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第四百四十話 狼狩り(七)

 ユーラによって天高く運ばれていく間、幸多こうたは、サキュバスのしなやかに見えなくもない、しかし、強靭極まりない肉体を切り刻み続けた。

 斬魔ざんまを振り回し、斬りつけ、突き刺し、断ち切る。

 斬魔は、しっかりと通用した。

 斬魔の刀身が、上位妖級幻魔じょういようきゅうげんまの強固な外殻がいかくたる魔晶体ましょうたいに触れると、超周波振動が結晶構造を崩壊させ、火花を散らせながら切れ込みを入れていく。

 容易く、とはいわない。

 ユーラの魔晶体は、獣級じゅうきゅう幻魔や下位妖級幻魔サイレンよりも遥かに頑強だった。

故に斬魔の柄を握る幸多の手には、より強い反動が伝わってきていた。

 確かな反動。確かな手応え。ただし、魔晶核ましょうかくを切り裂いたという感覚はなく、ずたずたに切り刻んだサキュバスの肢体から噴き出すどす黒い魔力は血潮のように周囲を彩り、幸多の意識をも塗り潰していくようだった。

 ユーラは、幸多の頭だけを掴んで、振り回している。幸多がユーラに剣を突き刺していなければ、急上昇の勢いで首から下が千切れ飛んでいたのではないかと思うほどの勢いだ。

 だが、いまは、幸多の左手がユーラの首を掴んでいる。細くしなやかな、幸多が軽く握り締めるだけで折れてしまいそうなほどの首。だが、決して折れることはなく、ましてや幸多の指先が食い込むことすらない、強固堅牢な魔晶体。

 ユーラが嘲笑あざわらうように目を見開く。

「なにをしても無駄よ、無駄! あなたたちは、このまま愚行に愚行を重ねて自滅するのよ! あはは! あはははは!」

 ずたずたに切り刻まれ、全身をばらばらにされながらも、ユーラは自分が優位であるということを疑っていないようだった。幸多をあざけり、ののしり、笑っている。高笑いが、闇夜に響き渡る。まるで呪文のように。

 そして、血飛沫のように噴き出す多量の魔力が、黒い奔流ほんりゅうとなって幸多とユーラの周囲に幾重にも重なった渦を作り上げていた。

 分厚い魔力の渦。

 その真っ只中で、幸多もまた、全身を切り刻まれているのだ。

 ユーラの嘲笑ちょうしょう真言しんごんとなり、噴き出した魔力が魔法となって、黒い刃が幸多の体中に斬撃を走らせる。幸多には、避けようがなかった。

「自滅か」

 幸多は、ユーラの言葉を反芻はんすうするようにつぶやいた。確かに、このままでは自滅しかねない。脳内にヴェルザンディの声が響く。

『だ、大丈夫なの!? 幸多ちゃん』

「まあ、大丈夫」

「なにが大丈夫なのかしら? 死にそうになって頭がおかしくなった? いいえ、最初から狂っているわよねえ、完全無能者の導士だなんて!」

「それは、否定しないよ」

 幸多は、こちらの顔を覗き込んできたユーラに対し、斬魔を振るうことで返事とした。幸多は、拘束されているわけではない。ユーラの両手が幸多の頭を抱えるようにしているだけだ。故に幸多は、その両腕を斬魔の一閃で切り離して見せたのだ。そして、自由落下が始まった瞬間、斬魔をユーラに投げ放った。斬魔は、ユーラの胸の中心に突き刺さったが、サキュバスの艶然えんぜんたる笑みに変化はない。無駄だというのだろう。

 落下が始まると、急上昇を続けるユーラとの距離が急速に広がっていく。

 だが、それだけでは意味がない。

 ユーラは幸多を見下ろし、冷笑した。上昇を止めると、翼を広げて見せる。蝙蝠こうもりの翼のような飛膜ひまくが、黒々と輝いて見えた。

「愚かねえ! 本当に愚か! 人間ってどうして万物の霊長れいちょうだなんてのたまっていられたのかしら! 万物の霊長とは、わたしたち幻魔よ! 幻魔こそがあらゆる生物の頂点に君臨するべきなのよ!」

『幸多ちゃん、周りを見て!』

「周り?」

 ユーラのけたたましい主張よりも、幸多は、ヴェルザンディの警告にこそ意識を割いた。地上への落下中、幸多の周囲には、相変わらずユーラの魔力が渦を巻いていて、その外側の様子はわからない。しかし、警戒するべき変化は、魔力の渦の内側にこそ起きていた。

