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第四百二十五話 連続爆破事件(一)

「きみたちは、いったい、なにを考えているんだ? こんなことをしても、なにも変わらない。なにも変わりようがない」

「太陽を取り戻す――そう教えて差し上げたでしょう? 升田ますださん」

 松下まつしたユラが艶然えんぜんとした微笑みを向けてきたことそのものには動じなかったものの、升田春雪(はるゆき)は、室内各所に浮かぶ幻板げんばんを流れている一連の報道には、苦いものを感じずにはいられなかった。

 葦原あしはら市内各所で発生した爆破事件に関する報道である。

 爆発の規模、内容からして、同一犯による犯行だと推測され、連続爆破事件として扱われ、様々な情報が交錯している。

 央都始まって以来の大事件に発展するのではないか、と、危惧する声もある。

 央都が誕生して五十余年。

 その間、様々な事件、事故、犯罪があった。しかし、いずれもが魔法に関連するものであり、魔法犯罪として片付けられるものばかりだった。魔法を使った銀行強盗、魔法を使った殺人事件、魔法を使った誘拐事件、魔法を使った――ありとあらゆる事件に魔法が結びつくのは、魔法社会ならば当然のことだった。

 魔法は、極めて万能に近い力だ。魔法を使えばなんだってできる。

 空を飛ぶことも、姿を隠すことも、厳重に施錠された扉を突破することも、市内各所に設置された監視カメラをあざむくことも。

 故に、魔法犯罪に手を染める魔法士が後を絶たないのだし、社会そのものが魔法犯罪対策に力を入れていかざるを得ないのだ。

 人類が魔法を手に入れ、一般的な技術となった時点で避けられない事態だったし、時代なのだ。

 しかし、この央都において、魔法犯罪になんの利点もない。確かに、犯行そのものを成功させるには、魔法を使うのが一番だろう。だが、魔法を使えば、その場に魔力が残留するものだ。そして、残留魔力から固有波形を検出することは難しいことではない。特にノルン・システムを擁する戦団にとっては、児戯に等しい。

 まさに瞬く間に犯人を特定できてしまう。

 よって、央都での魔法犯罪の検挙率は、十割というとんでもないものとなっているのだ。

 だから、彼らは、魔法を用いなかった。

 反戦団組織〈スコル〉。

 長谷川天璃はせがわてんりを頭目とする、ネノクニ人のネノクニ人によるネノクニ人のための武装組織は、いま、まさに央都にその凶悪な牙をき、鋭利な爪を突き立てていた。

 この連続爆破事件は、〈スコル〉が起こしているのである。

 〈スコル〉の拠点、その奥まった会議室には、無数の機材が配置されており、稼働している。そして、無数の幻板が所狭しと展開しており、ネットテレビの報道番組や、央都市内各所の監視カメラが捉えた映像を流していた。

 監視カメラが捉えているのは、爆破事件の現場である。

 午前中だけで既に五件もの爆破事件が起きていて、それによって葦原市のみならず、央都全体が震撼しんかんしているのはいうまでもない。

 央都始まって以来の大事件というのは、決して大げさな表現ではあるまい。

 無論、大規模幻魔災害に比べれば大したことはないのだが、しかし、人為的に引き起こされた事件となれば、央都の歴史に刻まれるほどの大事件となるのは間違いない。

 サイバ事件や天輪てんりんスキャンダルにも引けを取らない。

 というのも、央都の中心、葦原市そのものが犯行の対象となり、一般市民が巻き込まれかねない大事件だからだ。

 一連の爆破事件に巻き込まれた市民は一人としておらず、被害者は皆無のようだが、それで安心できるわけもない。むしろ、こうも立て続けに爆破事件が起きれば、不安を駆り立てられ、戦団に対する不信感も募らせてしまうのではないか。

 市民の心情は繊細だ。

 しかもこの数ヶ月以内に、大きな幻魔災害が連続している。

 戦団が約束したはずの平穏と安寧は、どこへ行ってしまったのかと声を荒げる人々がいたとしても不思議ではない。

 それこそ、彼らの思惑通りに、だ。

「太陽奪還計画。〈フェンリル〉総帥・河西健吾かわにしけんごが立案し、計画したそれは、サイバ事件によって失敗に終わってしまった。そして、その結果、多くの同胞が統治機構に囚われ、〈フェンリル〉そのものが解体されてしまい、ぼくたちだけが取り残された」

