第四十六話 常勝高校対強豪高校
初戦は、天燎高校の圧勝で幕を閉じた。
得点源となったのは、黒木法子ただ一人だ。法子は、持ち前の身体能力と魔法力により、敵陣を翻弄し、何度となく、たった一人で得点を上げて見せた。
無論、全十二得点全てが彼女一人の成果ではない。圭悟は何度か法子に星球を投げ渡したし、その星球が得点に繋がったことは一度や二度ではなかった。
初戦における最優秀選手は間違いなく法子だが、法子以外の誰もが想定以上大奮闘ぶりだったことは、いうまでもなかった。
雷智の守将としての活躍も、見事としか言い様がなかった。雷智は、一点たりとも御影高校に与えなかった。
雷智の鉄壁の守備を前にして崩れ落ちる御影高校の闘手の姿は、敵ながら同情を禁じ得なかったほどだ。
何処から星球を投げ込もうとも、隙を突いた素晴らしい投球すらも、雷智は完璧に抑え込んだ。完全無欠といってよかった。
雷智がいればこその大勝利だった。
雷智以外が守将だったならば、一点二点どころか数多く失点を重ねていたとしてもおかしくはなかった。それくらい、御影の攻勢は強烈だったし、個々の能力の高さは、蘭の分析通りだった。
試合終了の合図が戦場に響き渡れば、戦場上空に試合結果の得点表が浮かび上がった。
天燎高校十二点、御影高校零点。
残酷ともいえる試合結果が、競技場全体に知らしめられる。
幸多たちは大勝利を喜んだが、それ以上に嬉しかったのは、想像していたよりも疲労していなかったことだ。この程度ならば、つぎの試合も存分に戦えるだろう。
試合が終わると、速やかに選手控え室へ向かい、そのまま場内通路へと移動する。
選手控え室は、試合に出場している高校が使う場所であり、天燎高校が占有していい場所ではないからだ。
次の試合までは、場内控え室で待つことになる。
「皆お疲れ様、凄かったー!」
「本当に、なんといったらいいのか、まったく言葉が出てこなくて」
「想定以上の結果だったね」
移動中、真弥と紗江子、蘭が、口々に賞賛の声を上げる。ただ賞賛するのではない。天燎高校の圧勝振りに恐れ戦いてさえいるようであり、とても皆が想像していた結果ではないという思いが伝わってくるようだった。
「それもこれも大魔王様のおかげだな。先輩がいなかったらって思うと、吐き気がしてくるぜ」
「確かに」
幸多は、げっそりとした様子の圭悟に深々と頷くほかなかった。
法子がいればこその圧勝だ。法子ではないほかの誰かでは、こうはならなかっただろう。一点も取れずに敗れ去る可能性だって考えられる。法子がいないということは、雷智もいないということなのだ。
法子の破壊的な攻撃力と、雷智の絶対的な守備力、この最強の矛と盾があればこそ、天燎高校は御影高校に圧勝できたのだ。
どちらか一つでも駄目だし、どちらか一つはありえない。
幸多には、天燎高校の学生に彼女たちと並ぶほどの魔法士がいるのかどうかすらわからなかった。
おそらく、いないのではないか。
魔法士としての腕前ならば、曽根伸也の実力は、並外れたものだった。教室内の全ての机と椅子を自由自在に操り、対象を狙撃する腕前は、生中なものではない。
もっとも、彼が対抗戦に参加する光景は想像もつかないが。
それにあの日以来消息不明でもある。
「十二得点って、個人記録は言わずもがな、チーム記録としても対抗戦新記録だそうだけど……」
小沢星奈がなにをどうすればいいのかわからないといった様子で、端末を操作している。
対抗戦部の顧問である彼女は、当然のように対抗戦出場者の引率者に選ばれてしまった。拒否権などあろうはずもなく、立場上仕方なく引率役をしているのだが、だからこそ所在なげなのだろう。
「新記録、心地よい響きだ」
法子が、長椅子に寝そべりながら、満足そうにいう。しかし、その赤黒い目は、幸多をじっと見ていた。
彼女がなにを言いたいのか、幸多には瞬時に理解できている。体をもみほぐせといっているのだ。
