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第四百五十一話 昔語り(一)

 幸多こうたが、一連の事件の終わりを知ったのは、〈スコル〉本拠地でのことだ。

 想定外のことが立て続けに起きた事件だったが、振り返ってみれば、全て、戦団側の掌中しょうちゅうで起きていた出来事といっても過言ではないようだ。

 少なくとも、戦団は、〈スコル〉の悪事の大半を承知しており、午前から午後に駆けての連続爆破事件は、わざと起こさせている。

 未然に防ぐことはできなかったのか、と、幸多は考えるのだが、どうやらそれは間違いであるらしい。全ての爆発を未然に防ぐことは出来たが、その場合、〈スコル〉は再び地下に潜る可能性があり、今度はより巧妙かつ大規模な方法で、央都おうとの秩序を脅かしてくるかもしれないからだ。

 戦団は、〈スコル〉を思惑通りに活動させ、調子に乗らせたのだ。それによって本来の目的である戦団への挑発行為をも起こさせた、らしい。

「不満かね」

「はい?」

「きみの顔に書いてある。戦団のやり方は間違っていた、と」

「そ、そんなことは……」

 ない、と、断言することも出来ず、幸多は、口籠くちごもった。

 幸多は、長谷川天璃はせがわてんりらを戦団本部に連行し、情報局に引き渡すと、伊佐那美由理いざなみゆりともども総長執務室に向かうようにと言い渡された。

 そして、総長執務室に向かったのだが、道中、復旧作業中の導士の姿が散見された。

 升田春雪ますだはるゆきの妻・麻里安まりあ擬態ぎたいしたサキュバス・ユーラは、総長執務室に辿り着き、そこで神威かむいと対峙したらしい。しかし、なぜかユーラは神威の前から逃亡を図り、他方面から集合していた導士たちの集中砲火を受け、絶命したのだとという。

 サキュバスは、上位妖級幻魔じょういようきゅうげんまである。

 幻魔は、通常、人間を目の当たりにして逃亡を試みるということがない。人間を餌としか見ていないからであり、人間に負ける可能性をわずかにも抱かないからだ。幻魔は自らを万物ばんぶつ霊長れいちょういたい、人類を徹頭徹尾てっとうてつび見下しているからだといわれている。

 それが幻魔の本能でもあるのだろう。

 しかし、例外もあった。

 幸多たちの前に現れたバアルがそうであるように、鬼級おにきゅう幻魔の中には、なにかしらの考えに従い、人間の前であっても姿を消す例が何度も確認されている。

 だが、妖級以下の幻魔にそうした前例はなかった。

 いつだって全力で戦い、勝利するか、敗北し、滅び去るものである。

 ユーラという個体名を持つサキュバスがなぜ、突如として逃走を図り、挙げ句、戦団有数の導士たちに殲滅せんめつされたのかは、幸多には想像もつかなかった。

 ただ、神威が無事だったことには、安堵あんどするほかない。

 背後の壁に巨大な戦団の紋章を掲げ、執務机に腰掛ける神威の姿は、いつも以上に威厳に満ちている。隻眼せきげんの厳めしい顔立ちも、つい先程まで妖級幻魔と対峙していたからなのか、より険しく感じられた。

 戦いのにおいが残っている、とでもいえばいいのだろうか。

 幸多は、どう反応するべきか、迷った。

 確かに、不満はある。

 神威の説明に寄れば、戦団は〈スコル〉をあぶり出そうとした。〈スコル〉という組織の全容が不明であり、まだその名も〈おおかみのこども〉という仮称でしかなかったこともあり、どういう動きを取るのが正解なのか、戦団自体が考えあぐねていたのだという。

 ただわかっていたのは、市内の複数の建物が〈スコル〉によって注目されていたということだ。だから、戦団は、その建物近辺への立ち入りを禁止し、周辺市民に避難するよう命令していた。

 その結果が、十二件もの連続爆破事件だった。

 戦団の判断は、決して間違いではなかった。

 もし、戦団がそれら建物への調査なり捜索なりを強行していれば、調査員もろともに周囲一帯が爆散し、多大な被害が出ていたことだろう。それこそ、近隣の市民から死傷者が出ていてもおかしくはなかった。

 そういう点では、正しい判断としか言い様がない。

 幸多に不満があるとすれば、危うく友人たちが巻き込まれたかもしれないという一点だけだ。

 それ以外には、なんの不満も文句もない。

 だから、なにもいえないのだ。

「きみは、〈スコル〉をどう見た?」

「……執念を感じました」

 幸多の脳裏のうりに、長谷川天璃の眼差しが過った。真っ直ぐに幸多を見据みすえる、射貫いぬくような視線。熱意と狂気、そして執念が、彼の全てを突き動かしている、そんな感じがあった。

