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第四百三十話 スコル(六)

「なんの話やら、まったく見当も付きませんが」

 天璃てんりは、神威かむい隻眼せきがんを見つめながら、いった。

 幻板げんばんに映し出されているのは、戦団総長・神木こうぎ神威の上半身だけではない。その背後の壁には、輝ける星を想起させる戦団の紋章が大きく描き出されていて、強く主張していた。彼の立場と、彼の居場所、そして、彼の権力を。

 戦団本部・本部棟・総長執務室。

 戦団本部の内部構造は、もはや、央都市民のみならず、ネノクニ市民でも簡単に知ることが出来るものであり、天璃たちにとっても見慣れた風景といってもいい。

 太陽奪還計画を再来させるべく様々な案を練っている折、戦団本部を襲撃する計画すら考えたこともあったくらいだ。戦団本部の内部構造は、見飽きるくらいに見ている。しかし、それはユラによって止めておくべきだと諭され、立ち消えになった。

 神威の厳めしい面構えも、何度見たものか。

 いや、天璃でなくとも、神威の顔は嫌と言うほど見るかもしれない。

 央都市民ならば、尚更だろう。

 導士どうしの中の導士、星将せいしょうの中の星将、英雄の中の英雄――神木神威は、戦団の頂点に君臨する最強無比の魔法士であり、央都の歴史そのものといっても過言ではない人物だ。

 その生き様が央都の歴史であり、その人生が彼の戦歴である。

 地上奪還作戦に始まり、数多の戦場を駆け抜け、無数の死線を潜り抜けてきた彼をして、史上最高峰の魔法士と褒め称えるのは、当然と言えば当然のことであり、揺らぐことのない道理なのだ。

 人類史上初となる鬼級幻魔おにきゅうげんまの討伐を成し遂げた魔法士であり、竜級りゅうきゅう幻魔をも撃退したほどの魔法士。

 人類史上、魔法史上における最高傑作と褒め称えられることに誰も疑問を持たない。

 彼こそ、神木神威こそが、戦団といっても言い過ぎではないはずだ。

 だからこそ、天璃は、彼を憎む。

 戦団を憎むのと同じくらいの憎悪を、彼に向ける。

 もっとも、そんなものが幻板越しに伝わるとは思わないし、理解してもらおうとも思っていないのだが。

『まあ、いい。大切なのは、きみたちがなぜ、おれと会見の場を設けたかったか、だ。きみたちは、〈フェンリル〉の子なのだろう。〈おおかみのこども〉スコルよ』

 神威の声は、限りなく力強く、重々しい威厳いげんに満ちていた。幻板越しに聞いているだけだというのに、心が震えるようだった。戦団への怒りも憎しみも嘘になってしまうのではないかと思うほどに、強く、はげしい。

 しかし、そうした心情の変化も、彼にしなだれかかっているユラが目線を合わせてくれるだけで、どうとでもなった。

 天璃にとって彼女の存在は、精神安定剤そのものといっていい。

 昔から、そうだ。

 彼女と再会したあの日から、彼の全ては、彼女とともにあるのだ。

 だからこそ、天璃は毅然とした態度で臨める。

『きみたちは、戦団を憎悪している。なぜならば、戦団が〈フェンリル〉壊滅の原因となったからだ。そうだろう』

「ええ。ぼくたちは、あなた方戦団を憎み、恨みに思っています。ですが、〈フェンリル〉が壊滅したことそのものはもはや問題ではないのです。サイバ事件は、不幸な事故でした。そして、事件が起きなかったからといって、太陽奪還計画が上手くいったとはいえないでしょう。戦団はあまりにも強固だ。そう簡単に崩れるわけもない」

『では、きみたちの行動はなんだ? なぜ、このような無意味なことをする?』

「無意味?」

『そう、無意味だ』

 神威が、天璃を睨み据えるようにして、告げる。

『今日立て続けに起きた十二件もの爆発事件は、確かに葦原あしはら市民を不安がらせ、央都全体を騒然そうぜんとさせた。今や世間はきみたちの話題で持ちきりだ。どこもかしこもきみたちを取り上げ、きみたちの声明文の分析を行っている。実に馬鹿げたことにな』

「馬鹿げたことではないでしょう。〈スコル〉は既に葦原市に甚大な被害を与えている。〈スコル〉がさらに数多くの爆弾を設置していて、いつでも起爆できると宣言している以上、取り沙汰しないわけにはいかない。いつ自分の住んでいる場所が爆発されるのか、わかったものではないんですから。だれもが恐怖に怯え、戦団の無能さを避難するのは、必然の結果だ」

『そう、葦原市民のみならず、央都市民の誰もが、爆弾の恐怖に怯えている。いつどこで爆発が起き、自分たちが巻き込まれる可能性を考えれば、夜も眠れないだろう。戦団を、央都を逆恨みしているきみたちにとっては、溜飲りゅういんの下がることだろうな』