それは、幸多にとってはもはや慣れたことだった。この二ヶ月に及ぶ部活動では、幸多と法子の一対一で行う猛特訓も少なくなかった。それこそ、休日には丸一日練習に付き合ってもらったこともあった。そういうとき、法子は、幸多にお礼として、疲れ切った体をもみほぐすことを求めた。
別の機会に彼女を指圧したことによって、幸多がそれを得意としていることがわかってしまったからだ。それ以来、法子は、事あるごとに幸多に指圧を求めた。気持ちがいいらしい。
「大会中に更新しちゃう?」
雷智が水分補給をしながら、法子に笑いかける。その隣で、幸多は法子の指圧を始めた。法子は、さすがに汗をかいていて、疲労もしているようだった。
一試合六十分、魔法を使いながら駆け抜け続けたのだ。これで消耗しない人間のほうが、どうかしている。
(つまりぼくがそうなんだけど)
幸多は、内心苦笑するほかなかった。
幸多にはほとんど疲れがなかった。六十分、休むことなく動き続けたのは幸多も同じだ。運動量としては、幸多はむしろ多い方だろう。魔法を使えない分、跳んだり跳ねたり走ったり、と、大忙しだった。
しかし、幸多は、汗をかきこそすれ、疲労感はほとんどなかった。
全身全霊の力を発揮するまでもないからだし、そんなことをすれば、相手に大怪我を負わせるかもしれないという感覚があるからだ。
ここは現実世界。幻想空間ではない。いくら魔法で治療できるからといって、なにをしてもいいわけではないのだ。
だから、幸多には無意識のうちに身体能力の制限がかかっていて、それが疲労の少なさに繋がっているようだった。
幸多は、法子の背中に親指を押し当てながら、自身の疲労の少なさに感謝してもいた。これならば、次の試合も十二分に戦える。
「それも面白い。毎試合更新すれば、誰もがわたしを崇め称えるようになるだろうな」
「そうねえ、それは面白そう」
「だろう」
そういって、法子は満足げに笑う。それが幸多の指圧に対するものだということも、彼にはわかっていた。彼女の体は特段凝っているというわけではないが、幸多の指圧は、筋肉の緊張を解きほぐし、血液の循環を促進させるというものでもあるため、まったくの無意味ではない。
「先輩、冗談ですよね?」
「もちろんだ」
「良かった……」
心底安堵したように、圭悟はいった、
それはそうだ。
法子がそんなことに本気で取り組めば、圭悟の戦略、作戦が崩壊してしまうだろう。
圭悟の作戦上、無駄な消耗は避けるに越したことはなかったし、記録狙いの大暴走など、考えられない話だった。
「そろそろ始まるよ」
蘭にいわれて幻板に目を向ける。
幻板には、第二試合の準備が終わろうとしている様子が映し出されていた。
天燎高校と御影高校の試合によって、戦場は大きく傷ついていた。魔法を用いる閃球の試合は、破壊力が大きい。地面に大穴が開いたり、星門が傷つくなど当たり前のことだった。
とはいえ、そうした損傷箇所の復旧は、あっという間に終わった。全て魔具で構成された戦場である。復旧作業もお手の物だった。
第二試合は、星桜高校対叢雲高校である。
星桜高校といえば、常勝校であり、央都最大の強豪校といわれている。今年の予選大会でも最高の結果で決勝進出を果たしており、蘭も警戒する必要があるといっていた。
そして、叢雲高校。蘭がもっとも注目し、もっとも注意するべき高校として名指しした高校である。草薙真、実兄弟を擁し、予選大会では順当に勝ち上がったといわれている。結果だけを見れば、確かに順当としかいいようのないものであり、警戒が必要な部分は見えない。
しかし、情報通の蘭がいうのだから、警戒しておいて損はないのだろう
幸多たちは、控え室の幻板に大写しにされた閃球の戦場に釘付けになっていた。
星桜高校と叢雲高校の出場選手が入場し、会場は割れんばかりの拍手と歓声に満ちていく。
