第四十二話 第二種目・閃球
「天燎高校が叢雲高校と同率一位、か。この結果、きみはどう見ている。叢雲高校が優勝するんだったな?」
上庄諱は、急速に整っていく会場の様子を見下ろしながら、城ノ宮明臣に問いかけた。
会場からは競星の競走路が瞬く間に撤去され、新たに閃球の戦場が構築されようとしていた。何十名もの運営員たちが、魔具を用い、広大な競技場内に決勝大会に相応しいだけの戦場を作り上げていくのだ。
明臣が、苦笑交じりに口を開く。
「意地の悪い質問ですね」
「あら、そうなの? 明臣くん」
「はは、わたしの知る限りの情報では、ですが」
「情報は力。それも極めて偉大な力だ。その情報が導き出した結論だというのであれば、間違いないのだろうな」
釘を刺すように諱が言えば、伊佐那麒麟は明臣を同情した。
「本当、意地悪よね、情報局長さんって」
「はい、まったくもって」
「聞こえているぞ」
「聞かせているのよ」
「むう……」
麒麟にそうはっきりと断言されてしまえば、返す言葉も見つからないのが諱だった。
「……ひとついわせてもらいますと、まだ、一競技が終わっただけだということです。すべてはこれからですよ」
「そうだな。その通りだ」
諱は、明臣の負け惜しみとも取られかねない発言を肯定した。否定しようのない事実だ。
対抗戦は三種競技の総合的な結果で、優勝校が決まる。特に第一種目に過ぎない競星の結果が、大きく響くことはないのだ。
しかも、現状、叢雲高校は天燎高校と同率の一位だ。
両校に優勝の可能性はあったし、それは多少他校に比べれば高いといっていい程度の差でしかない。
現在総合得点が零点の高校すらも優勝できる状況だ。
閃球で勝利を重ね、総合得点を積み上げれば、どの高校にも優勝する道が開くことが出来るのだ。
明臣のいうとおり、まだ初戦が終わっただけだ。
これだけで決めつけるのは、対抗戦を理解していない証だ。
とはいえ、大番狂わせであることに違いはない。
万年最下位の天燎高校が一勝した。それだけでも、想定外の事態といえた。
「きみの進言通り、予選免除権を追加してよかったよ」
「皮肉ですかな」
「わたしは皮肉屋ではないよ。素直に受け取りたまえ」
「そうかしらねえ」
「副総長閣下は、わたしをどのような人間だと思われておいでなのでしょうか」
「嫌みったらしい皮肉屋で陰険な策謀家、かしら」
「……酷い話だ」
「まったくですな」
「あら、褒めてるのよ。情報局長なら、それくらいじゃないと」
「……それも否定しないが」
言いたい放題に言ってくる麒麟だったが、諱には反論の余地もなく、明臣と顔を見合わせ、肩を竦めるしかなかった。
閃球を行うための戦場が、海上総合運動競技場のど真ん中に設営されていく。
運営委員たちが場内各所に設置した魔具が、魔力に応じて展開され、変形し、複雑に組み合わさって、戦場を作り上げる。
閃球は、魔法競技であるとともに一種の格闘技といっても過言ではなかった。
競技規則上、競技中に魔法を使うことはできるが、魔法による直接攻撃は許可されていない。魔法攻撃を行った選手には退場が言い渡されるだけでなく、悪質な場合は没収試合となり、不戦敗にされることもあり得た。
しかし、閃球は、星球を奪い合う競技であり、そのために様々な手段を取ることが許されていた。直接攻撃を加えない類の魔法で奪うこともできれば、肉体でぶつかり合って奪取することも、規則上可能だった。
魔法士の強靭な肉体が激突すれば、場外に吹き飛ぶ可能性も十二分に考えられる。
故に、閃球の戦場は、分厚い防護壁に囲われるのだ。その防護壁は球体を形成しており、閃球は、その球体の内側で行うことになる。そして、その球体の内側ならば、どこまで移動しても構わなかった。
場外という概念がない。
防護壁に囲われた空間だ。弾いた星球が場外に飛んでいく可能性は、万にひとつもなかった。
また、球体内、つまり戦場に入るのは、出場選手だけである。
審判員は、球体の外から試合を監視することになる。そのほうが選手にとっても審判員にとっても都合がいいからだ。
球体内を縦横無尽に飛び回らなければならない選手たちからしてみれば、戦場内の審判員は邪魔以外のなにものでもなかった。高速で飛び回る以上、突如視界に入ってきて、避けられずに激突する可能性は大いにある。
そして、審判員にしてみても、三百六十度あらゆる方向に高速で飛び回る選手を監視し、星球を追い続けるのは、極めて困難だった。
故に、戦場の外で複数の審判員でもって全域を監視するほうが遥かに楽であり、安全であり、確実だった。超高精度のカメラが、戦場のあらゆる領域を監視しているということもある。人間の目で追いかけるより確実だ。
