第四百四十六話 顛末
反戦団組織〈スコル〉による連続爆破事件は、〈スコル〉の幹部を含む全構成員が戦団によって拘束されたことによって、幕を閉じた。
事件の中心となった葦原市のみならず、央都四市を震撼させた大事件。
戦団の速やかな対応によってたった一日で終息したことは、市民を大いに安堵させることとなった。
真夜中から翌朝に至るまで、常にこの大事件に関連する報道がネット中を騒がせていたし、あらゆる報道機関が取り扱っていた。
それによって、事件の全容が市民にも伝わり、事件解決に活躍した導士の名も明らかになっている。
「皆代、大活躍したみたいだな」
圭悟は、多目的携帯端末を操作しながら、つぶやいた。ネット上のニュースサイトを次から次へと移動し、親友の活躍ぶりを確認していく。
様々なニュースで、今回の事件を解決に導く大きな働きを魅せた導士として、皆代幸多と伊佐那美由理の名が上がっていた。
「本当、凄いわよね、皆代くん。ここのところずっと活躍してる」
「それだけ事件が起きているということなのですが……」
「それはまあ、しょうがない部分もあるよ」
幸多の活躍を自分のことのように喜びながらも、一方で、彼のことを心配しないわけもないのが、友人たちである。
喫茶店の窓際の席に、四人はいる。真弥は紗江子の端末を覗き込み、蘭は献立表から四人分の飲食物を注文していた。
あの連続爆破事件の翌日のことだ。
四人は、連続爆破事件の始まりを告げた、最初の爆発を目撃している。ほかにも多数の目撃者がいたこともあって、目撃者として取材されることもなければ、事情聴取を受けるようなこともなかったが。
その際、四人は、奇妙な光景を目の当たりにしている。爆破現場の周囲一帯への立ち入りが禁止され、戦団の導士たちによって警備されていたのだ。
戦団は、爆破事件が起こることを知っていたのではないか。
しかも、戦団はその時点で犯人の目星をつけていたのではないか、というのが、蘭の推察である。
十二件にも及ぶ爆破事件に巻き込まれた市民が一人としていないことも、戦団が事件の全容を把握していた可能性を高めている、と、彼は考えていた。
考えすぎではないか、と、圭悟は思うのだが、情報通である蘭の推察だ。案外、良い線いっているのかもしれない、などとも思ったりもする。
事件から一夜明け、未だ、市民の話題は事件で持ちきりだ。
十二件の爆破箇所もそうだが、真夜中に行われていた〈スコル〉と戦団の暗闘ともいうべき激闘の様子も、映像としてネットの海を流れている。レイライン・ネットワークの広大な海を流れる膨大な量の情報、そこに〈スコル〉事件に纏わる様々な記録が放流されているのだ。
中でも話題に上がっているのは、夜間、突如出現した二十個もの巨大な氷塊だろう。
葦原市内の様々な場所に同時刻に出現したそれは、それぞれ、一つの建物を飲み込む氷の檻のようだった。それがなんなのか、出現当初こそ不明であり、〈スコル〉の構成員が引き起こした魔法犯罪なのではないか、とか、機械事変のような大規模幻魔災害なのではないか、などという憶測が飛び交った。
もっとも、そうした憶測は、〈スコル〉事件の終息とともに消え去った。
戦団が発表したからだ。
星将・伊佐那美由理が、〈スコル〉が仕掛けた二十個の爆発物を処理するために魔法を使ったのだ、と。
その発表を知れば、誰もが絶句するはずだし、圭悟たちも言葉を失ったものだ。
十二件の連続爆破事件を引き起こした〈スコル〉が、それだけに飽き足らずさらに二十個もの爆発物を市内各所に仕掛けていたという事実も空恐ろしいものだが、その全ての爆弾を同時に氷漬けにしたという伊佐那美由理の魔法技量にこそ、誰もが慄然とするのだ。
二十個の爆弾は、葦原市の北端から南端、西端から東端とでもいうべき位置に設置されていたものもあり、市内各所の様々な場所に隠されていた。それらを同時に氷漬けにするなど、並大抵の魔法技量では不可能だ。
