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第四百二十四話 夏休み、晴れ、事件日和

 事件が起きたのは、八月十八日のことだった。

 八月も半ばを過ぎ、夏真っ盛りといった頃。

 気温は高く、日差しもきつかった。街を吹き抜ける風は熱を帯び、歩くだけで汗が流れるほどだった。

 異常気象が吹き荒れる空白地帯とは異なり、央都四市おうとよんしの気候は、四季折々に変化を見せる。

 地上奪還作戦当時には、央都開発予定地も空白地帯となんら代わらない土地であり気候だったのだが、戦団の前身である人類復興隊が土壌どじょうを改良し、気候風土そのものに手を入れたからこそ、人にとって住みやすい土地になったのだ。

 魔天創世によって全滅した生態系が復活したのも、人類復興隊および戦団の努力あればこそだ。

 そんな恩恵よりも夏の暑さに辟易へきえきするのが人情というものだろうし、だからこそ、不満が口を突いて出るのだ。

「四季折々に見せる様々な気候こそがこの島国特徴だったっていうけどよ、おれはどうかと思うわけよ」

 圭悟けいごは、夏の日差しの真っ只中を歩かなければならないことの辛さ、面倒くささを説くのだが、それを聞いている友人たちは、いつものように顔をしかめている。彼が夏の暑さに文句を言うのは、子供の頃からなんら変わらない、まさに風物詩といえた。

「またその話? 毎年言ってない?」

「毎年どころか、夏と冬になればいってくるよ」

「恒例ですものね」

「んだよ、わりーかよ」

「わりーわよ。皆代みなしろくんならそんなこといわないもの」

「どうだかね」

「なによ?」

 真弥まやは、圭悟が鼻で笑う様を見て、むっとした。

「おれたちゃ、皆代のことなんてなんも理解してねーだろーが」

「まだ知り合って半年も経ってないしね」

「でもでも、皆代くんは、圭悟とは違うわよ」

「それもそうですが」

「そうなのかよ」

「そうだよ?」

 紗江子さえこらんが、真弥の発言を後押しするようにいえば、さすがの圭悟も苦笑するほかなかった。

 四人は、葦原市南海区海辺町あしはらしなんかいくうみのべちょうを目的地に向かって歩いている最中である。

 八月中、央都四市のあらゆる教育機関は、夏期休暇期間であり、高校生である圭悟たちも当然のように夏休みを満喫していたのだ。

 四人は、長い付き合いだ。

 それこそ、物心ついたときからの知り合いだったし、幼馴染みであり、親友であることを隠そうともしない間柄だった。全員が全員、互いのことを知り尽くしているといっても過言ではなく、まさに気の置けない関係なのだ。

 そんな四人に共通する今年になってからの友人として、皆代幸多(こうた)がいる。

 同い年で、同じ学校、同じ教室に通う間柄である彼は、魔法不能者でありながら抜群の身体能力を誇り、六月の対抗戦決勝大会では大活躍したものである。

 圭悟たちにしてみれば、この場に彼がいてもおかしくはないという感覚があったし、一緒に夏休みを楽しみたいと強く想っていた。

 だが、彼の立場を考えれば、そんなことができるわけもない。

 幸多は、戦団に入った。

 しかも、実働部隊たる戦務局戦闘部に、である。

 魔法不能者が戦闘部に入るなど前例のないことであり、それだけで大事件といえるのだが、さらなる大事件は、彼が活躍しているという事実だろう。

 幸多は、魔法不能者でありながら、幻魔討伐の実績を重ね続けており、いまや央都市民の中に知らないものはいないくらいの知名度になっていた。

 魔法不能者の戦闘部導士という時点で注目されるのだから、そこに実績を積み重ねれば、人気も上がるというものだろう。

 圭悟たちにしてみれば、自慢の親友だ。しかし、同時に心配でもある。

 戦闘部に所属すると言うことは、常に命の危険に曝されるというのと同義だ。

 戦団の部署の中でも戦闘部は、幻魔や魔法犯罪者と直接対決するのが役割であり、死と隣り合わせの職場といっても過言ではなかった。

 実際、幸多は死にかけている。瀕死ひんしの重傷を負い、数日間、意識不明の重体になっていたこともあるのだ。彼が意識を取り戻すまでの圭悟たちの心境たるや、凄まじいものがあったものである。