やがて、戦場の中心に光の線が引かれていく。それは、戦場を東西に二分する中心線であり、両軍を分かつ絶対境界線である。
試合開始の合図が鳴るまで、絶対線を越えることは許されない。が、絶対線の内側でならば自由に移動し、配置を変更することは可能である。
両軍の陣地、その最奥部に大きな門が生成される。
星門と呼ばれるそれは、それぞれのチームが死守しなければいけない防衛対象といっていい。
逆を言えば、相手チームの星門を攻撃することが、勝つための重要な点といえる。
攻撃と言っても直接攻撃するわけではない。
大きく口を開けた星門、その中に星球を叩き込むのだ。
それで、得点となる。
星門には、守将がつく。
当然、守将は星門を守るために全力を振るい、魔法を使う。そう簡単には得点を取ることは出来ないということだ。
対抗戦における閃球は、前半三十分、後半三十分の合計一時間行うことになるが、制限時間を越えても同点だった場合は、十分間の延長戦を行う。延長線は、一点先制した方の勝利となり、それでもなお決着がつかなければ引き分けとなる。
「それが当初の狙い、だったよね」
「そうだ。競星の得点で他校を突き放した上で、閃球で粘りつつも無駄に消耗しない、っていうのが、おれの考えた戦略……だった」
圭悟が、いった。
「閃球の総合得点に与える影響は、決して小さくはないが、大きすぎることもないからな。護りに徹して全試合引き分けに持ち込めれば、勝ち点四。それは他校の勝敗如何に関わらず、大きな意味をなす……はずだった」
「さきほどからどうした? 自信がなさそうだな」
「そうなんすよ。まさかここで叢雲が食いついてくるとは考えてなかったって言うか、圧勝するばかりと」
「たかだか一試合で勝敗が決まるわけもないだろうに」
「そうなんですよねえ」
「圭悟くん、もしかして不安?」
「……ちげえよ。ただ、戦略を立て直しただけだ」
法子に対するのとは違い、圭悟は幸多には格好を付けて見せた。控え室内の端末を操作し、幻板の一つに情報を映す。
それは、閃球の組み合わせ表であり、二日前に発表されたものだった。
「これは見たよな?」
「うん」
「初戦は天燎対御影だったよね」
真弥の言うとおり、閃球の一試合目は、天燎高校対御影高校と表示されている。
「そうだ、御影だ。中島、御影はどうだったっけ?」
「御影高校は、雑魚だよ」
「雑魚?」
蘭の口から想像だにしない言葉がでてきたものだから、幸多は唖然とした。そこから始まる蘭の説明は、辛辣と言って良かった。
「そう、雑魚。予選大会を見て思ったんだけど、彼ら、閃球がこの上なく下手なんだ。個々人の実力は、さすがに決勝大会に進出するだけあって素晴らしいものなんだけど、そのせいなのかな。個性がぶつかり合って、連携がまったく取れていなかったんだよ。練習と努力の形跡は見られるんだけど、てんで話にならないね」
「つまり、だ。そこに付け入る隙がある、ってこった」
「なにがつまりだ。端的に説明したまえ」
「初戦の御影戦には、先輩に気張ってもらって、たくさん得点を取ってもらいたいってことっす」
「最初からそういえ、痴れ者」
「わかってたくせにい」
「当たり前だろう」
雷智が法子を小突けば、法子は当然のようにいってのける。
そんな二人のやり取りを横目に、圭悟が一同を見回した。
「……まあ、そういうこった。突然の作戦変更だが、てめーらがやることに変わりはねえ。護りを固め、相手の攻撃を通さないように全力を尽くしてくれりゃあいい。そうすりゃ、うちの大魔王様が勝利をもぎ取ってくださるからな」
圭悟の説明には、怜治と亨梧もほっと胸を撫で下ろしたようだった。
二人が今日まで散々練習してきたのは、なんとしてでも引き分けに持ち込むためだけの守備練習であり、連携の訓練だった。
閃球は、勝たなくていい、勝ち点四をもぎ取れれば、それで十分だ、と圭悟は考えていた。しかし、どうやらそれだけでは危険なのではないか、と、競星の結果を見て考え直したのだ。
とはいえ、試合開始直前になって、練習してきたことが無意味になるような作戦変更では、さすがの怜治も亨梧も混乱するだけだ。
二人が安堵するのは当然だったし、それは幸多も同じだった。
特に幸多は、閃球において大きく足を引っ張る可能性がある。
「任せたまえよ」
そういって胸を張る法子の頼もしさたるや、これまでの部活での練習で散々ぼこぼこにされてきた事実が積み重なって、圧倒的なものとなっていた。
幸多は、なおのこと、法子の実力を肌で感じている。練習だけでなく、大会本番でも、その力は遺憾なく発揮されているのだ。
法子は百人力だ、という圭悟の評価は、正しいとしか思えなかったし、おそらくその評価が覆されることはあるまい。
少なくとも、幸多はそう確信している。




