第四十一話 大番狂わせ
『なんという、なんということでしょうか! 大番狂わせ! まさに大番狂わせが起きました!』
実況の声が、一段と高く、猛烈な熱を帯びていた。
『決勝大会初出場の天燎高校が! 競星において! 一位を飾りました!』
『まさに大番狂わせ、というほかありませんね。下馬評において、天燎高校の評価は芳しくありませんでした。しかも皆代幸多乗手は、魔法不能者ですから、ゴールすることすら危ういのではないかと、誰もが思っていたことでしょう』
『そうですね! 予期せぬ、だれもが想像すらしていない結果に違いありません! 素晴らしい、最高の勝利でしょう!』
言いたい放題な実況と解説に目くじらを立てる必要がなかったのは、目の前に展開されている結果のおかげに違いなかった。普段ならば怒鳴りつけ、毒づいているに違いないような発言の数々も、いまならば笑って許せそうだ。
それほどの感動が、圭悟を震わせていた。
圭悟だけではない。
天燎高校の控え室にいるだれもが、幻板を覗き込んだまま、圧倒的な感動に打ち震えていた。
幻板には、表彰台に登る幸多と法子、二人の姿が映っている。
その二人の活躍があればこその一位だった。どちらか一人が欠けても駄目だったことは、内容を見ればわかることだ。法子だけでも、幸多だけでも出来なかった。
二人が全身全霊で挑んだからこその勝利なのだ。
大番狂わせとはまさにこのことだろう。
「一位だよ、一位!」
「予定通りだぜ、さわぐんじゃねえよ」
「なに透かしたこといってんのよ、感動してるくせにさ」
「うっせえ!」
圭悟は真弥を黙らせたいと思いつつも、彼女の瞳が幻板の光に反射して輝いている様を見れば、黙り込まざるを得なかった。真弥の目が潤んでいる。
「わたくし、感動しました……!」
「ぼくだってそうだよ、本当に、こんな気持ちになるんだなって……」
紗江子と蘭も声を上擦らせながら、幻板を見つめている。
表彰台から最初に降りた幸多が、法子に手を差し伸べる。
法子は、その手を取り、優雅に降り立った。
その光景は、一生忘れないだろう、と圭悟たちは思うのだ。
「さすがの法子ちゃんだったけれど、幸多くんも凄かったわねえ」
雷智が賞賛すれば、亨梧が同意する。
「まったくっす」
「おれにはできねえぜ、あんなのよ」
「おまえだけじゃねえよ、だれにだってできるかっての」
あんなのとは、もちろん、幸多の法器飛び移りのことだろう。あれができたのは、幸多が法子に全幅の信頼を寄せていたからであろうし、法子ならば必ず間に合うと確信していたからに違いない。
でなければ、自殺行為にほかならない。
そして、法子は幸多の信頼に応えた。
法子の活躍もまた、凄まじい。
法子の飛行魔法の精度がなければ、天神高校のばら撒いた魔法泡を回避しつつ、さらに叢雲高校の妨害魔法を避けるなどという芸当はできなかっただろう。実際、星桜高校と御影高校は、叢雲高校の餌食になってしまった。
その結果、叢雲高校は、総合得点で天燎高校に並んでいる。
それは叢雲高校にとっては最低限の結果に違いないが、天燎高校としては最悪の結果といえた。
「しかし、いくらなんでも撃破点が重すぎるな」
「そうだね。でも、去年までだったら、そこまで重くならなかったんだよ」
「そうなの?」
「決勝大会は、央都四市の予選を勝ち抜いた四校で行われることになっていたからね。今年は予選免除権のおかげで五校になって、撃破点の重みが増したんだ。四組中二組落とすより、五組中二組落とすほうが、難易度は低そうでしょ?」
蘭が至極当たり前のように言ってきたので、圭悟と真弥は顔を見合わせた。彼の説明は理解できないものではないが、かといって、納得性の低いものだ。
「それはそうだけど……」
「簡単なこっちゃねえだろ」
「そうだよ。だからこそ、撃破点は重いんだ」
「重えよ」
圭悟は、毒づきたくなった。おかげで点差が開くはずの場面で、一切開かなかった。
総合得点において同率一位なのだ。しかも、蘭が要注意校と名指しした叢雲高校が、だ。
これにはさすがの圭悟も顔をしかめるほかなかった。
戦略の立て直しを迫られている。
そのとき、控え室の扉が開いた。
「こちらも撃破点は手に入れたぞ、我らが主将の活躍でな」
などと法子がいってきたものだから、蘭は目を丸くした。法子が外で室内の様子を窺っていたことがわかったからだ。
続いて、幸多が控え室に入ってきた。幸多は、明らかに喜びに満ちた顔をしており、全身から眩いばかりの光を放っているようですらあった。
「おかえりなさーい!」
「お疲れ様でした!」
