第四百十九話 杖長・味泥朝彦(五)
ルナの身体能力は、ずば抜けている。
それこそ、皆代幸多に匹敵するほどであり、魔力による強化を得たのであれば、彼を大きく上回ることだって不可能ではないのではないかと思えた。
朝彦は、弾幕を突き破って殺到してきたルナの突進を紙一重で躱して見せながら、即座に魔法を放って吹き飛ばしつつ、感心する。
難点があるとすれば、ルナは、直線的に過ぎるということだろう。そして、感情が出過ぎている。それはさながらに強烈な殺気といってよく、歴戦の猛者ならば瞬時に把握し、対応できるものだった。
いままさに朝彦がやって見せたように。
直線的な攻撃ほど避けやすいものはない。
しかも、直線的なのは、なにもルナの攻撃だけではなかった。
彼女が形成する律像もまた、極めて直線的であり、直接的といっても過言ではない代物だったのだ。
律像は、魔法の設計図だ。それを読み解くことができれば、対処することだって不可能ではない。
高度な魔法戦になれば、後の先の取り合いに発展することだってあるほどだ。それほどまでに魔法戦において律像は重要であり、だからこそ、朝彦のような高位の魔法士は、律像を複雑化させる。
安易に読み解けないように、様々な意図を織り交ぜ、本命の魔法を隠すのだ。
ルナが、朝彦の魔法に打ち上げられながらも空中で反転したのは、飛行魔法の力だ。飛行魔法は、一般市民でも使える初歩的な魔法である。その精度こそ、導士と市民の間には歴然たるものがあるものの、使えることそのものに驚くことはない。
ルナの周囲に律像が浮かぶ。超高速で変化し、密度を変えていく律像には、朝彦も注目する
「月華乱咲!」
ルナが真言を発した瞬間、律像が拡散し、魔法が発動した。
朝彦の全周囲を包み込むようにして、無数の花弁が舞った。それも桜の花弁だった。朝彦は、瞬時にその場を離れようとした。飛行魔法によって中空を移動することは容易い。それも高速度で、だ。だが、朝彦が移動した瞬間、花弁が爆ぜた。
朝彦の全周囲で同時に爆撃が起きれば、さすがの彼も直撃を受けざるを得ない。
「なかなか、やるやんけ」
もっとも、朝彦は、爆発の直撃を受ける寸前に導衣に仕込んだ簡易魔法を発動させていたため、全ての衝撃を和らげることに成功しており、軽傷で済んでいる。
とはいえ、かなりの数の爆発が同時に発生したということもあり、そのすべてを相殺しきることはできなかった。
それは単純に朝彦がルナを侮ったという面も大きい。ルナの直線的な攻撃、直接的な律像を目の当たりにして、たかをくくってしまっていたのだ。
朝彦は、大いに反省し、だからこそ、爆光の彼方から迫り来る膨大な魔力にも対応できている。
「月華烈風!」
「見え透いとるで」
ルナが突進とともに繰り出してきた魔法の斬撃を光の剣で受け止めながら、朝彦は告げた。ルナは、全周囲爆撃によって朝彦に大打撃を与え、止めを刺すために追撃としての斬撃を放ってきたのだ。
朝彦は、光の剣によって魔法の斬撃そのものを受け流し、翻って、ルナの背中に右の踵を叩き込んだ。魔力を込めた打撃は、さすがの人外にも通用するはずだ。
事実、ルナは、甲高い悲鳴を上げながら地上へと落下していった。
地面に突き刺さった体を唸りながら引き剥がし、空を睨む。上空の朝彦をだ。
「相変わらずすっごいよねー、ルナっち」
香織が、ルナの奮戦ぶりに感嘆の声を上げる傍らで、統魔も彼女の動きの良さにほっとしていた。
ルナは、一般市民に毛が生えた程度の魔法士に過ぎない。魔法士としての実力だけで言えば、導士の中でも最下位を争うくらいだろう。
戦闘部の導士でいえば、ぶっちぎりの最下位に違いない。
今年、星央魔導院を卒業し、入団したばかりの導士たちよりも遥かに低い魔法技量であることは、疑うまでもない。
当然だ。
彼女は、一般市民として生まれ育ち、つい先日まで戦うために魔法を使うことなど考えたこともなかったはずだ。
多くの一般市民がそうであるように、日常生活を便利にするための魔法こそ多用すれど、対象を攻撃したり、魔法攻撃等から身を守るための魔法を使うことなどありえないのだ。
