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第四百五十三話 昔語り(三)

「機構側としては、当然、受け入れられる話ではなかっただろう。地上奪還作戦は、機構肝いりの作戦であり、機構が地上の覇権を握るためにはその成功が必要不可欠だったからだ」

「地上の覇権……ですか」

「そうだ。彼らは、地上にネノクニを――機構が支配する王国を作るつもりだったんだよ」

 神威かむいが苦渋に満ちた表情で告げてきた言葉に、幸多は、ただ絶句するほかなかった。聞いたこともない話だったし、統治機構がそこまで野心的だったという事実には、衝撃を受けるしかない。

 地上奪還作戦は、人類復興を目的とするものだとばかり想っていたし、そのように公表されてもいた。統治機構自体、地上奪還作戦の延長上に人類復興計画があるのだと発表していたのだ。

 だが、神威の発言は、統治機構の発表を覆すものだった。

 そういえば、と、幸多は思い出す。戦団は、統治機構の過去のそうした発言や証言を肯定したことは一度だってなかったのではないか、と。正確なことは覚えていないが、おおよそ、そのような態度だったと幸多は記憶している。

「二度に渡る調査によって、地上は、幻魔の楽園に変わり果てていることがわかっていた。だからこその地上奪還作戦だが、その先にあるのは、地上を機構のものとするための遠大極まりない計画だった。人間の欲望とは底知れないものだ。ネノクニの支配者として君臨しているだけでは飽き足らず、地上の、地球全土の支配者になることを夢に見てしまった」

「大それたことを」

「全くだ。地上がどの程度幻魔に支配されているのか想像しようもなかったというのもあるのだろうが、それにしたって欲張りすぎだ。そうだな。せめて、現在の央都おうとの範囲くらいを機構の王国にするというのであれば、まだしも可愛げもあろうというものだが」

 神威が、苦笑する。

「実際、当初は、機構も央都の主権を引き渡すようにと要求してくるくらいだったよ。地上奪還作戦は成功し、リリスの〈クリファ〉バビロンの制圧はなった。後のことは、統治機構に任せ、きみたちはネノクニに戻って休みなさい、とね」

閣下かっかは、それを拒絶したんですね」

「当たり前だろう。彼らはおれたちを見離し、見限り、見捨てた。彼らの言葉に誠実さの欠片もなければ、信用のしようもなかった。確かにおれたちは戦いの連続で疲れ切っていたし、央都の開発も難航していた。圧倒的な人手不足には、為す術もなかった」

 神威の語る言葉は、歴史そのものだ。彼は歴史の生き証人であり、歴史の体現者なのだ。そこに神威の主観が混じっていないなどとは、幸多ですら思わないが、しかし、幸多は、神威にこそ同情したくなるのは、央都市民として、戦団導士として当然なのかもしれない。

 ネノクニ市民ならば、統治機構にこそ同情するのだろうし、戦団を敵視することだってありうるのだろうが。

 あの組織のように。

(人手不足……か)

 だから、人類復興隊と名乗っていた当時の戦団が統治機構との交渉に応じることになったのだ、と、幸多は学んでいる。

 戦団は、地上奪還作戦の成功直後から央都開発に至るまで、ネノクニ側と交渉を持たなかった。元よりネノクニ側から拒絶されていたのだから当然なのだろうが、バビロンを制圧してもなお連絡を取ろうともしなかったのは、意趣返しであり、怒りの発露であろう。

 だが、央都の開発を始めると、神威のいうように人手不足に直面した。

 地上奪還作戦を生き延びた数百人余りでは、人類復興のための最重要拠点たる央都を開発するには、あまりにも力が足りなかったのだ。

 故に、統治機構と交渉することにした。

 つまり、地下から人手を送ってもらうための交渉である。

「そして、おれたちは機構と交渉の席についたのだが、そのとき、機構側の代表として地上に姿を見せたのが伊佐那いざなミカミだ。彼女は、どういうわけか副総長殿にとても同情的でね、常におれたちの側に立ってくれていた。交渉が上手くいったのは、彼女のおかげだ。地上優位の交渉結果は、当時、機構内部で大騒動に発展しかけたそうだが、結局、その案で纏まり、央都移住計画が動き出したわけだ。ここらへんは、歴史や社会の授業で学んだかな?」

「は、はい。おおよそ、そのとおりに」

 幸多は、神威に問われて、緊張とともに頷いた。

 幻板げんばんに表示されている写真や映像にも見覚えがある。人類復興隊と統治機構の代表団による第一回交渉の写真には、若い頃の神威や麒麟きりんの姿があり、伊佐那ミカミの姿も当然映っている。皆、当然のように今よりもずっと若々しいのだが、しかし、神威の表情は今よりもずっと険しく、厳しく見えた。

 それだけ、ネノクニとの交渉には気を使わなければならなかったということだろうが。

「とにかく、おれたちは、地上側が優位に立てるように尽力した。そうしなければ、いつ機構に食い物にされるのかわかったものではなかったし、機構に利用されるだけ利用されて捨てられるのは、もう懲り懲りだったからな」

