第四百七十話 大空洞調査任務(四)
全部で四機のヤタガラスのうち、一機は後方を警戒するために通路の出入り口付近に待機しているのは、前回の調査と同じだ。
残り三機のヤタガラスが、大空洞内部を先行調査しているのも、変わらない。
まず、前回調査時と同じ通路から飛び込み、朝彦が破壊した扉を通過すると、まず真っ直ぐに通路が延びている。そのうち、十字路が見えてくるのもこれまで同様だ。そうした確認が必要なのは、施設内部の構造が変化する可能性も、皆無ではないからだ。
ダンジョンとは、そういうものである。
そこで三機のヤタガラスは、三方向に分かれた。
しばらくして前回調査時、トロールと戦った場所へと至り、そこにトロールの死骸が残されたままだということが確認できている。
幻魔は、同族意識、同胞意識というものを持たない。少なくとも、低級幻魔の間には仲間意識など、欠片もないだろう。
個性もなく、自我も薄い低級幻魔には、帰属意識のようなものすらなく、群れることがあるのは、より強い幻魔に付き従っている場合のみだ。
それ以外で集団で行動するということは、まず、考えにくい。
幻魔が集団行動しているということは、なんらかの意志が働いているからなのだ。
たとえば、この大空洞におけるトロールの破壊活動もそうだ。
三十体以上もの妖級幻魔が、なんの目的もなく、ただ暴れ回っているなど、普通、ありえない。なにかしらの意図があって、なにものか――たとえば鬼級幻魔が送り込んだと推測するべきだった。
そして、残された死骸についても、一考の余地があった。
「死骸が残っているっちゅうことは、や。皆代くん、どういう理由が思いつく?」
「そこまでほかのトロールが辿り着いていない、ということ……ですかね」
「正解や。さすがは弟弟子。蒼秀はんも鼻高々やで、ほんま」
「はあ」
統魔は、本音か冗談か全くわからないような朝彦の口振りに翻弄されながらも、自分や杖長が撃破したままの状態のトロールの死骸を見つめた。ルナが統魔の腕にしがみつきながら、幻板を覗き込む。
「なんでそうなるの?」
「幻魔は幻魔の死骸を捕食するからだよ、ルナっち」
「ええ!?」
「知らなかったのか?」
素っ頓狂な声を上げたルナに対し、枝連が呆れたように肩を竦めた。そのような反応を見せたのは、枝連だけではない。他の小隊の導士たちも、唖然としたような顔でルナを見ている。
彼らは、ルナが先日入団したばかりの新人導士だということだけでなく、彼女の正体についても知っている。
全員、光都跡地での任務に動員された導士たちなのだ。
しかし、本荘ルナが導士としての常識を持ち合わせていないことには、度肝を抜かれたとしても致し方のないことだった。
「幻魔には、仲間意識もなければ同族意識の欠片もないっていわれとる。まあ実際、幻魔が弱った幻魔を庇う様子なんて記録されてないし、むしろ、弱った幻魔を襲う光景のほうが数え切れん位に確認されとるからな」
「弱った幻魔を襲う……」
「せや。幻魔にとっては、他の幻魔も餌なんや。幻魔にとっての餌とはなんや、新野辺くん」
「魔素でーす」
「せや。魔素の塊、つまり魔素質量こそが幻魔の餌や。せやから、弱りに弱った幻魔が近場におったら、つい襲いかかってしまう。その結果、返り討ちに遭う幻魔の姿も記録されてるくらいやで」
「だから、幻魔の死骸は、高級な餌になる……?」
「そういうこっちゃ。偉いで、本荘くん」
「褒められちゃった……」
統魔は、少しばかり嬉しそうなルナの横顔を見て、それから、カメラの映像に視線を戻す。
「中隊長殿が斃したはずのトロールの死骸があの日のままってことは、あの日以来、ここら当たりまでトロールが来ていないということ」
「三十体以上ものトロールがいて? じゃあ、さっきの焦げ痕はいったいなに?」
「それをやな、これから調べるんやろ」
「そうだけど……用心しないと駄目ね」
「そらな」
