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第四百五十六話 海辺の幸多(六)

 戦団始まって以来の大失態だいしったいによって総長執務室への侵入を果たしたサキュバスは、しかし、神木神威こうぎかむいと対峙するも、なぜか逃走を試み、導士どうしたちによる総攻撃によって死亡した。

 そのとき、総長執務室でなにが起きたのかについては、幸多はよく知らない。

 ただ、サキュバスのユーラが個性を獲得した上位妖級幻魔という、例外中の例外だったということも、その奇妙な行動の理由でもあるのかもしれないが

 そんなことを頭の片隅に置いて、幸多は、いまは圭悟けいごたちとの会話を楽しむこととした。

 昨日のことだけでなく、機械事変から今日までのことを様々に言い合いながら、海水浴に興じた。

 時間はわずかばかり。

 そのわずかばかりの時間は、しかし、短時間とは思えないほどの濃密なものとなって幸多の心に刻まれていく。

 圭悟、らん真弥まや紗江子さえこ

 たまたま、教室が一緒だった四人。

 幸多が天燎てんりょう高校に目を付けなければ、決して出逢であうこともなければ、こうして水飛沫みずしぶきを飛ばし合うような間柄になどなるはずのなかった人々。彼らは魔法士で、天燎財団系の企業に就職することが決まっているような、選ばれた人たちなのだ。

 幸多が戦団への参加を目指して別の道を模索していたとすれば、絶対に知り合うことはなかった。

 それだけは、確信としてある。

 だから、というわけではないが、幸多は、この四人がこの上なく大切に想っていたし、爆破事件に巻き込まれることがなくて良かったと心底想うのだ。

 もし、爆弾の威力が戦団の想定を遥かに上回るものであれば、最初の事件現場付近にいた四人が巻き込まれていた可能性だって、あるのではないか。

「やりやがったな、てめえ!」

「最初にやってきたのはそっちだよ!」

「ということで、つぎにやるのはわたしなのでした!」

「では、わたくしも」

「ぼくがいるのもお忘れなく!」

 五人が海水を浴びせ合いながら笑い声を上げる様は、仲睦まじく、微笑ましいものだった。

「仲良きことは美しきかな」

 獅子王万里彩ししおうまりあは、高所に浮かび、海辺ではしゃぐ導士全員を見守っていた。

 金田かねだ姉妹に追いかけられて逃げ回る義一ぎいちの姿も、黒乃くろのの体の上に砂の山を作っている真白ましろの姿も、隆司が一般市民の女性客に熱い目線を送っている様も、しっかりと認識している。

 もっとも、それで彼らの評価が変わるというわけではない。

 ただ、彼らの指導教官として見守っているだけのことだ。

 彼らが休憩時間をどのように使おうと関係がない。

 その結果、休憩後の訓練にどのような悪影響を及ぼそうとも、彼らの責任なのだ。

 だからこそ、見守っているというべきかもしれないが。

 万里彩は、自分が新人導士だった時代にわずかに想いを馳せたが、すぐにかぶりを振った。

 遠い昔というほどのことではないのだ。想い出に浸るほどのものではない。

 

「みんな、はしゃぎすぎじゃない?」

 幸多は、全周囲から海水を浴びせられ続けた末に空中高く打ち上げられたものだから、頓狂とんきょうにもそんな声を上げるほかなかった。

 明らかな魔法だったが、遊びの範疇での魔法ならば問題にはならない。

 一般的に、魔法の使用に関しては様々な制限がある。

 たとえば、他者に危害を加えるような魔法の行使は、自身に危害が加えられる可能性がある場合を除いて禁止されていた。つまり、魔法による正当防衛は認められるということだが、魔法の加減によって、過剰防衛にもなり得るため、扱いが難しいのは間違いない。

 一般魔法士の魔法技量ならば、なおさらだ。

 鍛え抜かれた戦団の導士が過剰防衛になることなど、万にひとつもないのだが。

 だからこそ、市民も徹底して魔法技量を鍛え上げるべきである、という意見を持っているのが央都魔法士連盟――通称、央魔連なのだが、あまり支持されてはいない。

 今回、幸多を打ち上げたのは誰の魔法だったのかはわからないが、十メートル近い高さまで打ち上げられたと考えれば、十分に攻撃性を感じ取ることも不可能ではない。 

 しかし、幸多は、この程度の魔法は遊びの範疇だと想っていた。

 子供のころから、そうだった。

 統魔とうまが家族の一員に加わり、打ち解けてからというもの、彼が幸多に魔法を使わない日はなかったからだ。

 幸多の両親は、魔法不能者として生まれた幸多に魔法を使わずとも生きていけることを証明するため、幸多の前では一切魔法を使わなかった。幸多が知る限りでは、幸多のいないところでも使っていなかったようだ。それくらい、魔法の使用に関しては、慎重だったのが両親なのだ。