「逆恨み?」

『それ以外のなんだというのだね?』

 神威の言動は、天璃の神経を逆撫さかなでにするようなものばかりであり、離れて聞いているだけの春雪はるゆきが心配しなければならないほどだった。天璃を挑発し、わざと怒りを買おうとしているのではないかと思えるほどに無遠慮な言葉の数々。刃のように鋭く、研ぎ澄まされ、食い込んでは離れようとしない。

 むしろ、深々と突き刺さっていくだけの言葉の刃。

 天璃の表情がわずかに引きつったように見えたのは、気の所為ではあるまい。そしてそれは、彼の心の中で激情が逆巻いたからではないか。

 春雪は、戦々恐々としながら、二人の会見に神経を集中する。

『〈フェンリル〉がなぜ、太陽奪還計画なる妄執もうしゅうに囚われたのか、我々には全く理解できないのだよ。〈フェンリル〉総帥・河西健吾かわにしけんごの説明を受けても妄言もうげんとしか受け取れなかった。太陽を奪還? 我々から? まるで意味がわからない』

「太陽を独占しているものには、奪われたものの気持ちがわからない。それだけのことでしょう」

『奪った? 我々がいつ、だれから奪ったというのかね』

 神威が、声音に怒りをにじませたのは、そのときが初めてだった。重く深い怒りは、彼が何者であるかを聞いているものに知らしめるように力強く、響き渡る。室内の冷え切った空気が一瞬にして張り詰めるくらいだった。

 春雪は、神威のひととなりを並の導士以上によく知っている。情報局が戦団の上層部と深い関わりを持ち、その上、彼が副局長補佐という立場だからだ。

 神威は、感情表現も豊かな人物だ。普段の威厳に満ちた言動は、戦団総長に相応しくあろうと心がけているからだし、導士の前では常に姿勢を正し、規範きはんであろうとしているからだろう。

 しかし、そうした状況を外れると、自分の心の動きに素直な表情を覗かせた。

 今だって、そうだ。

 彼は、怒りを隠そうともしなかった。

『我々が地上にいるのは、統治機構がそう仕向けたからだ。きみらも知っているだろう。統治機構が計画した地上奪還作戦に駆り出された我々は、死に物狂いで戦い、多くの犠牲を払って、ようやくこの地を手に入れた。五十二年前のことだ。そのときのことはよく覚えているよ。統治機構が我々になにもしてくれなかっただけでなく、我々を見捨てさえしたのだ』

「有名な話です。しかし、それは、あなた方戦団の証言でしかない。統治機構は、あなた方戦団を見捨てたとはいっていませんよ」

『統治機構を信じるのかね』

 神威が、皮肉めいた口調でいってきたのは、〈スコル〉が〈おおかみのこども〉であり、〈フェンリル〉の後継組織ということを念頭に置いてのことだろう。

 〈フェンリル〉は、反戦団組織であると同時に反統治機構勢力の筆頭でもあった。だからこそ、統治機構の浄化作戦によって壊滅したのだが、そんな〈フェンリル〉の流れを汲む〈スコル〉が統治機構の証言を鵜呑うのみにするのは、いかにも馬鹿げている。

 矛盾むじゅんしているのだ。

 それは、春雪自身も〈フェンリル〉を離れ、一人の人間として世界の実情を見たときにこそ、理解できたものではある。

 〈フェンリル〉は、当初、反統治機構勢力、反政府組織として立ち上がった。その当時、組織の名前は〈フェンリル〉ではなかったという。〈フェンリル〉に名を改めたのは、河西健吾が太陽奪還計画を思いついてからのことであるらしい。

 そして、河西健吾は、そのときには、統治機構以上に戦団を憎悪し、戦団をこそ排除するべき対象であると公言するようになっていた。

 春雪が〈フェンリル〉の一員として、工作活動のための様々な技術を叩き込まれていた頃には、〈フェンリル〉は、反政府・反戦団両方を旗印として掲げる組織であり、ネノクニ内の諸勢力において、最大規模の戦力を誇っていたものだが。

 しかし、神威の言うとおりだ。

 河西健吾が戦団を憎悪した理由の一つは、本来であれば地上奪還部隊が統治機構の支配下にあるものであり、地上の主権を握るのは統治機構であるべきだという、まさにネノクニ至上主義的価値観に基づくものだった。

 人類復興隊、戦団と名を変えようとも、地上奪還部隊であったことに変わりはなく、故に、取り戻した地上の全ての権限を統治機構に明け渡すべきなのだ、と、ネノクニ至上主義者たちは言い放つ。

 それこそ、神威には考えられないことだろうし、実情を知れば、春雪のようなネノクニ至上主義者ですら、かぶりを振らざるを得ない。

 地上奪還部隊は、リリス軍の圧倒的な戦力を前に窮地きゅうちに立たされた。余りある戦力差を覆すことは困難であり、不可能であると判断した神威は、統治機構に自分たちを地下へ戻すように進言した。

 第一次地上奪還作戦は失敗するが、そんなものは問題にはならない。リリス軍を圧倒するだけの戦力を整え、再び攻め上がればいい。

 それだけで良かったはずなのだが、そうはならなかった。

 統治機構は、ネノクニの安全を優先した。


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