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第四百一話 おおかみのこども(三)

 城ノ宮明臣(じょうのみやあきおみ)は、戦団情報局副局長を務める人物であり、春雪はるゆきにとっては直属の上司に当たる。

 春雪は、副局長補佐、つまり、彼の側近である。

 付き合いは長く、それこそ、春雪が戦団に入り、情報局に配属されたときからの関係といっていい。

 もっともそのころには既に明臣は副局長としての座を確固たるものとしており、本来ならば新人導士である春雪にとっては雲上人うんじょうびとといっても過言ではない立場だった。

 しかし、戦団は当時から慢性的な人材不足だ。

 央都おうとの人口自体が少ないということもあったし、戦団だけが人の生きる道ではないという圧倒的な事実もあった。

 戦団ほどの力があれば、市民に戦団で働くことを強制することだって不可能ではないはずだったし、それでもなんら問題はないはずなのだが、頑なにそうしようとはしなかった。それが戦団上層部、護法院ごほういんの考えだというのであれば、春雪たちにいなやもなにもあったものではないのだが。

 そのしわ寄せが戦団の人手不足、人材不足という事態に直撃しているのだから、打開策の一つでも提案したくなるものだ。

 もちろん、市民の戦団への強制的な徴用ちょうようなど、どのように提案したところで採用されるはずもなければ、今となっては、春雪もそのような考えを提案しようとは思わないが。

 ともかく、魔暦まれき二百年当時も人材不足だったこともあり、情報局は新人育成に力を入れていた。

 情報局は、戦団のみならず、央都の根幹といっても過言ではない部署だ。

 統合情報管理機構ノルン・システムを直接的に管理し、ノルン・システムが集積し続けている膨大な量の情報を様々に扱っている。専門的な知識や技術が必要であり、だからこそ、情報技術に秀でた春雪に目が付けられ、情報局に配属され、さらには明臣が彼の先生となった。

 明臣が戦団に入ったのは、魔暦百七十一年のことであり、戦団がまだ人類復興隊と名乗っていた時代である。第一次央都移住計画に参加した彼は、二百名の地上移住希望者とともに央都に上がり、そのまま戦団に所属したという。

 当時、央都は開発途上であり、住民は、人類復興隊の隊員だけだった。当然ながら圧倒的な人手不足であり、その不足を補うためにこそ、人類復興隊は、ネノクニの政府たる統治機構と交渉し、央都移住計画を立ち上げることとなったのだ。

 なにもかもが遠い昔の話だ。

 五十年以上もの過去。

 春雪は二十年前にこの地を訪れ、明臣と出会い、彼に情報局の全てを叩き込まれ、今に至っている。

 なぜ、そんなことが脳裏のうりを過ったのか。

 春雪は、相も変わらぬ飄々《ひょうひょう》とした様子で部下たちに挨拶をして回る、まるで理想的な上司そのものを体現するかのような明臣の姿を見ていた。

 明臣は、いつもそうだ。情報局に所属する全導士に声をかけずにはいられなかったし、その際、応対する導士の反応や表情から様々な情報を読み取るという癖がある。

 長年、情報局の副局長を務めてきたせいだ――とは、明臣の弁。

 そして、明臣が副局長の席に着こうとして、その隣の席に目を向けた。春雪の視線に気づいたのだ。

「おはよう、升田ますだくん。今日も悲しそうな顔でなによりだ」

「なにより、ですか」

「いつも通りなのは悪いことじゃない」

「それは、そうでしょうが」

 とはいえ、悲しそうな顔といわれて嬉しい人間はいないのではないか、と、春雪は思わざるを得ない。しかし、否定しようもないのも事実だった。

 春雪は、常に悲しそうな顔をしている、と、よくいわれる。生まれつきそういう顔立ちなのだからどうしようもなかったし、顔の形を整形をしようなどとも思わなかった。

 今の時代、骨格を変えたり、顔立ちそのものを大きく変化させることなど、あまりにも容易く出来てしまう。

 魔法の誕生と発展によって、美容整形は、極めて一般的かつ、簡単なものになっていった。無論、多少なりとも魔法技量こそ必要ではあるし、簡単とは言え、それなりの費用がかかるのはいうまでもない。

