『マモンは……〈七悪〉は、やはり、人を人とも思っていないし、利用できるならなんだって利用するつもりで、囚人をかっ攫っていった。長谷川天璃ら〈スコル〉の構成員も、天燎鏡磨も。ここにまだ残っているのかは、不明だけれど』
イリアがそういった直後だった。
複数枚の幻板から映像が途絶えたのだ。