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第四百三十九話 狼狩り(六)

「ふう……」

『珍しいわね! 美由理みゆりちゃんがため息なんて!』

 通信機越しに聞こえてきたのは、ヴェルザンディの甲高い声だった。

 美由理は、葦原あしはら市上空にいる。

 葦原市の全景を見渡すことのできるほどの高度に浮かんでいて、実際に市内全体を見下ろしているのだ。中津なかつ区、北山ほくざん区、西稲せいとう区、南海なんかい区、東街とうがい区――葦原市を構成する五つの区、その全てを視界に収めている。

 頭上には夜の闇を圧倒するかのように数多の星々が瞬いていて、月がその巨大さを見せつけるように君臨している。雲は少なく、夜風は生温なまぬるい。

 眼下にもまた、星明かりに負けないくらいに光が満ちていた。都市部とそれ以外ではその光量に差こそあるが、それでも、市内のどこを見ても光のない場所はないといってもいいのではないか。

 そして、美由理の視界には、街の光とは異なる光点が瞬いていた。

 それら二十個もの光点こそ、〈スコル〉が爆発物を設置した地点であり、美由理が今まさに氷漬けにした場所である。

 それらは、導衣との神経接続により、美由理の脳内に直接投影されている。

「わたしをなんだと思っている」

『うーん……戦団最高峰の魔法士?』

「だとしても人間だ。疲れないわけがないだろう」

 美由理は、途方もない疲労感と消耗感を覚えているのだが、それはヴェルザンディとのとりとめのない会話のせいではない。

 〈スコル〉に気づかれることなく、全ての爆発物を同時に封殺するためには、美由理の星象現界せいしょうげんかいと魔法技量に頼るのが一番である、と、作戦司令部は判断した。

 〈スコル〉が爆発物を設置した場所は、全て葦原市内だ。全二十カ所。〈スコル〉が爆発物を設置した建物そのものは、情報局によって特定されていたが、詳細な座標は不明だった。どこに仕掛けたのか、また、その周囲にどのような罠が仕組まれているのか、わからなかったのだ。

 設置場所に乗り込めば、その瞬間、爆発するような仕掛けでも施されているのではないか。

 あるいは、魔力感知機の類を設置している可能性も高い。そして、一定値以上の魔力を感知した場合、即座に拠点に報せが届き、起爆へと至るようになっているのではないか。

 設置場所の周辺住民には避難指示が出されているため、万が一にも爆発した場合、市民の命が脅かされることはないのだが、とはいえ、これ以上〈スコル〉の好き放題にさせるわけにはいかなかった。

 戦団の面目もある。

 既に十二件もの爆破事件を起こされておいて面目もなにもあったものではないのかもしれないが、それもこれも、〈スコル〉の全貌ぜんぼうがわからなかったのだから、仕方がない。

 〈スコル〉が連続爆破事件の成功に乗じ、戦団、あるいは社会そのものに対し、なんらかの声明を出すのではないか、というのが、情報局の考えだった。

 そして、その通りになった。

 〈スコル〉は声明文を出し、戦団総長との会見を望んだ。本来であればそんなものに付き合う道理はないのが、市内に設置された爆発物と〈スコル〉そのものを完全に制圧するためには、必要な処置だった。

 神威かむいが時間を稼いでいる間に〈スコル〉の各拠点を制圧、人質となっていた升田春雪ますだはるゆきの妻子の安全も確保した。

 後は、〈スコル〉の本拠地と爆発物の制圧だけという段階に至り、美由理の出番となったわけだ。

 幸多が升田春雪の妻子を確保し、〈スコル〉の本拠地に潜入した直後のことである。

 美由理は、市内各所に設置された全ての爆発物を同時に制圧するという難問を解決するためにこそ、その全力を発揮しなければならなかった。

 一カ所ずつ制圧するのは、導士ならば誰でも出来ることだ。

 しかし、市内の広範囲に渡ってでたらめに設置されたとしか言いようのない爆発物を全て同時に封殺するとなると、美由理にしかできまい。

 星象現界である。

 美由理の星象現界・月黄泉つくよみは、時間を静止する。静止した時の中では、美由理自身と極一部の例外を除いて、変化は起きない。つまり、時間静止中の他者に干渉できないということだ。