「やったじぇねえか、幸多!」
「凄かったよ、皆代くん!」
「お帰りなさい、法子ちゃん、幸多くん!」
「ただいま、みんな!」
幸多は、全身で喜びを表すようにして出迎えてくれた皆に対し、はにかんだ笑顔を見せた。この喜びを表す言葉はなく、体でも示しようがなかった。
控え室の扉を開いたまま立っていた法子が、ようやく、悠然とした足取りで室内に入ってくる。あれだけの飛行魔法を使いながら、その足取りは軽く、どこをみても疲労ひとつ、消耗ひとつ感じさせなかった。
そして彼女は、椅子に腰掛ける雷智の膝の上に腰を下ろした。雷智は当たり前のように法子を受け入れ、優しく抱きしめる。
「刮目して見ていたか? 者共よ」
「者共って」
「もちろんっす! 姐さん」
「だれが姐さんだ。法子様と呼び崇め讃えよ」
「はい、法子様!」
「いや、やっぱりなし。気持ち悪い」
「そんなあ」
「亨梧の奴、いつの間にあんなことに……」
怜治が愕然とした様子で、法子に縋り付こうとして蹴り倒される亨梧を見ていた。圭悟がそんな怜治に笑いかける。
「同情するぜ」
「しなくていい」
怜治が頭を抱えながらいった。
それから、控え室内は、先程の試合で話題一色になった。
「目標通り、一位通過だ。さらに撃破点で二点加算の合計五点。中間点も欲しかったが、まあ、こればっかりは仕方がねえ」
圭悟が幻板に映し出された得点表を睨みながら、苦い顔をした。
総合順位は、現在、天燎高校と叢雲高校が同率で一位に並んでいる。いずれも五点。この点数が今後どのように響くかはわからない。
対抗戦でもっとも大きな影響を与えるのは、最終戦の幻闘だといわれている。が、それまでにできるだけ得点を稼ぐことに意味がないかと言えば、そんなわけもなかった。
得点は、取れる限り取るべきだ。
法子が、雷智に髪を撫でられながら、スポーツドリンクを飲み干す。一切疲労感を見せない彼女だが、実際には消耗しているのかもしれない。
「天神高校め。失格になるくらいならば、最初から飛ばさず、中間点もわたしたちに譲れば良かったのだ」
「結果論よ、法子ちゃん。あのとき幸多くんが飛びかからなかったら、抜かれたままだったわ」
「それはわかっている。冗談を言ったまでだよ。それに皆代幸多の活躍に関しては、わたしが一番理解しているつもりだよ」
法子は、雷智に笑いかけ、その手を握り返した。
幸多は、極度の緊張のせいなのか、凄まじいまでの空腹感に襲われていた。その空腹を満たすため、控え室のテーブルに山盛りにされたおやつを片っ端から口に放り込んでいる。
「全部先輩のおかげですよ」
「そうだな。しかし、きみの奮戦もあればこそ、わたしの力が生きた。きみ以外のだれにもあれを真似することは出来なかっただろう。もっとも、きみ以外の、たとえば雷智が乗手ならば、あのような事態にはならなかっただろうが」
「でも、それだと駄目なのよねえ」
「ああ、その通りだ」
雷智の言葉に法子が大きく頷く。
法子の目は、まっすぐに幸多を見つめていた。
「この戦いは、きみのためのものだ。皆代幸多。優勝を目指しているのはきみひとりであり、わたしたちは、そのきみの夢のために力を貸しているだけに過ぎない。である以上、きみが先頭に立って、その覚悟と決意を示さなければならなかった」
それは、法子から何度となく聞かされたことだった。本当の意味で対抗戦の優勝を目指しているのは、天燎高校では幸多ただ一人なのだ、と、何度となくいわれてきた。
肝に銘じろ、と、法子は言った。
特に怜治と亨梧には、対抗戦に全力を費やす理由がなく、いつ手を抜き、力を抜いたとしてもおかしくはなかったし、それを責める権利など誰にもないのだ。
だからこそ、幸多がみずから示さなければならない。
「そして、いままさにそれは示された。そうだろう、者共」
法子が、控え室内の一同を見回す。その眼力の前には、首を横に振れるものなどいなかっただろう。無論、法子にはそうした覚悟を強制するつもりはない。そのような権利を持ち合わせていると思ってもいなかった。
ただ、純粋にそう思っただけのことだ。
「先輩の仰るとおりです。が」
「なんだ?」
「おれは、最初から優勝目指してますから」
圭悟は、幸多に向かって力強く笑いかけた。圭悟には圭悟なりの考えがあり、理由がある。
それは、命を懸けるに値する理由だ。
「なあ、幸多」
「うん!」
幸多は、圭悟の発言にただただ嬉しくなって、力一杯頷くほかなかった。
幻板に映し出された会場では、大会運営によって次の競技の準備が進められている。
つぎの競技は、閃球だ。