 魔法時代黄金期には、その日そのときのの気分で顔の整形を行う人々が少なからずいた、という話もあるほどだ。

 今でも、髪や目の虹彩こうさいの色を変えることくらいは、日常的に行われているし、それもファッションの類として認識されている。さすがに顔の形を変えることまでは、ファッションの範疇には入らないようだが。

 顔立ちといえば、明臣は、秀麗しゅうれいといっていい部類だろう。目鼻立ちがはっきりしていて、鼻筋が良く通っている。年齢が想像できない若々しさは、今の時代、誰にでも言えることだ。

 この時代、外見から年齢を当てることは、極めて難しい。

 魔暦百七十一年から戦団で働いているということは、六十代後半から七十代前半になるはずだが、総長や副総長を見てもわかるとおり、もはや年齢などなんの意味もないのではないかといわんばかりの時代なのだ。

 七十代であろうとも、壮健そのものであり、誰よりも働き回っているのが、護法院に属する戦団最高幹部たちであり、だからこそ、誰もが彼らを心から尊敬するのだ。 

 春雪も、明臣に対し、常日頃から尊敬の念を覚えていたし、故に、普段のどうしようもない軽口を聞き流すことにしている。

 明臣が席に着くなり、机上の魔機まきに触れ、幻板げんばんを出力させる。

 それは、明臣が着席したときにはいつも最初に行うことであり、春雪のみならず、情報局の導士ならば誰もが知っていることだった。

 幻板には、一人の女性が困ったような笑顔を浮かべた写真を映しだしている。明臣と同じく灰色の頭髪を腰当たりまで伸ばし、星央魔導院の制服を身に纏う少女。

 明臣の一人娘、城ノ宮日流子(ひるこ)である。それも学生時代の写真ということもあり、今よりも幾分若く、そして幼く見えた。

 城ノ宮日流子は、戦務局戦闘部第五軍団長を務めているのだが、明臣の日課を見ればわかるとおり、彼が愛娘まなむすめ溺愛できあいしていることはいうまでもないだろう。そして、日流子もまた、明臣のことを心の底から敬愛しているようであり、彼女の執務室には、明臣の等身大の立体映像が設置されているという。

「きみも、娘さんの写真を出せば良い。愛娘に見られていると思うと、仕事も捗るものだよ」

 明臣が春雪の視線に気づき、そんな風に言ってのけた。実際の所はどうなのか、春雪にはわからない。しかし、明臣が一人娘を大事に想っていることは、いわれなくても伝わってくる。

 春雪がそれを理解したのは、彼に娘が出来てからのことだ。それまでは、明臣の日課を全く理解しようともしなかったし、そこだけは決して相容れないのだろうとさえ思っていた。

 だが、いまは、違う。

 愛娘のためならば、なんだってできる――そんな確信が、彼の中にあった。

「そうですね。それも、いい気がします」

「いいとも。いい」

 明臣は、端末を立ち上げながら、断言する。机の上でこちらに向かって笑いかける愛娘の写真がわずかに視界に入るだけで、明臣のやる気は俄然、燃え上がるのだ。

 だから、というわけではないが、明臣は春雪に話しかけた。

「そういえば、見たかね」

「なにをでしょう?」

「結果だよ」

 明臣のたったそれだけの言葉がなにを意味しているのか、春雪には瞬時にわかった。

「もちろん、見ましたよ。今年は、随分と平均点が高かったようで」

「きみはおかしなことをいう。見たのなら、わかったはずだ。一人だけ、とんでもない人材がいたのだよ」

 明臣が困ったような表情を浮かべたのは、春雪ならば把握しているはずのことだったからだし、彼とならばそんなことをいわずとも会話が成り立つものと信じ切っていたからに他ならない。

 もはや明臣にとっては、春雪は、半身に等しい存在になっていた。



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