 戦闘部に入り、幻魔と戦うことが幸多の夢であり、願いであり、望みだ。

 だから、圭悟たちもそれを止めることはできないし、いまからでも辞めて欲しいなどとは、口が裂けても言えなかった。

 戦闘部がなければ、央都は成立しない。

 戦闘部の活躍があればこそ、央都市民は、平穏と安寧あんねい享受きょうじゅできているのだ。

 もっとも、そうした評価も、最近の大規模幻魔災害の頻発ひんぱつもあって、変わりつつあるのかもしれないが。

 しかし、夏休みを満喫する学生たちがそこかしこに見受けられる様子を一望すれば、戦団戦闘部あってこそのこの平穏極まりない風景なのだろうと思わざるを得ない。

 もし、幸多が戦団に入っていなければ、今頃、圭悟たちとともに夏休みを満喫していたに違いないと思う一方で、そうならなかったかもしれない、とも、考えたりもする。

 幸多は、戦団に入ることを目標に生きてきた。そのことは彼の言動からも明らかだった。

 そのためだけに体を鍛え抜き、魔法士にも負けず劣らずの戦闘能力を得たのだ。

 もし、対抗戦決勝大会に敗れ、優秀選手に選ばれもしなかった場合、来年の対抗戦を見据えて動いていたのではないか。

 天燎てんりょう高校対抗戦部にとって、今年こそが最大最高の好機であり、唯一無二の機会としか言いようのない状況だったとはいえ、だ。

 幸多が、そんなことで諦めるわけもないだろう。

 それは、圭悟たちに共通する想いだった。

 幸多は、きっと、諦めない。

 高校三年生の最後の大会まで足掻あがき続けるに違いない。

 そういう彼だから圭悟たちも大好きなのだし、もっと知りたい、もっと仲良くなりたいと思うのだ。

 彼と遊べる機会は、どんどん減っていく。

 これから先、以前のように幸多と馬鹿をすることなどできなくなるのではないか。

 そんな漠然とした不安が圭悟の中に過っていて、だから、どうしようもなく馬鹿なことを言いたくなってしまうのかもしれない。

 南海区海辺町は、その名の通り、葦原市の南に広がる海に面した区画の中でも特に海と関わりの深い土地だ。

 葦原市の中で西稲区美浜町せいとうくみはまちょうも海に接しているが、美浜町の海側は工業地帯として発展しており、観光地としての海は、海辺町のほうが価値がある、などと言われたりもする。

 市民に開かれた浜辺もあり、夏になれば海水浴目当ての人々で溢れるのも当然といえるのかもしれないし、海水浴客目当ての商売が成り立つのも、当たり前なのだろう。

 海辺町南東部は、特にその傾向が強い。

 海岸線へと至る長い傾斜を歩きながら、圭悟たちは、夏の日差しを浴びて白く輝く砂浜に目を細めたりした。

 南海区海辺町茜浜(あかねはま)

 夜明け、夕焼けとともに茜色に輝く砂浜が印象的で、そう名付けられたという。

 浜辺に向かっているのは、圭悟たちだけではない。

 央都四市のうち、自前の海水浴場を持たない出雲市と水穂市からの海水浴客も少なくなかった。

 大和市には、自前の海水浴場があり、そこもまた、市民で賑わっているという。

 そんな海水浴場を目前にして、圭悟は、ふと足を止めた。

「ありゃあ、なんだ?」

「なによ?」

「どうしたの?」

「あら?」

 圭悟が見遣ったのは、四人が向かう海水浴場とは全く異なる方角であり、道幅の広い車道の上だ。ゆったりとした傾斜が海岸に沿うように走っているのだが、その傾斜の上、通行禁止を示す立体映像が大きく展開していた。

 周囲には、戦団の導士たちが警備に当たっていて、なにか事件でもあったのではないかと想像させた。

「通行止めって、なにがあったのかしら?」

「やけに交通量が少ないと思ったら、そういうことか」

「事件の臭いがするな」

「だとしても、わたくしたちには関係ありませんよ」

 圭悟がにやりとしたのを見て、紗江子が忠告した直後だった。

 圭悟たちの遥か前方、通行禁止の看板の向こう側で閃光が走った。

 そして、凄まじい爆発が起きたものだから、圭悟たちは言葉を失った。

 その日、葦原市を襲った連続爆破事件、その始まりである。



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