 そんな両親の愛情を受けて育ったからこそ、自分が魔法不能者であるという事実を真正面から受け入れられたのだと幸多は確信している。

 しかし、だ。

 外からきた新たな家族であった統魔には、皆代家の常識は通用しなかった。

 統魔は、神童しんどうである。

 稀有けうな魔法の才能と素養そようを生まれ持ち、圧倒的な魔素総量まそそうりょうを内包していた彼は、呼吸をするように魔法を使った。父も母も、生粋の魔法士である統魔に魔法を使わないように強いることはできなかった。

 生まれながらの魔法士に魔法を使わないことを強いるということは、手足を使わずに生きろというのと同じだ。

 もっとも、魔法は、技術である。誰かから学ばなければ使うことなどできるわけがなかったし、どれだけ素晴らしい魔法士としての才能を持っていても、教育次第では、その能力が開花しないことだって十二分にありえることだった。

 統魔が子供の頃から魔法を使いたい放題に使っていたのは、そうすることによって彼の才能を伸ばそうという彼の実の両親の教育方針によるものだったに違いない。

 だから、幸多と統魔の遊びとなれば、統魔が魔法を使うことに躊躇ためらいがなかったし、そんな統魔に食い下がるのが幸多だったのだ。

 央都政庁が定めた魔法の使用制限だが、極めて厳密なものではなかったし、ある程度、市民の良識に任されているところがあるのだ。

 無論、他者を激しく傷つけるような魔法を使えば、即刻、厳罰に処されるし、それは子供であっても代わりはない。

 魔法は、子供であっても殺人者になりうる技能である。

 故にこそ、教育は徹底しなければならないし、他人に使っていい魔法の加減も覚えなければならないのだ。

 その点、魔法士ならざる幸多には、全く関係がない。魔法の技量、練度を高めるための訓練を必要としないのだ。

 しかも、子供のころから統魔の魔法攻撃に何度となくさらされてきたことによって、体感として、相手の魔法の練度、技量がある程度わかるようになっていた。

 統魔の暴君めいた魔法攻撃様々、というのも、なんだか奇妙なものだが。

 幸多が、空中から水面に叩きつけられると、水柱が立ち上がり、膨大な水量が圭悟たちに豪雨の如く降りかかった。

「うおっ、やりすぎた!」

「圭悟ー!」

米田よねだくん!」

「まったく、なにやってんの」

「ぼくじゃなかったら大怪我してそうなんだけど!?」

 幸多は、海面から顔を出すなり、圭悟を非難した。

「わりいわりい、ついつい調子に乗っちまった」

「悪いで済んだら警察部も戦団もいらないんだけど?」

「そういうなよ、幸多も怪我してねえんだし」

「それは皆代くんが頑丈なだけでは?」

「そうだけどよお、なあ、幸多?」

「え?」

 幸多が想わず生返事を浮かべてしまったのは、圭悟の口から自分の名前が飛び出してきたからだ。頭の中が一瞬、真っ白になった。

 そんな幸多の反応に、圭悟は、びしょ濡れになった髪を撫でつけるようにしながら、びくりとした。

「なんだよ?」

「どうしたの? 皆代くん」

「どうしました?」

「どったの?」

 幸多の反応に戸惑ったのは、圭悟だけではない。友人たちは、幸多が今まで見せたことのないような不思議そうな表情で圭悟を見ているのが、気になったのだ。幸多が、聞き返す。

「いま、なんて?」

「……幸多って、呼んだんだが」

 圭悟が言いにくそうな顔で告げると、幸多は、なんともいえないような感情が沸き上がってくるのを感じた。

「初めて呼ばれた……」

「やっぱり、まだ早かったか……」

「ううん、そんなことない、そんなことないよ!」

 幸多は、肩を落とす圭悟を見て、慌てた。そんなつもりでいったわけではないからだ。

「ぼくだって、圭悟くんって呼んでるし!」

 幸多は、嬉しさの余り想わず圭悟に飛びついてしまったのだが、圭悟に軽く投げ飛ばされてしまった。対抗戦の選手だけあって、それなりに鍛え上げられた肉体は、体術も収めている。しかし、幸多は、笑みを崩さないまま空中で翻って海中に突っ込んでいく。

「圭悟、それは酷くない?」

「あ、いや、つい」

「さっきからそればっかりだね」

「照れ屋さんなんですから」

「う、うっせー」

 圭悟は、水中から飛び上がってきた幸多を躱しながら、はにかみ、笑った。

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