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第四百四十七話 海辺の幸多(一)

 なぜ幸多こうた茜浜あかねはまにいるのか。

 圭悟けいごたちの疑問は、つぎの瞬間には吹き飛んでいた。

 茜浜の白砂が舞い上がり、渦を描いて青空を覆わんばかりに広がったのを見れば、彼がなにをしているのか理解できようものだろう。

 訓練だ。それ以外に考えられない。

 よく見れば、幸多以外にも導士の姿があり、全員が戦団印の運動服で浜辺を駆け回っている様が見受けられた。

 いわゆる夏合宿とも呼ばれる、導士育成企画に招集された面々である。

 幸多を筆頭に、伊佐那義一いざなぎいち九十九真白つくもましろ黒乃くろの金田朝子かねだともこ友美ともみ菖蒲坂隆司あやめざかりゅうじの七名だ。

 導士七人を相手にしているのは、第十一軍団長・獅子王万里彩ししおうまりあであり、その流麗りゅうれいとしか言いようのない立ち居振る舞いには、感嘆かんたんの声を漏らす観衆も少なくなかった。

 夏合宿の面々は、茜浜の一角を貸し切る形で訓練を行っているようであり、訓練を行っている場所への立ち入りを禁止するように立て札や看板が立体映像や幻板として出力されていた。

 それはさながら幾重にも構築された結界のようだったし、実際、導士たちによって防型魔法も駆使されているようだ。

 万が一にも、この訓練の模様を見学している観衆に魔法が当たることがないように配慮されている。ということだ

 だとしても、圭悟には、不思議なことがあるものだ、としか思えなかったし、小首を捻るのだ。

「なんでまた、こんなところで訓練なんてしてんだ?」

「なにか意味があるのかしらね?」

「確かに」

「不思議ですわね」

 こんな場所での訓練を目の当たりにすることなど、なかなかあることではなかった。

 魔法を用いた訓練といえば、幻創機げんそうきが創造する幻想空間で行うのが常だ。

 幻想空間ならばどのような設定だって可能だったし、どんな戦い方だってできるからだ。どれだけ無茶をしたって構わなかったし、死ぬほどの怪我を負ってもなんの問題もない。

 幻想空間ならば、どれほど大規模な魔法を使っても、どれほど高威力の魔法を使っても、現実にはなんの影響もない。

 だからこそ、幻想空間での訓練、いわゆる幻想訓練こそが魔法士の訓練の主流となったのだし、現実世界での攻撃魔法を使った訓練は禁じられていた。

 一般的には、だ。

 戦団の導士ならば、現実世界での魔法を使った訓練も不可能ではない。

 圭悟たちは、茜浜へと至る傾斜を降りながら、昨日以上の人集りが海水浴客だけのものではないという事実に多少うんざりとしながらも、自分たちも結局はそちらへと引き寄せられざるを得ないのだと理解していた。

 戦団の導士となった幸多の訓練だ。

 直接見れる機会など、あろうはずもない。

 だからこうして海水浴目的で茜浜を訪れた人々までもが人集りを形成し、導士たちが汗を流す光景に目を輝かせたり、動画や静止画を撮影していたりするのだろうが。

 それにしたって、人が多すぎるのではないか。

 爽やかな夏の風が吹き抜ける浜辺で、人いきれがするのではないかと思うほどの人集りが出来ているのは、異様としか言い様がないが、それほどの注目が集まるのも仕方のないことだ。

 伊佐那美由理(みゆり)主宰の夏合宿は、央都市民の間でも結構な話題性のあった。

 なにせ、星将せいしょう自らが導士を直接指導し、訓練するという話は、師弟制度以外ではあまり聞いたこともなかったし、戦団の歴史において新たな試みといって良かったからだ。

 夏合宿に選ばれた七名の導士のうち、幸多は、美由理の弟子だから当然だろうという認識があった。さらにいえば、伊佐那義一も、美由理の弟であり、伊佐那家の将来を背負う立場にあるのだから、必然的な選出である。

 九十九兄弟、金田姉妹、菖蒲坂隆司は、どうか。

 九十九兄弟は、第八軍団の問題児と噂されている導士だ。入団以来、様々な小隊を転々としているのは、それぞれの小隊で問題を起こしているからだと囁かれているのだが、本当のところはなにもわかっていない。

