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第四百二十九話 スコル(五)

「さて。どうでるか」

 城ノ宮明臣(じょうのみやあきおみ)は、ノルン・システムの直通端末を操作しながら、つぶやいた。

「奴らが指定したのは、エーテリアル・ネットワークの回線だ。もはや旧時代の産物でしかないあれを使うのは、簡単なことではないぞ」

至難しなんわざですな」

「〈スコル〉の中に相当な手練てだれがいるらしい」

「犯罪者でなければ、すぐにでも雇いたいものですが」

「無理な話だな」

残念至極ざんねんしごく

「戦団は常に人手不足だというのに、全く」

「優秀な人材ほど戦団と無縁の組織にいたがるのは、どういうことなのでしょうね」

「死にたくないのだろう」

「なるほど」

 上司が瞬時に導き出した結論には、明臣も納得するしかない。

 戦団は、死と隣り合わせの職場だと、よくいわれる。

 実際、実働部隊たる戦務局戦闘部は、幻魔災害げんまさいがいや魔法犯罪に対応しなければならず、どれだけ注意していても、どれほど入念に準備してもいても、余程優れた魔法士であっても、簡単に命を落としかねない。

 たとえ相手が獣級幻魔じゅうきゅうげんまであっても、なにかの拍子に高位の導士が殺害されることだってありうることだ。

 戦団に所属するということは、そういう死の影の中に身をうずめるということでもある。

 いつだって死神の影が付き纏い、ともすればその暗影に飲まれ、呼吸をすることすらままならなくなる。

 戦闘部と関わりのない部署で働いている導士でさえ、そのような感覚にさいなまれることがあるほどだ。

 戦団の広報活動や央都市民の教育によって、戦団で働くことこそ素晴らしいことであり、尊いことであり、最善最良であると説き続け、そのような考えが浸透しているとはいっても、はいそうですか、と、誰もが戦団に入ろうとはしないものだ。

 戦団に入るということは、自ら命の危険に飛び込むのと同じだ。

 たとえ戦闘部以外の部署に所属するのだとしても、そう考えるのが当然なのだ。

 だから、というわけではないが、戦団は常に人手不足に直面しており、人材育成に割くほどの人的猶予も、時間的猶予もないのだ。

 明臣が、反戦団勢力であり、犯罪者集団である〈スコル〉の技術者に興味を持つのも、そうした事情がある。

 上庄諱かみしょういみなは、渋い顔で彼を一瞥いちべつしたが、すぐさま作業に戻った。

 今回、エーテリアル・ネットワークの調査を行う必要が生じたこともあり、明臣だけでなく、諱もノルン・システム直通端末を用いる羽目になっていた。

 エーテリアル・ネットワークは、旧世代の情報通信網だ。

 今やほとんど使われることがないのは、元よりレイライン・ネットワークよりも圧倒的に安定性に欠けているということもあれば、現代の地上では、その安定性がさらに欠如しているからにほかならない。

 最初、エーテリアル・ネットワークが発明され、発表されたときには、情報通信の革新とうたわれた。

 革命的な発明であり、新時代の到来であると誰もが絶賛ぜっさんしたのだという。

 大気中に満ちた魔素まその情報伝達力を利用した情報通信網であるそれは、世界中で超光速通信を可能とした。

 それはまさに革命的、革新的な発明だった。

 しかし、空気中の魔素を利用しているということは、その魔素に異常が生じたとき、瞬時に不安定に陥る可能性があるということだ。

 大気中の魔素は、通常、増減することはない。

 故に、エーテリアル・ネットワークが不安定になる可能性は限りなく低く、何度となく行われた運用試験でも問題は起きなかったし、実際に運用され始めても、長い間安定していたのだ。

 だが、魔法時代が成熟し、魔法士たちが世にあふれ、誰もが当然のように魔法を使うようになると、エーテリアル・ネットワークを取り巻く状況は大きく変化した。

 世界中の魔素が、乱れ始めたのだ。

 魔法の乱用が、本来なら揺らぐはずのない大気中の魔素の流れに変化を生じさせ、魔素を利用したネットワークを不安定にさせることとなったのだ。

 魔法の加速度的な発展、魔法士の爆発的な増加が、魔法の恩恵を受けた技術に致命的な打撃を与えることになったのは、皮肉というべきなのかもしれない。

 やがて、地脈を流れる膨大な魔素を利用したレイライン・ネットワークが誕生するに至り、それによってエーテリアル・ネットワークはその役目を終えることになったのは、今や遠い昔の話である。