いや、星将がどれほどの魔法技量を誇っていたとしても、不可能なのではないか。
葦原市の直径は約十六キロメートルといわれている。
葦原市の中心で魔法を使ったのだとしても、数キロメートルもの超長距離射程を持つというだけでなく、爆弾の設置された建物だけを狙い撃つ正確無比さも、圧倒的としかいいようのないものだった。
しかも、同時にだ。
そうしなければ、〈スコル〉によって順次爆破され、被害を撒き散らしたに違いないのだから、戦団の判断に間違いはなかっただろう。
報道も、そのようなことをいっている。
戦団は、〈スコル〉事件に対し、極めて適切な対応を行い、被害を最小限に抑えることに成功した、と、賞賛さえしていた。戦団寄りの報道機関だけでなく、あらゆる報道機関がそのような見解を述べているのだから、確かなのだろう。
実際、戦団が一連の事件の初動から〈スコル〉を手玉に取っていたことは間違いなかったし、たった一日で全てを解決に導くことが出来たのだって、戦団の判断が正しかったからだ。
その結果、彼の活躍が人々の目に止まったのは喜ぶべきなのか、どうか。
幸多のことだ。
圭悟は、幻板に映しだした幸多の横顔を見つめながら、彼がそのときなにを考えていたのか、と、考えてしまう。
幸多は、活躍した。
それも大活躍した、と、戦団に発表され、報道されている。
〈スコル〉事件において特筆するべき活躍をした導士は、二名。
一人目は無論、伊佐那美由理だ。全ての爆弾を同時に凍結させ、〈スコル〉を無力化したというのは、大活躍というほかない。
もう一人が、皆代幸多だ。
幸多は、〈スコル〉拠点に囚われていた人質を解放しただけでなく、〈スコル〉の本拠地をたった一人で制圧したのだという。
さらにその直後に現出した上位妖級幻魔サキュバスと交戦したという話であるが、サキュバスを斃したのは伊佐那美由理だという話だった。
幸多は、順調に実績を積み上げている。
それは喜ばしいことなのだが、素直に喜ぶべきかどうか迷うのが、親友たる圭悟の悩ましいところだった。幸多が活躍するのは素直に嬉しい。だが、それは同時に彼が命の危機に直面しているのと同義なのだ。
戦闘部導士の活躍とは、つまり、死との戦いだ。
幻魔という死そのものの如き怪物との戦いこそ、導士たちの使命であり、役割なのだ。
「しょうがない部分か……」
「だって、そうでしょ?」
「そりゃあ……まあ」
圭悟は、口を噤んで、蘭に反論を述べるのを止めた。こんな社会だ。事件事故災害は日常茶飯事で、そのためにこそ戦団がいて、導士たちが必要なのだ。
戦団は、導士が不要な社会を目指している、という。しかし、そんな日が来るのは、遥か未来のことなのはいうまでもない。
「なんだか暗いぞ、二人とも」
「別に暗かねえよ。ただな」
「ただ、なによ」
「いや……なんでもねえ」
「……もう」
真弥は、圭悟がまたしても黙り込んだのが気になったが、しかし、それ以上踏み込むのは止めにした。彼の心境は、想像に難くない。
幸多の活躍に関することだろう。
幸多は、圭悟にとっての数少ない親友なのだ。幼馴染みである蘭以来、初めての親友といってもいい。圭悟は、そんな親友が危険な目に遭うことを喜ぶような人間ではない。
だからといって、親友の夢を諦めさせるようなこともできるわけがなかった。
だから、圭悟は、一人苦しむのだ。
「あら、人集りですわ」
紗江子が、前方を見遣りながら、いった。
四人が歩いていたのは、南海区海辺町茜浜へと至る道程である。
昨日、爆破事件を目撃した地点だ。
道沿いに進めば爆破現場があり、現在、復旧作業中だった。
人集りは、その反対側、茜浜にこそある。
しかも、その人集りがどうやら海水浴目当ての市民だけでなく、無関係な人々も大勢いて、その中心には、紗江子たちの見知った顔があった。
幸多である。