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第四百十五話 杖長・味泥朝彦(一)

 第七衛星拠点の日々は、忙しない。

 ルナは、全く以て寝足りないというのに起きなければならないという理不尽に全力で抗おうとしつつも、香織かおりあざなに布団の中から引っ張り出され、仕方なく起き上がった。が、すぐに眠気が顔をもたげてきて、彼女の意識に絡みつくものだから、香織たちにしなだれかかるしかないのだ。

「ねむいよー」

「だよねー、眠いよねー」

「ねかせてよー」

「駄目です」

 香織と字は、ルナの長身が寄りかかってくるのを支えながら、なんとかして彼女を部屋から連れ出そうとした。

 衛星拠点は、広い敷地内にいくつもの兵舎がある。

 階級によっては個室を貰えるのだが、最下級の灯光級三位であるルナに個室が宛がわれるわけもなく、香織、字と同じ部屋に寝泊まりしている。

 当初こそ統魔とうまと一緒の部屋がいいなどといっていたものの、いまではそのことで不満をいうことはなくなっていた。

 ただし、いまのように、寝起きが酷いという問題ばかりはどうしようもない。

「だよねー、駄目だよねー」

「かおりはどっちのみかたなのよー」

「あたしはあたしの味方だねー」

「ええ-」

「さすが」

「えっへん」

 そんなやり取りが廊下の向こうから聞こえてきたものだから、統魔は、枝連しれんつるぎに目配せした。

 統魔は、輝光級である。階級的に考えれば個室を持つことも可能だったが、小隊との連帯感を考えた結果、枝連、剣と同じ部屋で寝泊まりすることにしていた。

 小隊で最も重要なのは、信頼である。

 隊員同士の信頼関係こそがなによりも重要であり、その信頼関係を構築することほど難しいことはない。統魔の部下は、ほとんどが学生時代からの知り合いだ。香織も字もそうだったし、剣も同級生だった。

 学生時代から信頼し合っているのだが、だからといってその上に胡座あぐらをかいていてはいけない、ということは、統魔が師の麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうから何度となくいわれていることだ。

 信頼は、得るのは難しく、失うのは簡単だ。そして、失った信頼を取り戻すのは、さらに困難となる。

 だからこそ、日頃から互いのことを信頼し合えるような関係を構築しておくべきであり、常に気にけておくべきだ。

 統魔は、魔法金属で覆われた通路を進み、曲がった先で部屋から出てきたばかりの字たちを発見した。字と香織の二人がかりでルナを引っ張り出したところだったらしく、二人ともいつも通りなんともいえない顔をしていた。

「いつも苦労をかけるな」

「そんなこと、ありますけどー」

「大したことじゃないですよ、隊長」

「とーまー、ふたりがねかせてくれないのー」

「当たり前だろ。もう朝だぞ」

「だってー、でもー」

「だってもでももない」

「うー」

 統魔の存在を認識するなり、目を輝かせるようにして立ち上がり、おもむろに彼に飛びついたルナの様子を見て、字と香織は、やれやれとでもいうような反応を見せた。

 統魔に絡みつくルナの姿に、剣と枝連が互いに顔を見合わせるのは、衛星任務が始まって以来、何度目だろう。

 もはや、見慣れすぎた光景というほかない。

 統魔とルナが同じ空間にいれば、いつだって起こり得た。

 杖長の前ですらそうだったし、軍団長の目の前であっても、ルナは我慢しなかった。

 統魔に触れていないと安心できないのだから仕方がない、とは、彼女の弁。

 麒麟寺蒼秀は、そんなルナではなく、統魔をこそ叱責しっせきしたが、それによってルナが態度を改めてくれることを期待してに違いなかった。

 しかし、ルナが言動を改めるようなことは一切ない。それどころかますます統魔に依存していることは、隊員たちの目には明白だった。

 とはいえ、それは致し方のないことなのかもしれない、とも想うのだ。

 ルナが統魔にこれほどまでに依存するようになった経緯は、字たちもよく理解していた。だから、それを咎めることなど出来るわけがなかった。

 統魔だけが、彼女の理解者になり得ている。

 統魔がその存在を受け入れたからこそ、いまの彼女があるのだ。

 ルナにとっての統魔がどれほど巨大な存在なのか、想像に硬くない。

 とはいえ。

「相変わらず朝からいちゃいちゃしてまんなー。ええ迷惑やで」

 そういって統魔たちに大声で話しかけてきたのは、味泥朝彦みどろあさひこである。第九軍団の杖長じょうちょうである彼は、ダンジョン調査任務以来、なにかと皆代みなしろ小隊を目にかけていた。

