第四百二十話 星を視よ、と、彼は言った
朝彦による直接指導は、適度に休憩を挟みつつ、長時間に渡って行われた。
統魔、ルナに続き、枝連、剣、字、香織という皆代小隊の全員が、朝彦と一対一の対戦形式の訓練を行っている。
朝彦は、煌光級二位の導士だ。導士の階級でも上から数えたほうが早く、その実力、実績ともにずば抜けていることはいうまでもない。
そんな導士に直接的に指導してもらえる機会というのは、そうあるものではなく、故に、皆代小隊の面々には気合いが入っていた。
朝彦も、そんな後輩たちの意気込みに全力で応えようとしていたし、事実、全身全霊でぶつかり合った。
そうでなければ、訓練の意味がない。
朝彦は、本荘ルナの本質を見極めるためだけでなく、皆代小隊の練度を高めるためにも、今回の直接指導を行うに至っているのだ。
皆代統魔は、昨年一年間の活躍によって戦団期待の超新星と呼ばれるほどにまでなった。だが、まだまだ輝光級であり、煌光級には程遠い。彼に期待されているのは、煌光級を飛び越え、星光級、つまり、星将となって戦団を率いることだ。
無論、朝彦とて星将を目指している。
そしてそれは、多くの戦闘部の導士がそうであるはずだ。
導士の最高位である星光級に昇級することこそ、導士たちの夢であり、目標なのだ。
そして、数多くの星光級導士を育成することは、戦団そのものの望みでもあった。
戦団が掲げる人類復興の大願を成就させるためには、いまよりももっと多くの戦力が必要だ。それもただ人数を増やせば良いというわけではない。
どれだけ人数が増えようとも、輝光級以下の導士ばかりでは、この魔界に人類の版図を広げることは難しい。
煌光級以上、星光級程度の導士が戦力の大半を構成するようになってくれれば、そのときには、人類生存圏の拡大も夢ではなくなるだろうし、人類復興も叶えられるのではないか。
現在、戦団は、導士の育成に力を入れようとしている。
その一つの案として、伊佐那美由理が導士強化合宿を開催中だが、もしそれが上手く行き、導士たちが一気に強くなるようなことがあるのであれば、正式に採用され、定期的に開催されるようになるはずだ。
ほかにも様々な方法でもって、戦団全体の水準を引き上げようという動きがある。
もっとも、朝彦のそれは、同軍団の後輩を育成するという、ごくごくありふれた出来事の一つに過ぎないのだが。
それでも、朝彦は、統魔がさらに成長してくれることを望んでいるし、彼率いる小隊の隊員たちが、彼を支えられるだけの魔法士として成長してくれることも願っている。
そのためには、どうするべきか、と、彼は考える。
何度目かの休憩を終え、何度目かの幻想空間への潜行によって朝彦の意識は、新たな戦場へと転移した。
今回の戦場は、空白地帯ではない。
出雲市大社山頂野外音楽堂を模した戦場であり、朝彦は、広い広い舞台の上にいた。
対する皆代小隊の六名は、観客席側に転送されている。
「なんでまたこんなところなのかにゃ?」
香織が周囲を見回して小首を傾げれば、統魔もまた、不思議そうな表情で朝彦を見た。戦場を選択しているのは、朝彦だからだ。
「理由なんかあらへんで」
朝彦は、皆代小隊六名を見下ろしながら、告げる。
「なんとなくや。なんとなく、ここがええと思っただけのことや」
とはいったものの、本音は別のところにある。
大社山頂野外音楽堂は、虚空事変と呼称される幻魔災害によって消滅し、現在、ようやく再建の目処が立ったというところだった。
というのも、虚空事変後に観測された魔素異常がついに解消されたからだ。
魔素異常の解消によって山頂周辺の安全が確認され、それとともに野外音楽堂再建計画が動き出した。大社山頂野外音楽堂は、央都政庁文化振興課が推進する文化振興事業の根幹だったということもあり、再建しない理由がないのだ。