 だから、幸多に殴りつけられても、瞬時に立ち上がり、食い下がったのだ。

 普通ならば意識が吹き飛ぶほどの一撃を叩き込んだはずだったのだが、それがも、天璃は、彼は、幸多に立ち向かってきた。

 それだけは、紛れもない事実だ。

「そうか。執念。確かに、彼らには執念があったのだろうな」

 神威は、小さく息を吐いた。

「だが、そんなものは、この央都の、人類生存圏の秩序の維持に比べれば、ちりみたいなものだ。彼らの執念が成就したとして、なにが起こったと思う。彼らが悲願として掲げていた太陽奪還計画とは、央都の転覆てんぷくだ。この央都の秩序そのものを破壊し尽くして、自分たちにとって都合のいい社会を作ることこそ、〈スコル〉の親、〈フェンリル〉が考えていたことなのだからな」

「そんなことはさせるわけにはいかないことくらい、きみもわかっているだろう」

「もちろんです」

 神威と美由理の二人に詰められれば、幸多は、頷くしかない。異論も反論もない。実際、それこそが戦団の正義であり、大義だ。

 央都の秩序、人類生存圏の安寧あんねいを維持することにこそ、全力を上げるのが戦団であり、その障害しょうがいとなる全てを排除することこそ、導士の務めだ。

 導士とは、導くものである。

 央都を、人類生存圏を、より良い未来へと導くもの。

 それが、導士なのだ。

「〈フェンリル〉総帥・河西健吾かわにしけんごは、統治機構が戦団の言いなりになっていることが気に入らなかった。戦団は、元はといえば統治機構の一部であり、戦団の成果は統治機構の成果である、と考えるものが少なからずネノクニにはいる。それもわからなくはないがな」

 まったく理解できないとでもいうような口調で、神威は、いった。神威にとっては、そういう考えをするネノクニ人とは決して相容れないとでもいいたいのかもしれない。

 幸多は、思わずつぶやいた。

「地上奪還作戦……」

「そうだ。地上奪還作戦だよ」

 神威は、手元の端末を操作して、幻板げんばんを出力した。幸多たちにもはっきりと見えるように出現した複数の幻板が、央都の歴史を映しだしていく。

「地上奪還作戦を立案したのは、統治機構だ。統治機構は、第一次地上奪還作戦と銘打った大作戦を大々的に発表する以前、二度に及ぶ地上の調査を行い、それによって地上の現状を知った。無論、魔天創世まてんそうせいなどという地球環境の改造が行われていたことまでは突き止められなかったが、なにかしら手を打たなければ、地上に進出することは不可能だということも、地上が幻魔の楽園と成り果てていることは理解したのだ」

 神威がいった第一次地上奪還作戦が、央都市民のよく知る地上奪還作戦のことだということは、幸多が考えるまでもなく理解できた。

「統治機構が地上の調査を行うことにしたのは、長らく地上との音信が不通だったからだが、それまでに多大な時間を要したのは、魔天創世の影響だよ」

「ユグドラシル・システムですね」

 とは、美由理。

「そうだ。ネノクニを管理していたユグドラシル・システムが機能不全に陥り、利用できなくなると、ネノクニ全土が大混乱に陥った。ネノクニは、ユグドラシル・システムによって成り立っていたといっても過言ではないからだ。システムがネノクニを完璧に管理し、運営していた。だが、魔天創世によって利用できなくなれば、ネノクニの管理体制そのものを作り替えなければならない。もはや神の如きユグドラシル・システムの手助けは借りられないのだからな」

「それで、統治機構は、その支配権を強めた、と」

「そういうことだ。市民を支配階級と被支配階級に振り分け、統治機構を絶対的な権力者とした。そうすることでしか、システムの不備を補えなかったのだろう。子供じみているが、致し方がなかったともいえる。システムに頼りすぎた弊害へいがいだな」

「戦団は、大丈夫なんですよね?」

 ふと、幸多の脳裏を過ったのは、戦団が根幹としている機構のことだ。ノルン・システム。運命の三女神を名乗る人工知能たちは、この戦団という組織における心臓であり、頭脳だ。もし、万が一にもノルン・システムが機能不全に陥れば、かつての統治機構のような大混乱に陥るのではないか。

「もちろんだとも。ネノクニと同じ轍は踏まないように全力を尽くしているよ。仮にノルン・システムが機能不全に陥ったとしても、央都がネノクニのような大混乱に見舞われることはないはずだ」

 神威は、自信を以て、告げた。

 ネノクニの失敗を教訓にしているからこそ、央都は、今の今まで上手くいっていると言っても過言ではないのだ。


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