そういうことは、戦団の導士に一任すればいい。そのための戦団であり、そのための導士であり、そのために税金を収めているといっても過言ではない。
一般市民がわざわざ危険を犯す必要はない。
よって、一般市民上がりの導士は、魔法の練度や技量が極めて低くなりがちだ。
ただし、星央魔導院以外の方法で戦団に入ることを目指しているような市民は、その限りではない。
ある程度の魔法技量がなければ入団試験を突破できないのだから、当然と言えば然だろうが。
そして、ルナの魔法技量が低いのもまた、当然なのだ。
そんな彼女がある程度戦えるようになったのは、彼女が皆代小隊の一員となってから、日夜、努力しているからにほかならない。
毎日のように鍛錬と研鑽を積み重ねているからこそ、一般市民よりは圧倒的に上といっても過言ではない魔法技量を得ているのだ。
「あれだけ嫌がってたのにね」
「そりゃそうっしょ」
剣の苦笑に香織が当然のような顔をして、いった。
「だって、ルナっち、たいちょーの側にいたいんだもん」
「そうですね。ルナさん、隊長に見捨てられたくないってずっといっていますもの」
「見捨てる?」
統魔は、香織や字の発言を聞き咎めた。
ルナが朝彦と激しい空中戦を繰り広げ、魔法の爆発が幻想空間を震撼させている。
「おれが?」
「隊長がそんなひとじゃないことは、わたしたちは知っていますが」
「ルナっち、たいちょのこと、よく知らないじゃん?」
「それに彼女は、自分が人間ではないということにとてつもない負い目を持っているようだ。だから、だろう」
「いつまた統魔くんと敵対することになるかもしれないから、だから、気が気じゃないんだ。きっと」
「……そうか」
統魔は、隊員たちによるルナ評を聞いて、彼女に視線を戻した。苛烈なまでの魔法合戦は、とても半月前まで一般市民だった人物のものとは思えない。
無論、彼女が人外の怪物に等しい存在であり、人間とは比較にならない魔素質量を内包しているということも関係しているのだが、それにしたって、戦闘技量は関係ないはずだ。
少なくとも、統魔はそう思う。
ルナが日々、香織や字に頼み込んで訓練に付き合ってもらっているからこそ、朝彦に食らいつくことが出来ているのだ。そうでなければ、朝彦の圧倒的な魔法技量の前に為す術もなく、地に伏していたに違いない。
ルナは、必死だ。
彼女は、自分が人間ではないことを自認している。先程も、朝彦に対し、そのような発言をしたように、人間ならざる幻魔ならざる未知の存在であることを了解しているのだ。そして、そのことが彼女自身を苦しめていることは、想像に難くない。
いっそのこと、開き直れれば、多少なりとも楽になれるのだろうが、ルナは、そういう性格ではない。
他者のために自分を犠牲に出来るような、そんな精神性の持ち主なのだ。
だから、自分が人類を害する存在なのではないかと考え込み、苦悩し、恐怖している。
そんな彼女の頑張りは、統魔自身、良く理解していた。
訓練中に弱音を吐くことはなく、統魔にしがみつくこともない。そんなことをすれば、すぐにでも置いてけぼりにされてしまうということを理解しているからだ。
皆代小隊において、もっとも魔法技量が低く、戦闘練度も低いのがルナだ。そのことを誰よりも理解しているからこそ、彼女は、吼える。
大地を蹴り、空中に飛び上がって、朝彦に食らいつこうとして、吹き飛ばされては立ち上がる。
何度も、何度でも。
統魔は、そんな彼女の姿にある少年の面影が重なって見えた。
幸多だ。
圧倒的な魔法の才能と素養を生まれ持った統魔に対し、幸多は、何度だって食らいつこうとした。
それは、統魔が皆代家に引き取られた直後のことであり、統魔が幸多を魔法不能者として、完全無能者として見下していた頃の話であり、今や遠い過去のことだ。
だが、その過去があるからこそ、今の自分がいるのだということは、他ならぬ統魔自身が理解している。
それはつまり、ルナの現在が、彼女の輝かしい未来に繋がるということを意味しているのだ。




