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第四百三十七話 狼狩り(四)

「すみません」

 幸多こうたは、怒気どきのみならず、狂気をもはらんだ長谷川天璃はせがわてんり眼差まなざしを受け止めながら、いった。手の中の起爆装置を一瞥いちべつし、再び視線を天璃に戻す。

 一見、単純そうな機械だが、それもそのはずだろう。爆弾を起爆するためだけの装置ならば、単純な方が都合がいいはずだ。

「なに?」

「あの……どこかであったことありましたっけ? だとしたら、申し訳ないなって」

「あるよ。あるとも」

 天璃は、苦い笑いを浮かべざるを得なくなりながら、ユラの体を退かし、ゆらりと立ち上がった。ユラは、名残惜しそうに天璃の側を離れていく。

「ネノクニでね。きみを見かけた。それ以前からきみは有名人だったから、一方的に知っていたんだけど。きみの印象に残らなかったのは……残念だが」

「ネノクニでは色々とありまして」

「そうだね。そうだったね」

 天璃は、小さく嘆息たんそくした。皆代みなしろ幸多は、なんともつかみ所のない少年であり、正体が知れないようなところがあった。底知れぬ不気味さすらある。

 対抗戦決勝大会に見せた爽やかさが、どこかに消えて失せてしまっているかのようだ。

「それ、返してくれないかな? 大事なものなんだ」

「なにいってるんですか。そんなこと出来るわけないじゃないですか」

 幸多は、天璃の申し出をきっぱりと断ると、彼以外の三人の反応を警戒した。悠生ゆうせいにせよ、ユラにせよ、春雪はるゆきにせよ、生粋の魔法士だ。しかも、戦闘訓練を積んでいる可能性がある。

 現状、升田ますだ春雪を警戒する必要はないが、彼の動きは計算に入れておかなければならない。彼が人質に取られる可能性だって十分にあるのだ。

 だから、幸多は、天璃、悠生、ユラ、春雪を徹底的に意識し、想像する。彼らのうちのいずれかが律像りつぞうを展開した瞬間、制圧するイメージ。

『そうだ。皆代閃士(せんし)、それは起爆装置だ。すぐにでも破壊したまえ』

「はい。転身てんしん

 幸多は、幻板げんばんから聞こえてきた神威かむいの命令に瞬時に反応した。転身機を起動し、闘衣とういを身に纏うと、全身に力が漲るような感覚があった。そして、その力を発揮するようにして、右手に掴んでいた端末を握り潰す。

 握力だけで、だ。

 さすがの天璃も呆気にとられたような顔をした。

 幸多が端末の残骸を足下に捨てると、その天璃の顔が歪んだ。

「全く……きみは。きみというひとは、困ったひとだ」

「それはこちらの台詞でしょう。あなたたちのせいでどれだけ多くの人が迷惑を被っているのか、考えたこともないんでしょうね」

「迷惑? 迷惑だって……?」

 幸多のそれは、天璃には、わけがわからない意見だった。

「この地上にふたをして太陽を独占しておいて、いまさら被害者ぶるというのか!?」

「はあ……?」

 幸多は、秀麗しゅうれいな容貌を獰猛どうもうな獣のように歪ませながら噛みついてきた天璃の勢いに、呆然とするほかなかった。彼の言葉の意味がわからなければ、意図も伝わってこない。突如として激してきたことも、そうだ。

 なにからなにまで、ついていけていない。

「そうだろう! 戦団は地上を独占した! 地上奪還作戦は、統治機構が立案し、実行に移したものだぞ! それを、その手柄を独り占めにし、一方的に断絶したのが戦団だ! 戦団は、この世の悪そのものじゃないか!」

 天璃が顔を真っ赤にして激昂げっこうしてくるのを、幸多は、どこか冷ややかに見つめていた。天璃に寄り添うように立つユラと、ゆっくりと立ち上がる悠生を警戒しつつ、律像一つ展開していないことに違和感を持つ。

 彼らは、魔法士だ。魔法士ならば、こうした事態には魔法でもって対応するはずだ。

 まさに緊急事態といっても過言ではないはずなのだ。

 だのに、彼らは、動きを見せない。

 ただ、怒りに任せて叫んでいるだけだ。

「だから、ぼくたちは立ち上がったんだ! この世の悪を正し、太陽を取り戻すために! 太陽奪還計画を成功させ、〈フェンリル〉が、ぼくたちが間違いじゃなかったことを証明するために!」