 黒い魔力の奔流が変化して、影の塊のようなものが出現したかと思うと、それは人の形になった。いや、人ではない。幻魔だ。背に蝙蝠の翼を生やし、頭部に一対の角を持つ――ユーラの分身たち。

 魔法によって生み出された分身が複数、幸多の全周囲を包囲するようにして出現したのだ。

 幸多は、それらを視認した瞬間、召喚言語を口走っていた。

銃王じゅうおう

 その瞬間、幸多の全身が光に包まれた。転身機てんしんきが閃光を発するのは一瞬。その一瞬のうちに役目を終えている。幸多の全身が重武装に覆われたのだ。頭の天辺から足の爪先までを覆う、鋭角的な重装甲。

 戦術拡張外装せんじゅつかくちょうがいそう――鎧套がいとう・銃王。

 その重量感を認識するよりも早く、さらに召喚する。

飛電ひでん

 二十二式突撃銃にじゅうにしきとつげきじゅう・飛電が転身機によって転送され、幸多の右腕に収まると、銃王が認識し、自動的に各部位との接続を完了させる。これで、右腕だけでこの巨大な銃器を扱うことが可能となる。

 そして、幸多は、視線を足下に向けた。眼下、〈スコル〉の本拠地が遥か彼方に見える。地上何十メートルだろうか。とんでもない高度まで持ち上げられていたようだった。

 集合住宅の屋根に空いた穴の中から、升田春雪ますだはるゆきが、こちらを見上げている様子がわかったが、どうでもいい情報に過ぎない。

防塞ぼうさい

 幸多は、足下の座標に展開型大盾てんかいがたおおたて・防塞を転送すると、足場とした。無論、飛行能力、滞空能力など持っているわけもない大盾は、最大限に展開しながら落下していくだけだが、幸多の自由落下を止めるには十分だった。盾の表面を蹴って、跳躍する。

 そのときには、全周囲の状況を把握している。

 頭上にはユーラがその魔晶体を完全に回復させていて、周囲の分身たちは、幸多に向けて両腕を掲げていた。そして、手の先から魔力体を発射してくる様を見て、幸多は、視界を覆った万能照準器が対象を捕捉するのを待った。そして、引き金を引いている。

 全周囲からの弾幕に対し、全周囲への弾幕を張ったのだ。

 飛電が閃光と轟音を鳴り響かせ、無数の弾丸を連射する。乱射といっていい。無数の超周波振動弾が虚空を引き裂き、光の尾をひききながら魔力体を撃ち落としていく。

 撃ち落とすのは、魔力体だけではない。

 ユーラの分身もだ。

 そもそも、ユーラの分身自体、魔力体なのだから同じことだが。

 分身体は、並の魔力体よりは強固だが、しかし、飛電の連射に耐えられるものではなかった。空中にばら撒かれた弾丸は、尽く目標に直撃していく。まるで吸い込まれていくようだった。

 百発百中、無駄弾は一切ない。

 とはいえ、打ち過ぎている気がしないでもない。

 しかし、弾を惜しんだ結果、命を落とすことになっては元も子もないとは、イリアにも義流にも何度となく言われたことだ。

 無駄弾を気にする必要はない、と。

 気にするべきは、味方や市民への流れ弾だけであり、それ以外のことで幸多が考えることは、幻魔を殲滅せんめつすることだけだ、と。

 だから、幸多は引き金を引き続ける。

 飛電の超連射により、魔力体の弾幕ごと分身を粉砕し、さらに銃口を上空に向けようとした瞬間、眼前にユーラの顔があった。目が見開き、赤黒い瞳が膨大な光を発している。

「あははっ! なにかしら、その玩具おもちゃは! そんなものでわたしを殺せるとでも?」

「殺せるさ」

 いうが早いか、幸多は引き金を引いている。いや、引き続けている。凄まじい乱射。銃身が焼き付くのではないかというほどの超連射は、秒間数十発の弾丸を撃ち続ける。弾数に限りはない。少なくとも、第四開発室が貯蔵している分だけ、撃ち続けることができる。

 一発一発が超がつくほどの高級品だが、出し惜しみをしている暇もなければ、理由もない。

「防塞」

 唱え、再び足下に大盾を転送させれば、足場として踏みつけ、跳躍する。そのときには、サキュバスの全身が穴だらけになっていた。

 だが、ユーラはわらっていた。


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