 そんな九十九兄弟が虚空事変において観客を守るために大活躍したことは、圭悟たちも覚えてはいるのだが。それくらいしか記憶になかった。

 金田姉妹、菖蒲坂隆司といえば、対抗戦決勝大会で優勝を競い合った相手ということもあり、多少なりとも印象に残っていた。特に金田姉妹は、常にいがみ合い、罵倒ばとうし合っていたということもある。

 そんな姉妹と菖蒲坂隆司が、この夏合宿に選出されているということは、将来を期待されている若手導士の筆頭ということになるのだろうが。

「あの金田姉妹がねえ」

「まあ、優秀選手に選ばれてたくらいだし、才能があったのは間違いないよ」

「それはそうよね。圭悟よりよっぽど魔法士としての才能があったんだわ」

「おれは、別にそんな才能なんてなくったって生きていけるっての」

「そうですね。米田よねだくんなら、余裕ですものね」

「なんだよ、皮肉か?」

「まさか」

 口元に手を当てて微笑みを浮かべてくる紗江子さえこに対し、圭悟に苦い顔をした。頭上から降り注ぐ日差しの下、彼女の麦藁帽子と白いワンピースがやけに輝いて見える。

 ワンピースといえば、真弥まやもそうだ。彼女は淡い水色のワンピースで、腰回りにリボンを巻いている。風に揺れるリボンが、彼女の可憐さを際立たせるようだが、そんな彼女に注目する人物は、この浜辺にはいなかった。

 誰もが、浜辺の一角で行われている導士たちの訓練に注目しているからだ。

 圭悟たちが茜浜を訪れたのは、昨日、爆破事件のせいで消化不良に終わってしまった海水浴を今度こそ堪能するためだった。

 茜浜そのものは、爆破事件の影響はなんらなかったのだが、現場周辺が騒然としていたこともあり、海水浴に興じる気分になれるわけもなかった。

 しかも、爆破事件が連続したこともあり、すぐさま避難所に逃れることになったのだ。さらに〈スコル〉の犯行声明があったため、避難所で一晩過ごしている。

 その気分転換もあって、再度海水浴を敢行したのだが、まさかその場所で幸多の姿を見ることになるとは、想定外も甚だしい。

 圭悟は、人混みをかき分けて最前列に行くと、幸多が戦団の紋章が入った運動服を着こなし、砂浜を蹴って勇躍ゆうやくする様を凝視した。

 幸多は、昨夜、上位妖級幻魔と死闘を演じたばかりではないのか。

 そんな心配ばかりが、圭悟の中にあった。

 

「現実と幻想では、なにかと勝手が違うでしょう。普段の訓練通りのやり方では、上手く行かないことも多々ありますわ。あって当然。現実は、幻想のようには行かないものですもの」

 獅子王万里彩は、燦々《さんさん》と輝く砂浜に倒れ伏した受講生たちを見回しながら、告げた。

 ただ一人、一向に倒れる気配がないのは、幸多だけだ。他の六人は、この二時間余りの訓練の間、砂浜の上を走り回ったり飛び回りながら、さらに魔法を多用したことによって精も根も尽き果てていた。

 しかも、ただの消耗ではない。

 現実世界だ。

 幻想空間のように好き放題に魔法を使っていいわけではなかった。

 周囲に被害が及ばないように意識を研ぎ澄まし、神経を集中させなければならない。

 幻想世界ならば、自身の魔法が発生させる被害を考える必要がない。その余波が生み出す、二次被害、三次被害を考慮することも、今現在、訓練の様子を見守っている観衆を傷つけるような可能性を想像することがない。

 だが、現実は、そうではない。

 幻想空間では起こりえないことが、現実には起こり得るのだ。

 故にこそ、万里彩は、今回の訓練を敢行かんこうした。

 その結果、誰もが想像だにしていないほどの消耗を強いることになったのだが、全て万里彩の思惑通りだった。

 幸多がただ一人、平然としていることも、だ。

 彼は、魔法を使わないのだから、魔法士たちよりも消耗する理由がない。

「皆さんもお疲れでしょうし、しばらくの間……そうですね、これから二時間の間、休憩と致しますわ」

 万里彩がそういうと、砂浜に倒れ伏していた金田姉妹が素早く起き上がり、おもむろに運動服を脱ぎ捨てた。

「夏だ!」

「海だ!」

「「海水浴だ!」」

 二人は、どうやら運動服の下に水着を着込んでいたらしく、万里彩が唖然あぜんとする中、空中高く舞い上がって海辺へと飛び込んでいった。


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