 その隣には、味泥小隊の隊員である躑躅野南つつじのみなみが立っている。

「目のやり場に困りますよね」

「それ、本荘ほんじょうの格好のせいやろ」

「そうですが」

「おう、そうか」

 なにやら大いに納得したらしく、朝彦はつかつかと統魔に歩み寄ると、耳打ちした。

「らしいで、皆代。なんとかせなあかんのとちゃうか」

「なんでおれにいうんですか」

「きみの部下やろ、本荘」

「それは……そうですけど」

「部下の面倒をみるんは、隊長の仕事やで」

「わかってますよ、そんなこと」

 朝彦につい口答えしてしまいたくなるのは、彼があまりにも気安く、軽妙な調子で話しかけてくるからだろう。常に明るく、飄々《ひょうひょう》としていて、それでいて抜け目がなく、冷静だ。上司として尊敬できる人物でもあることは、疑いようがない。

 そうはいっても、統魔にも言い分はあった。

 確かにルナの格好は、目に毒だ。統魔たちには見慣れたものになったとはいえ、それでも、時として、どきりとするくらいには露出度が高く、際どさったらない。

 そんな格好で衛星拠点内部を歩き回るなど、破廉恥はれんちにも程がある、などと抗議されることも少なくなかった。

 しかし、そういわれてもどうしようもないのだ。

 ルナのその姿は、どうやら彼女自身が意図したものでもなければ、変化を加えられるものでもないらしい。

 一度だけ、彼女の願いを叶えるように変化したものの、それっきりだ。

 それ以来、ルナは、下着同然のあられもない格好で定着している。そして、そのことを彼女自身は恥ずかしがってもいなければ、なんとも思っていないようなのだ。

 羞恥心がない、というわけでもなさそうなのに、だ。

『人間じゃないからだよ、きっと』

 などと、ルナは、自虐的じぎゃくてきに笑ったが、統魔に笑えるはずもなかった。  

 確かに一理あるのかもしれないが。

 そんなルナの格好をどうにかしたいという気持ちは、統魔にだってないわけではないのだが、どうにもならない以上、慣れてもらう以外にはない、とも思うのだ。

 ルナを戦団の一員と認め、その能力を利用しようというのであれば、そうするしかない。

 朝彦は、そんな統魔の逡巡を表情から察した。本荘ルナの特性については、散々に理解してもいたからだが。

「ま、おれは構わへんけどな」

「はあ」

「せや、朝飯食ったら、訓練に付き合ってくれるか? 今日、非番やろ」

「おれで良ければ」

「おれたち、や」

「はい?」

「皆代小隊全員を鍛え上げたる」

 きょとんとする統魔に対し、朝彦はにやりとした。

「杖長様直々にな」



「おうおう、そんなもんか、超新星!」

 幻想空間に、朝彦の大声が響き渡る。

 空白地帯の戦場を模した幻想空間は、屹立きつりつした岩柱や巨大な窪地、流砂渦巻く大地にと変化に富んだ地形が広がっていて、頭上には、黒みを帯びた青空が横たわっている。

 太陽はなく、雲もない。

 偽りの空。

 偽りの大地。

 欺瞞ぎまんに満ちた虚構きょこうの世界。

 幻想空間とは、そういうものだ。

 統魔は、吹き飛んだ左前腕が瞬く間に復元する様を感覚だけで理解しながら、頭上を仰ぎ見ていた。

 真っ暗な青空の下、巨大な岩柱の上に味泥朝彦の導衣がはためいていた。


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