 神威は、言外に地上奪還作戦時の機構の対応への怒りをにじませていた。地上奪還作戦の顛末てんまつを知れば、彼が機構に怒り狂うのも無理のない話だったし、それはおそらく戦団創設時の人員の誰もが想うことに違いなかった。

 そして、現在、戦団と機構の間には圧倒的な戦力差があり、その気になればネノクニを制圧することも容易いという事実もある。

 神威たち戦団創設者が極めて理性的に対処しているからこそ、統治機構が存続しているのではないか、と、想えるほどだった。

 それくらい、彼らの怒りは強く、根深い。

「かくして、徹底的に央都上位、戦団優位の交渉が締結した。央都は、未だ開発途上、発展途上の、都市の形すら成していない状態だったが、それでも、央都移住計画が発表されると、地上への移住に関心を持つネノクニ市民が後を立たなかった。もっとも、処置を受けた市民にしか発表されなかったがね」

 央都移住計画。

 偽りの空と虚像きょぞうの太陽が照らすネノクニという閉塞へいそくした世界から、本物の空と実像を持つ太陽の輝きが待つ解放された世界へ。

 そのような希望に満ちた表現が、央都移住計画参加者の間に流行ったという。

 確かにネノクニには閉塞感があった。

 百年以上もの長きに渡り、ネノクニは、地の底に在り続けた。地上との連絡が絶たれ、地上がどのような状況なのかもわからないまま、統治機構の絶対的な支配によって運営され続けていくことに不満や不安を感じない市民ばかりではなかったのだ。むしろ、大半の市民がそうした現状に不満を抱いていた。

 だから、央都移住計画が輝いて見えた、という側面は確かにあったのだろう。そして、参加条件を満たした人々は、我先にと応募したに違いない。

「央都移住計画によって地上に移住してきた人々は、戦団に入るか、入らなくとも、央都開発のための労働力となった。央都が葦原あしはら市と名前を変える前のことだ。央都の開発には多大な労力が必要だったし、そのための人手がネノクニから掻き集められたというわけだ。それを気に食わないというネノクニ市民がいたとしても、なんら不思議ではないだろう?」

「それが〈スコル〉……」

「その前身たる〈フェンリル〉だよ。〈フェンリル〉は、戦団に弱腰な態度を貫き通す統治機構を批判し、ついにはその矛先を戦団に向けた。戦団を排除し、太陽をネノクニの人々の手に取り戻す――〈フェンリル〉総帥・河西健吾かわにしけんごが掲げた太陽奪還計画の概要がそれだ。もっとも、河西健吾自身は、太陽奪還計画が一朝一夕いっちょういっせきに出来るなどとは考えてもいなかったようだが」

「彼に魅せられた連中は、そうではなかった、と」

「そういうことだ。サイバ事件を引き起こした井之口英二いのくちえいじも、〈スコル〉の長谷川天璃はせがわてんりも、結局は、河西健吾の壮大な構想の一端に触れただけでその気になってしまった。河西健吾は、数百年規模の計画を練っていたというのに、だ」

「数百年……」

画餅がべいだよ」

 神威が、幸多が呆然ぼうぜんとした声を上げるのを見て、冷ややかに断言した。

「数百年後の戦団の状況など、おれたちにだってわからない。少なくともいまよりもずっと強力な組織になっていることは間違いないが、万が一にも弱体化している可能性もないわけではない。河西健吾は、その可能性に賭けて、数百年規模の計画を立てていたのだとしたら、現実を知らない夢想家に過ぎない」

「そしてそんな夢想家の妄執もうしゅうに付き合わされたのが〈スコル〉の連中、ということですか」

「そうだ。だが、今回は、それだけではなかった」

「はい」

「きみに対し、ユーラと名乗ったサキュバスは、明らかに個性を持っていた。幻魔の大半は個性を持たない。鬼級幻魔ほどの力を得て、ようやく、自我を獲得し、個性を発揮するようになる。まあ、例外もないではないし、今回も例外というべきなのだろうが」

 神威が端末を操作し、幻板に表示されている映像を次々と変えていく。過去の歴史に纏わるものから、今回の事件に関連するものへ。

「〈スコル〉は、ユーラによって操られていた。ユーラは、〈スコル〉の幹部だった松下ユラに擬態ぎたいし、長谷川天璃、近藤悠生こんどうゆうせいを支配し、操っていた」

 もっとも、と、神威はいった。

「長谷川天璃も、近藤悠生も、ユーラに操られているという認識はなかったようだがね」

 もし、彼らがユラの正体を認識していたのであれば、幸多が突入したあとももっとずっと余裕を持って対応できていたはずだろうし、サキュバスの強大な力をこそ頼ったはずだ。だが、そうではなかった。長谷川天璃は、最後までユラに頼ろうとさえしていなかったのだ。

 結局、長谷川天璃も近藤悠生も、サキュバスのユーラに操られていた被害者に過ぎなかったのか、どうか。

 幸多は、そのことを考えてしまう。


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