 長谷川天璃は、幻板の一枚を見据えながら、言った。

 幻板には、ネットテレビの報道番組が流されていて、ちょうど、央都政庁警察部による会見の模様が取り上げられているところだった。

 同一犯による連続爆破事件。

 警察部はこれを看過かんかせず、戦団と全面協力の元、犯人検挙に全力を尽くす――そのようなことを、会見の中で発信している。

 それが天璃には馬鹿馬鹿しく見えて仕方がない。

 天璃は、彼らにはもはやどうすることもできないということを理解しているからだ。

 連続爆破事件は、止まらない。

「ぼくたちは、父さんや母さんが連行されていくのを見ていることしかできなかった。父さんも母さんも、皆も、ただ、太陽を取り戻したかっただけなのに」

「なのに、戦団も統治機構も、我々の前に立ちはだかった」

「だったら、打ち倒すしかないじゃない?」

「……そうか」

 春雪は、天璃たち〈スコル〉の幹部の狂気に彩られた瞳を見つめながら、小さく嘆息たんそくした。彼らにはなにを言っても響かないし、届かない。

 そんなことは、最初からわかっていた。

 春雪の説得に応じる程度の覚悟ならば、わざわざ地上に上がってこないのではないか。地上に上がってきたのだとしても、央都の有り様を目の当たりにすれば、その考えを変えるのではないか。

 央都の日常を謳歌おうかする人々を、そのわずかばかりのありきたりな幸福を奪おうとはしないのではないか。

 だが、彼らは計画を推し進めてここまできていた。

 春雪に接触してきたときには、後は実行に移すだけという状況だったのだ。

「この期《gp》に及んで、あなたは、自身の罪が軽くなることを望んでいるのかな?」

 天璃が、春雪の目を覗き込む。渋い顔をした情報局副局長補佐は、天璃の狂気をはらんだ視線を直視し、頭を振った。

「まさか」

「……ですよね」

 天璃は、苦笑とともに幻板に視線を戻した。連続爆破事件の起きた五つの現場は、遠く離れているのだが、それらになんらかの関連があるのではないか、と無意味な考察を続ける報道番組のくだらなさには反吐へどが出そうだった。

「あなたは、もう、逃げられない。あなたは、ぼくたちに協力し、ぼくたちに情報を提供し、ぼくたちの犯行を後押しした」

「ああ……わかっているよ」

 春雪は、天璃が念を押してくるかのように告げてきた言葉を受けて、静かにうなずいた。

 〈スコル〉は、連続爆破事件を確実に成功させるためにこそ、春雪の協力を必要とした。

 央都の情報を一手に担う戦団情報局、中でも副局長補佐という立場にある春雪ならば、どのような情報だろうとも自由自在に引き出せるのではないか。

 それこそ、天璃たちが春雪に目を付けた理由であり、実際、その通りだったのだ。

 戦団が誇る鉄壁の警備網の隙を突くには、戦団内部から情報を引き出すしかない。

 そして、それを成し遂げたのが、春雪である。

 春雪は、もはや〈スコル〉の一員といっても過言ではないほどに協力していた。

 


「これで六件目か」

 上庄諱かみしょういみなが眉根を寄せたのは、またしても爆破事件の報告が上がってきたからだ。

 八月十八日。

 その午前中だけで五件もの爆破事件が起きていた。そして、午後に入り、一時間ばかりが過ぎた直後だ。六度目の爆破事件が起き、すぐさまその報告が情報局内を錯綜した。

 情報局は、央都内のあらゆる情報を扱う部署である。

 事件、事故、犯罪に関する情報もまた、情報局の元に集まり、それらの分析や解析を行うのも、情報局の重要な役割だ。

「全く、困ったものですな」

「困るどころではないが」

「ええ、まあ……」

 副局長の城ノ宮明臣(じょうのみやあきおみ)は、局長の険しい表情を見つめながら、しかし、どこかで楽観としていた。

 それが諱には気に食わない。明臣は、いつも飄々《ひょうひょう》としていてつかみ所のない男ではあるのだが、しかし、市内で事件が連続しているというときには相応しくない反応と態度だ。

 だが、彼が有能なのは、疑いようもない。

「きみのいうとおりになったな」

 諱は、明臣の目を見つめた。


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