第四百六十九話 大空洞調査任務(三)
「この大空洞と命名されたダンジョンは、この広大な空白地帯に穿たれた大穴や」
「見たままじゃないですか」
「せや。見たまんまをいうたんやな、さすがおれ。頭ええわ」
「それで満足なら構いませんが」
「で、や。この巨大な穴の深さについては今のところ不明。いまんところ、なんのための穴なんかもわかってない」
「魔素濃度の関係からヤタガラスを近づけることができないんです」
大穴を覗き込みながら、朝彦と南が説明する。
大空洞に身を乗り出し、崖下を見下ろせば、遥か地下深くまで穿たれたまさに巨大な空洞と呼ぶに相応しい大穴がある。その大穴の底は見えず、ヤタガラスも接近できないとなると、とてつもなく危険な場所である可能性は高い。
故に、調査は慎重を期するべきである、ということだった。
「報告にあったとおりだね」
「そこらへんは省いて良いよ」
「おうおう、この中隊長様直々に説明したっとんのに、なんやその態度。蒼秀はんにいいつけんで」
「どうぞ、御勝手に。軍団長がその程度で減点するような方ではないことは、知ってるもの」
「くうう……あーいえばこーいう」
「隊長みたいですね」
「どこがやねん!」
「で、いつまでこのマンザイを聞かされればいいんだい?」
「さっきと同じ展開だ」
「これ、作戦始まるのかな?」
「それはおれも心配だな」
統魔は、ルナが笑いながらいってきたことを肯定しながら、幻板に表示される映像を見ていた。
全部で四機のヤタガラスが、前回同様、味泥小隊と皆代小隊の面々によって操作され、ダンジョン内を飛行している。
大空洞の初回調査の結果は、情報資料として纏められ、戦務局内で共有されているし、他部署の導士でも必要ならば閲覧可能となっている。
今回の大空洞調査任務に参加する全員がそれらの資料に目を通しており、味泥朝彦の最初の説明は、一切不要といっても良かった。
大空洞がどのような構造になっていて、なにが問題なのか、どこをどのように調査するべきなのか、それらを資料として纏め上げたのは、朝彦である。
彼は、軽妙な雰囲気で喋り続ける一方、常に冷静に周囲を観察していたし、冷徹な判断を下すことの出来る導士だった。でなければ煌光級にまで昇格できないだろうし、杖長筆頭と呼ばれるほどの信頼を集めることはできまい。
統魔も、そんな朝彦だからこそ、彼が躑躅野南や他の杖長と言い合うのも問題ないのだろうと思っていた。
そして、調査任務が始まったのは、唐突だった。
「ま、そういうわけでやな。これからこの大空洞に潜ることになるんやが、皆代くん、準備は出来てるな?」
「はい。皆代小隊は全員準備万端です」
「ええ返事や。さすがおれの弟弟子や」
「あれ、そうだったの?」
「ああ。味泥杖長は、おれと同じく麒麟寺軍団長の弟子だったんだよ」
だから、目をかけてくれているというのもあるのだろう、と、統魔は考えている。
そして、統魔が麒麟寺蒼秀の弟子になった理由の一つも、そこにある。
朝彦は、統魔と同じく光属性を得意属性とする。
麒麟寺蒼秀の得意属性は雷属性なのだが、光属性の朝彦を育て上げたという実績があり、故に統魔は蒼秀に弟子入りを決めたといってもいい。無論、そういう実績がなかったとしても、蒼秀への弟子入りを断る理由はなかったが。
ちなみに、朝彦のほうが蒼秀よりも随分と年上で、随分と先に導士となっているのだが、蒼秀は朝彦よりも早く階級を駆け上がり、星将になっている。
そんなものは星の巡り合わせに過ぎない、とは、蒼秀の言葉だが。
朝彦が蒼秀に弟子入りを志願したのは、蒼秀の圧倒的な実力に打ちのめされ、蒼秀に学び、鍛え上げられることにこそ意味があると考えたからのようだ。そして実際、朝彦は、蒼秀に弟子入りしたことでその才能を開花させ、大幅に魔法技量を高めたという。
「調査は、前回と同じ通路からや。行くで」
朝彦は、導衣をはためかせるようにして飛び上がると、空中で法機に跨がって見せた。そして、簡易魔法を発動させ、大空洞の真っ只中へと降下していく。
躑躅野南が彼に続き、統魔率いる皆代小隊がその後を追った。皆代小隊の内、字と剣は、ヤタガラスの操作と情報収集を行うため、簡易拠点に残ることになっている。