『やっと、得心したよ。それがきみらの真意だったというわけだ』

「なんとでもいうがいい! だが、もう遅いぞ! 悠生!」

「ああ、わかっている」

「ん?」

「起爆装置がその端末だけなわけがないだろう?」

「なるほど。そういわれれば、そうか」

『えー!? どうするのよ!?』

「どうもしませんけど」

『ええええ!?』

 幸多が脳内に響き渡るヴェルザンディの声に顔をしかめると、天璃がわずかにいぶかしんだ。しかし、彼の意識は、既に爆破に向いていて、悠生が端末を操作する様にこそ意識を集中する。

 室内に無数の幻板げんばんが出力された。

 二十枚もの幻板が、葦原市内の各所を映しだしている。東街とうがい区の町並みもあれば、中津なかつ区の繁華街も見えるし、北山ほくざん区の山中、西稲せいとう区の田畑、南海なんかい区の海岸線などが映されている。それら二十カ所に爆発物が設置されているということなのだろう。

 だが、幸多は、一切動揺していなかったし、幻板の向こう側の神威も余裕の態度を崩していない。

「戦団の秩序も、これで終わりだ」

 悠生が告げ、端末の鍵盤を叩いた。

 残酷なまでの沈黙が室内に満ちたのは、数秒間、だっただろうか。

 幸多は、幻板に映されている風景に起きた変化が、天璃たちの予期せぬものだということを確認した。

 それは、爆発ではなく、凍結である。

 雑居ビルや納屋などの爆発物の設置場所が、一瞬にして巨大な氷塊に閉じ込められたのだ。

 それも、二十カ所、同時にだ。

 天璃たちには、いったいなにが起きたのか、全く理解できなかっただろう。

 幸多だけが、その直前の数秒間を体験することができている。

 つまり、美由理みゆり星象現界せいしょうげんかい月黄泉つくよみによる静止時間だ。

 美由理と幸多以外の誰にも認識できない、存在しない時間。その空白期間に、美由理は、二十カ所の爆破地点に魔法を設置し、時間静止の解除とともに発動したのだろう。

 凄まじい密度の氷結魔法だ。遠隔操作による起爆など、なんの意味もなさない。爆発の信号そのものを受け付けなかったかもしれない。

「そんな馬鹿な!?」

「いったい、どういう……!?」

「これは……」

 天璃、悠生、ユラが三者三様の反応を見せる中、幸多は、おもむろに悠生に近づいた。悠生が反応するより早く、彼の足を払って転倒させ、首を踏みつける。蛙が潰れたような声を上げてくるが黙殺し、力を入れれば、そのうち意識を失った。

 幸多が白目を剥いて倒れている悠生を一瞥いちべつし、天璃とユラの二人に目を向ければ、天璃は、春雪を睨み付けていた。

 春雪は、部屋の片隅に避難しながらも、いつ攻撃に巻き込まれても言い様に律像を展開している。

「あなたか……!」

「わたしは、きみたちの言うとおりにしただけだ。それ以上のことは、なにもしていないよ」

 春雪は、天璃の怒りに満ち、充血した目を見つめ返しながら、多少なりとも同情を禁じ得なかった。本来ならば同情する必要性などありはしないのだが、しかし、天璃たちが自分の過去の影そのものであり、自分が辿るかもしれなかった未来だから、だろう。

 〈フェンリル〉は、〈スコル〉になり得た。

 〈フェンリル〉が〈フェンリル〉のまま滅びたからこそ、春雪は、〈スコル〉にならずに済んだのだ。

 だから、哀れむ。

 天璃は、そんな春雪の表情からその感情を読み取ることが出来なかった。なにかを隠しているようにしか、見えない。

「だったら、なぜ!」

「わたしは、ただ、きみたちの要求に従っただけだ。きみたちの要求通り、戦団の機密情報に接続し、通常任務における導士の配置を確認しただけだ。しかし、それらは戦団における重要機密といっていい。当然だな。通常任務の予定表がわかるということは、今回のような事件が起こる可能性を内包してしまうというおkとだ。情報局の人間だからといっておいそれと知っていいことではないのだ。知る必要もないが」

「なにを……」

「わたしは、副局長補佐だ。上級管理者権限によってシステムに接続し、重要機密も自由に閲覧可能だ。だから、戦団の配置も手に取るようにわかったのだし、きみたちに伝えることもできた。きみたちの望み通りにね。しかし、どうしたところで足跡は残るものだ。上級管理者権限を以てしても、使用者の痕跡を消すことは出来ない。いや、むしろ、権限を行使する必要があるからだろうな。わたしが調べた履歴は、全て、システムに残っている。筒抜けだったんだよ」

 もっとも、と、春雪は、天璃を見つめながら、いった。

「余程不自然な調べ方でもしない限りは、気づかれることもなかっただろうが」


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