警戒気味に告げてきた英理子に対し、朝彦は静かに頷くと、さらにヤタガラスを奥まで飛ばすように指示した。
先程通路上に発見した焦げ痕は、トロールの死骸とは全く関係ない場所に刻まれていた。壁や天井などに散見されるのだが、この施設を破壊するために魔法を叩きつけたように見えなくもなかったが、しかし、施設があまりにも大きすぎて諦めた気配もあった。
三機のヤタガラスがそれぞれ異なる通路を進んでいく。
その先々で、さらに異様な光景を目の当たりにしていくものだから、ルナは、統魔の腕をさらに強く抱きしめてしまった。
トロールの死骸の山である。
通路の先々、広い空間内に多数のトロールの死骸が山のように積み上げられていて、そのいずれにも焼け焦げたような痕が残っていた。
「これは……」
「焦げ痕の主の仕業に間違いないね」
「だとしたら、なんなのかしら」
トロールの死骸は、それこそ十体以上が確認されていて、いずれもが焼け焦げているだけでなく、魔晶核を一撃の元に貫通されていた。
一撃で絶命したのは、疑いようもない。
「戦団の導士じゃないんは間違いない」
「当たり前のことをいうんじゃないよ」
「確認やん。そんな怖い顔せんでも」
「元々だよ」
「嘘やん、めっちゃ美人やん、度肝抜かれるで」
「……はあ」
「緑さんのあんな顔、初めて見たな」
「そうなんだ?」
枝連が囁いた言葉に香織が小さく驚く。
杖長たちの会話の邪魔をしては、自分たちに矛先が向けられる可能性くらいは、香織にだって理解できていたし、さすがにこの状況下でそのような目に遭いたくはなかった。
「トロールが全滅してくれたんならありがたいんやが、いや……むしろ逆か?」
「そうだね。トロールだけなら、四十体でも五十体でもこの中隊ならどうとでもなるんだが……この数のトロールを一蹴するようなのが相手だと、ね」
「杖長三人いて、そんな不安がらせるようなことはいわない!」
「いや、まあ、そうなんだけどさ」
緑は、枝連を一瞥した。可愛い甥の成長した姿は、精悍な戦士そのものだが、そんな彼と任務を共にすることになったからこそ、考え込んでしまう。
この任務が、ダンジョンの規模からして一筋縄では行かないものであるということは、わかりきっていたことだ。
中隊規模の編成で行う調査任務など、そうあるものではない。
大抵は一小隊、二小隊程度で行うものだったし、徘徊する幻魔の等級によって杖長が派遣されることもあるくらいのものだ。
しかし、中隊編成となると、任務の難度はそれらとは比較にならなくなる。
それだけ作戦部がこのダンジョンの攻略が簡単なものではないと判断したということであり、トロール三十体程度では済まない規模の幻魔が潜んでいる可能性を考慮しているということにほかならなかった。
そして、その可能性が現実のものとなった。
妖級幻魔トロールの群れを一蹴するほどの力を持った何者かが、このダンジョンに潜んでいるという可能性だ。
そんな杖長たちの意見を聞きながら、統魔は、端末を操作し、映像を拡大していた。焼け焦げたトロールの死骸の山。ずんぐりむっくりした巨人たちが、為す術もなく殺され、意味もなく積み上げられている。そして、その死骸には、なにか見覚えがあるような気がしてならなかった。
強烈な既視感。
「これは……」
映像をさらに拡大していくと、ルナが顔を背け、ついには統魔から離れて香織に抱きついた。香織がよしよしとその頭を撫でるのを、彼女の声で理解しながらも、統魔の手は止まらない。
「どうしたんだ? 隊長」
枝連が、統魔の手元を覗き込む。
幻板には、トロールの死骸の傷口が大写しにされていた。トロールの強固な魔晶体を貫通する一撃は、腹の奥の魔晶核をも破壊し、傷口を灼き焦がしている。
凄まじく強烈な電熱の痕。
統魔は、その傷痕にこそ見覚えがあったのだ。数え切れないくらいに訓練を行い、何度となく戦場を共にした師匠、麒麟寺蒼秀の魔法が、脳裏に浮かんだ。
「鳴雷にそっくりだ」
思わず、統魔は、大声を発していた。