 が、魔法を準備することは出来る。

 美由理は、星象現界によって時間を静止すると、全ての爆発物の設置場所に対し魔法を駆使した。魔法は、時間静止中には発動しないものの、月黄泉を解除した瞬間、同時に発動し、二十カ所もの爆発物設置場所が高密度の氷の檻に閉じ込められたのだ。

 この途方もない疲労感は、月黄泉の長時間の維持と、広域に散らばった複数の目標物への魔法の行使によるものだ。

 月黄泉を長時間維持するということは、それだけで多大な負担と消耗を強いる。

 その上で超高密度の氷の檻を形成する必要があったこともあり、美由理は、想像以上に疲れていたのである。

 が、それによって、〈スコル〉の目論見はついえた。葦原市自体を人質に取り、戦団と交渉しようなどという愚かな考えは、水泡すいほうしたのだ。

 後は、幸多が〈スコル〉の幹部たちを取り押さえてくれるのを待つだけでいい。

「幸多は……」

 美由理は、ゆっくりと高度を下げながら、〈スコル〉の本拠地へと視線を向けた。本拠地は、南海区河岸(かわぎし)町のど真ん中に位置している。三階建ての集合住宅、その三階の突き当たりの部屋に、光点が瞬いている。神経接続によって網膜に投影された情報。

 遠方だが、はっきりと見える。

 ごくごくありふれた集合住宅。閑静かんせいな住宅街に溶け込んでいて、まさか反戦団組織の本拠地が隠れているとは誰も想像できないだろう。

 そして、その本拠地にただ一人で突入したのが幸多だ。幸多ならば、魔力感知機などの警戒網を突破するのは容易い。

 月黄泉の時間静止中に各拠点を攻撃するという選択肢は、はなからなかった。

 星象現界発動中の魔法は、星神力せいしんりょくを使用したものになる。

 牽制に放った攻型魔法こうけいまほうが、半ば自動的に、必殺の攻型魔法へと成り果てるほどだ。

 手加減することもできなくはないが、結果、それが致命的な失態しったいになりかねず、星象現界の発動中に限って言えば、慎重に行動するべきだった。

 幸多に任せることにしたのは作戦司令部の判断だが、総合的に見ても、間違いではなかった。 

『大変!』

「なんだ?」

『上位妖級幻魔よ!』

「どこに――」

 美由理がヴェルザンディの警告に気を引き締めている時だった。

 突如、美由理が見ていた集合住宅の天井が吹き飛んだかと思うと、黒い魔力の奔流ほんりゅうき上がったのだ。高密度の魔力の奔流。螺旋を描く魔力は、大気中の魔素を巻き込んで大きく膨れ上がり、巨大な竜巻のようになっていく。

 それが上位妖級幻魔の仕業であることは、いうまでもなかった。

『松下ユラが幻魔の擬態ぎたいだったのよ!』

「なんだと」

 美由理は、その瞬間、魔力の奔流、その先端部を人型の幻魔に頭部を抱きしめられるようにして巻き込まれている幸多の姿を発見した。



「あははは! あなたたち人間はいつもそう! 人間のことしか考えていないから、こうして出し抜かれ、窮地きゅうちに陥るのよ! 夢も希望も愛も喜びも、全部、利用されるだけ利用されて、掃いて捨てられる!」

 ユーラと名乗ったサキュバスの声は、甲高く、いまにも幸多の鼓膜こまくを突き破るのではないかと思えるほどだった。

 幸多は、サキュバスの細い手で頭だけを抱えられており、そのせいで全身が悲鳴を上げているといった有り様だったのだが、思考は、冷静そのものだった。

 冷静に状況を把握はあくしている。

 本来サキュバスの魔晶核ましょうかくがある場所、右脇腹に斬魔ざんまを突き刺したが、手応えはなく、ましてやサキュバスの生命活動は停止しなかった。

 通常、ありえないことだ。

 つまり、ユーラと名乗るサキュバスは、アスモデウスの下僕というだけあって、サキュバスでありながら個体差を獲得しているということなのではないか。

 機械型のようになんらかの改造が施されている可能性をも、幸多は想像した。

 想像しながら、超高速で回転しながら空中高く飛び上がり、強烈な魔力の渦を生み出すサキュバスに対し、出来る限りのことをしていた。

 つまり、切り刻んだのだ。


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