 央都においてエーテリアル・ネットワークを使っているものは、いない。

 が、〈スコル〉が指定した回線は、膨大な数の廃棄物同然の回線を再利用することによって成り立っており、それ自体、とんでもないことだったし、戦団にしてみても想定外極まりないことだった。だからこそ、手間取っている。

 しかも、〈スコル〉は、無数の回線を複雑に経由することによって、最終到達点をわかりにくくしており、解析するには多少の時間と手間を要していた。

 総長自ら出馬してもらったのは、その時間を稼ぐためでもあれば、別の理由もあった。

 それも、結局は時間稼ぎなのだが。

「問題は、升田ますだ補佐だ」

「それは、まあ、そうですな」

 明臣も、諱の意見に同意しながら、幻板げんばんに表示される回線を次々と切り替えていく。エーテリアル・ネットワークにおいて、一度の通信で複数の回線を使うことは、別段、おかしなことではない。

 魔法社会の発展とともに不安定化するようになったエーテリアル・ネットワークは、構造自体を作り替え、不安定化に対応したのだ。

 それこそ、自動的な回線の切り替えである。

 不安定な回線から安定した回線へ、瞬時に、自動的に切り替えるという技術により、エーテリアル・ネットワークの有用性、利便性が確かなものであると主張したのが、エーテリアル・ネットワークに携わっていた人々なのだが。

 それも今や過去のものと成り果て、残骸だけが大気中に打ち捨てられているというのが実情だった。

 それを再利用しているのが〈スコル〉であり、なぜレイライン・ネットワークではなく、エーテリアル・ネットワークを使っているのかといえば、想像に過ぎないが、戦団を警戒してのことだろう。

 戦団は、ノルン・システムを通じて、レイライン・ネットワークを掌握、支配下に置いている。

 そして、双界そうかいにおける情報通信は、ほぼほぼ百パーセント、レイライン・ネットワークを利用している。

 日夜、膨大な量の情報がレイライン・ネットワーク上を駆け巡っており、それらの情報を分析するだけで、戦団は、あらゆる組織、勢力に対し、優位を保つことが出来ているといっても過言ではなかった。

 しかし、当然ながら、戦団はノルン・システムの存在を公表していないし、レイライン・ネットワークを掌握していることも公言していない。

 〈スコル〉の技術者がどれだけ凄腕だろうとも、ノルン・システムの存在や、戦団の技術力を把握することはできまい。

 だとすれば、〈スコル〉がそれだけ慎重に慎重を重ね、わずかでも情報が漏洩ろうえいしないように徹底していたからこそとしか考えられなかった。

 だからこそ〈スコル〉の計画が戦団に露見しなかったのだし、彼らが〈おおかみのこども〉と名乗ってきたのも、大半の準備を終えていたからだ。

 そして、その結果、巻き込まれてしまったのが、升田春雪なのだろうが、なぜ、彼が〈スコル〉の計画に巻き込まれてしまったかについては、明臣もある程度想像が付いていた。

 〈スコル〉の一員・近藤悠生こんどうゆうせいは、〈おおかみのこども〉と名乗ることで、春雪に自分たちの存在を明示した。春雪ならば、その言葉だけで自分たちが何者なのかを理解するに違いないと判断したのだろうし、それによって彼がどのような反応をするのかも想像していただろう。

 春雪は、〈スコル〉と接触し、彼らの協力者となった。

 今日というこの日、彼が職場に姿を見せていないことからも、なんらかの事件に巻き込まれていることは間違いない。

 彼ほどの働き者が、事前になんの報せもなく無断で仕事を休むなど、ありえないことだったし、考えられないことだった。

 明臣は、それを知ると、即座に春雪に連絡を取った。しかし、彼の携帯端末には反応はなく、彼の家にも人気がなかった。

 春雪には、妻と娘がいた。

 家族全員が、なんらかの事件に巻き込まれているのではないか。

 明臣は、察すると、すぐさま手がかりを探した。彼の家の中を探し回ってもなにも見つからなかったが、一つだけ、確かな情報があった。

 春雪が情報局副局長補佐として、ノルン・システムに接続していたという重大な事実である。


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