再建計画とはいうものの、新たに建造される予定の野外音楽堂は、外観も内装も以前の野外音楽堂とは全く異なるものであるらしい。
朝彦が戦場として選んだのは、もちろん、虚空事変によって消滅した旧野外音楽堂である。
全体として広々としているのは、当然だ。一万人の観客を収容可能な空間があり、それだけの観客席が用意されている。央都に存在する様々な施設同様、幻魔災害が発生した際のことを考慮されているため、各所の通路は幅が広くなっている。地下通路もあれば、大社山の内部の避難所に繋がってもいた。
どこもかしこも幻魔災害対策が施されているのが、央都というものだ。
しかし、それだけのことをしていても、鬼級幻魔バアル・ゼブルが繰り出した大量破壊攻撃の前では、無力だった。
虚空事変の際は、それこそ、星将・伊佐那美由理があの場にいたからこそどうにかなったのだが、もし、彼女がいなければ数多くの犠牲者が出ていたに違いない。
鬼級幻魔とは、それほどまでに強力であり、圧倒的だ。
獣級幻魔を一蹴し、妖級幻魔を打倒できるだけでは、どうにもならない。
鬼級幻魔に食い下がれるだけの力は、必要不可欠だ。
なにせ、央都には〈七悪《しちあk》〉と名乗る鬼級幻魔の集団が暗躍していて、常に窮地に曝されているといっても過言ではないのだ。
つい先日、未来河花火大会にも〈七悪〉の一、〈強欲〉のマモンが機械型幻魔を投入してきたという事件があった。
機械事変とも呼ばれるそれは、戦団及び央都がこれまでに直面したこともない非常事態だろう。
鬼級幻魔が新種の幻魔を作りだし、けしかけてきたのだ。
それによって葦原市は大混乱に陥り、多数の死傷者が出たという。
戦団の対応を非難する声も少なくなく、市民の間では不安が増大しているという話も、朝彦たちの耳に届いている。
連日、機械事変に関する報道が収まる気配がないのは、ここのところ、大規模幻魔災害が頻発しているからに違いない。
それもこれも戦団の対応が後手に回っているからだ、などという論調には、朝彦たちもなにもいえなかった。
事実だからだ。
戦団は、幻魔災害に対しては、どうしても後手に回らざるを得ない。幻魔災害の発生を予見することができないのだから、致し方のないことだ。対応することでしか、対処できない。
その結果、幻魔災害が発生する度に多少なりとも死傷者が出てしまう。
それを仕方がないで済ませてはいけないのだが、現状、戦団にはどうすることもできない。
央都防衛構想の抜本的な見直しによって解決できるような問題ではないのだ。
幻魔災害は、いつどこで発生するのかわからない。
発生した瞬間には、犠牲者が出ている。
付近の導士が現場に急行したときには、さらに被害が拡大しているのだ。
「虚空事変。鬼級幻魔バアル・ゼブルによって引き起こされた大規模幻魔災害は、幸運にも一人の死者も出すことなく終わった。幸運……幸運以外のなにもんでもないわな」
朝彦は、野外音楽堂を見回しながら、いった。戦場自動撮影機ヤタガラスが撮影した虚空事変に関する記録映像は、何度も見た。
ロックバンド・アルカナプリズムの復活の舞台が、大量の幻魔の出現によって、一瞬にして絶望的な空間へと塗り替えられていく光景。
恐怖と混乱が観客を飲み込んだかと思えば、天野光の歌声がそうした負の感情を圧倒し、導士たちの活躍が幻魔を撃破していく。
そして、天野光が死に、妖級幻魔サイレンが誕生し、皆代幸多が撃破したという一連の映像。
そして、最後に現れたのが、鬼級幻魔バアル・ゼブルだ。
朝彦は、ゆらりと空中に浮き上がると、眼下の導士たちを悠然と見下ろした。
「星を視よ」
朝彦の全身から放出された律像は、複雑にして精緻であり、幾重にも重なり、無数に絡み合いながらも、爆発的な勢いで増大していった。
統魔は、舞台の上空に浮かび上がった朝彦が、超高密度の魔力と律像の塊のようになっていく様を目の当たりにして、杖を構えた。
それは、知っている。