「どうか御無事で」
「みんな、気をつけて!」
字と剣は、多少の不安を感じながら、統魔たちを見送り、ヤタガラスの操作に専念した。
統魔が駆る長杖型法機・流星には、ルナも一緒に乗っている。彼女は、一般市民だったころから飛行魔法を得意としていたし、自由自在に飛び回れるのだが、この戦場の空気に触れただけで寒気がするのだ。だから、統魔に一秒でも長く触れていたいという気持ちが溢れてしまう。
統魔がそんなルナの行動を許しているのは、彼女がそれでも任務から逃げ出さず、立ち向かっているという事実があるからだったし、誰だって最初のうちは、そういう部分があるからだ。
誰もが最初から勇猛果敢な導士にはなれない。
いくつもの戦場を経験し、激闘を繰り返し、死線を潜り抜けて、ようやく一人前の戦士になれるのだ。
ルナは、半人前の戦士ですらない。
まだまだ歩き始めた子供のようですらあり、だからこそ、統魔は、彼女が懸命に戦っているのだと認識している。
薬師小隊、六甲小隊が編隊を組みながら、後に続く。
遥か地底深くまで穿たれたような巨大な穴。その内壁を走る螺旋状の道。そこにはトロールが歩き回った形跡は見当たらない。トロールは、愚鈍にして狂暴な幻魔だ。歩き回るだけで周囲にとてつもない破壊跡を残していく。だから、岩壁に刻まれたわずかばかりの道筋を歩けば、それだけで致命的な被害をもたらすこと間違いなく、トロールが出歩いたかどうかを確認するのは難しくなかった。
「つまりや。あれだけの数のトロールたちが、いまもなお、あの迷宮の中におるっちゅうわけやな」
「まだ、破壊して回っているのでしょうか?」
「どうやろな」
目的地の通路前に飛び降りながら、朝彦は神妙な顔をした。
「もう全部壊し終わって、中で仲良くおねんねしとるんかもな」
「そんなことあるわけないだろ」
六甲緑が呆れたような顔を見せながら、通路内に足を踏み入れた。
「あなたの報告じゃ、トロールたちはなんらかの意図をもってこの大空洞を破壊して回っていたということだけど、それが事実だとすれば、目的を終えたトロールたちがここに留まっている理由はないわよね?」
「せやねん。それにあの焦げ痕や。あれは間違いなくトロールの仕業やない。無論、初回調査におけるおれの大活躍の痕跡でもな」
「大活躍……」
思わず会話に入り込んだのは、統魔だ。通路付近に降り立った統魔は、ぴったりとくっついて離れないルナとともに、以前、朝彦が強引に突破した扉の前に辿り着いた。
枝連と香織が統魔たちに続く。
六甲小隊の三名、薬師小隊の三名が続々と到着すると、扉前は導士たちだけで満員状態になった。
「なんやねん。そこは疑いようがないやろ」
「ないですけど」
「せやろ。おれは大活躍した。きみもそれなりに活躍した。それが全部や」
「まあ、そうですけど」
統魔は、腕組みしながらうんうんと頷く朝彦に気圧されるような気分になりながら、携帯端末を操作した。幻板にヤタガラス目線の映像を映し出す。
「で、あんたの大活躍の結果、なんの成果も得られなかったわけだ」
「成果はあったで」
「なにがだい?」
「ここはとてつもなく巨大な施設で、複雑な迷宮やっちゅうことがわかったんや」
「そんなの、最初に見た段階でわかっただろ」
「それはちゃうで。こういう巨大な構造物に限って、内部は狭かったりするのがダンジョンの鉄則やん?」
「そうかい?」
「まあ、そういうこともないこともないけど」
緑の疑問には、英理子も戸惑い気味に答えた。
この三名の杖長は、同世代ということもあり、気安い関係であるらしい。
「この複雑怪奇な大迷宮を調査するには、あの人数では不可能やったのは間違いあらへんで。なあ、皆代くん」
「は、はい。それは、間違いないです」
「まあ、皆代くんがそういうんなら、確かなんでしょうね」
「そうだね。皆代くんがいうんならね」
「どういうことやねん! なんで皆代くんのほうが説得力あんねん!」
「どうもこうもないのでは?」
南は、吼え猛る隊長を見つめながら、淡々と告げた。
その頃には、三機のヤタガラスが、前回よりも奥深くまで進行していて、さらに異様な光景を捉えるに至っていた。
散乱するトロールの死骸である。