万年最下位の呼び声が高かった天燎高校の予期せぬ活躍、想像すら出来なかった大勝は、観客の熱をこの上なく高め、燃え上がらせているようだった。
そうした反応は、ネットテレビ局の実況中継からも伝わってきている。実況席と観客席が程近く、完全防音でもない以上、外の音が入ってくるからだ。
物凄い声援が両校、とくに星桜高校に対して飛んでいた。
『閃球第二試合は、星桜高校と叢雲高校の対決となります! 聞こえますでしょうか、この割れんばかりの拍手、大歓声を!』
『放送をご覧の方も御存知かと思われますが、星桜高校は過去七度の対抗戦優勝を誇る常勝校で、今年も優勝候補の筆頭にあげられています。一方、対する叢雲高校も前評判が高く、優勝の可能性は極めて高いと界隈では囁かれていました』
『なるほど、これはつまり、事実上の決勝戦である、と、いうことですね!』
『はは、閃球は総当たり戦ですし、まだ第二回戦ですから、断言は致しませんが、強豪校同士の素晴らしい戦いが見られることは保証しましょう』
「界隈ってどこだよ」
「対抗戦情報界隈じゃない? ぼくだってそこから色々情報入手してたし」
「そんなのあるのかよ……」
「あるんだよねえ、これが。対抗戦は、今じゃ央都市民にとってとても大きな娯楽だし、一服の清涼剤っていうか、心置きなく応援できるものっていうか、そういうのらしくてさ。対抗戦に関して膨大な情報を集めて、交換したり、話し合ったりしてる人達がいるんだよ」
「へえ」
圭悟の相槌は、まったくもって興味なさそうなものだったが、幸多も同じだった。そして、控室にいる蘭以外のだれもがその界隈とやらに興味を持っていなさそうだった。
皆、次の試合に向けて休憩しつつ、準備しつつも、星桜高校と叢雲高校が布陣する様子を見つめている。
星桜高校は、東側の陣地にあり、前衛二人、後衛三人という天燎高校と同じ防御型陣形を採用していた。大盾陣だ。前衛左翼に菖蒲坂隆司、右翼に梅園陽和、後衛中軸は菊田省吾、左翼は茜部光、右翼に苺谷信二、そして守将は牡丹寺皓太である。
対する叢雲高校は、西側の陣地に前衛一人、後衛四人という超守備型陣形でもって布陣していた。結界陣という。これは、御影高校が前半戦に用いた陣形とは、完全に真逆の布陣といっていい。
前衛は、草薙真ただ一人で、後衛には、左から順番に布津珠子、虎徹勇美、三日月小夜、村雨遼遠が並び、守将として正宗次郎が星門の前に立っている。
「叢雲は思い切った布陣だな」
「防御は鉄壁だけど、攻撃役が一人じゃ厳しくないかしら」
「それだけがあるんでしょうか?」
「どうなんだ、蘭」
「わからないな、これは」
「はあ? 情報通のおまえがそれでどうするよ。おまえのいいところが全部なくなったぞ、いまのでよ」
「予選とはまったく違う陣形なんだよ、叢雲高校がさ。予選だと、星桜と同じ陣形だったのに」
「つまり、予選は本気じゃなかったってことか」
「そうかも」
圭悟たちが話している間に、絶対境界線の中心円に星球が降ってきて、試合開始の合図が鳴った。
両者、同時に動く。
草薙真が素早く足で星球に触れれば、菖蒲坂隆司の右手から伸びた魔法の腕が星球を掴み取る。一瞬の攻防。打ち勝ったのは、菖蒲坂隆司である。彼は星球を奪い取ると、前方に放り投げた。火の玉となって放物線を描く星球の向かう先には、梅園陽和が待ち構えている。仲間を信頼し、敵陣へと突入していたのだ。そしてそれを見過ごす菖蒲坂隆司ではなかった。
星球を胸で受けた梅園陽和は、軽く浮かせた星球を両腕で殴りつけるようにした。すると、星球は爆音とともに撃ち出されて地面に激突、一斉に集まってきていた叢雲高校闘手たちの予期せぬ方向へ跳ね返り、さらに複雑な軌道を描いて星門へと突き刺さった。
叢雲の守将は、呆然と、光を放つ星門を見ていた。
『決まったああ! 梅園陽和闘手の得意技、星屑乱撃です!』
ネットテレビの実況員が、興奮気味に叫んだ。
 




