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第三十九話 黒き流星は天を翔る(二)

「お先にしつれーい!」

 天神てんじん高校の騎手きしゅ金田朝子かねだともこは、天燎てんりょう高校を追い抜くなり声を張り上げた。障害物区間を突破すれば直線コースであることはわかっていたのだ。そこまでは力を温存していた。直線コースならば、なんら遠慮することはない。全身全霊、ありったけの力を発揮して、法器ほうきを加速させればいい。

 一瞬にして加速し、全速力でもって上昇する。そして、先頭を走っていた天燎高校を追い抜けば、後は一位の座を独占し続ければ良いのだ。

 中間得点も、一位の得点も、すべていただく。

 それがこの大会で優勝するための最適解だ、と、彼女は考えていた。

「万年最下位なんかに負けてられないのよねー、こっちはさあ!」

「そうとも!」

 乗手じょうしゅ月島羅日つきしまらびが金田朝子の気合いに応えるようにして、後方へと魔法を投射する。広範囲に及ぶ魔法壁を構築し、天燎高校の足止めを行ったのだ。

 競星けいせいは、競走相手への妨害が競技規則として認められている。

 そのため、乗手には、競走相手の妨害から身を守り、競走相手への妨害を行う能力が高いものを選ぶべきだった。

 天燎高校のような魔法不能者を乗手にするなど、競技の性質上、考えられないことだった。

 やはり天燎高校は天燎高校なのだろう、と、金田朝子は確信する。 

 予選免除権を得たところで、元より対抗戦に消極的な天燎高校の体質が変わるはずもなく、宝の持ち腐れで終わるのだ。

 しかも、主将が魔法不能者だという。

 魔法競技を馬鹿にしているといっていい。


『ここで先頭に躍り出たのは、天神高校! 金田朝子騎手の法器(さば)きが天燎高校をかわしたあっ!』

『障害物区間を見越して準備していたようですね。素晴らしい手腕です』

 確かにそれは、実況と解説が唸るほどの華麗さだった。

 天神高校組は、それまで先頭を突っ切っていた天燎高校組を軽やかかつ鮮やかにも追い抜いていったのだ。さらに先頭を維持するため、後続を突き放すため、魔法の壁を設置して見せている。

「ちょっと、やばくない!?」

「やばいかやばくないかでいったらやべえが」

 圭悟けいごたちには、見守ることしかできない。

 幻板げんばんを食い入るように見つめながら、手に汗が滲むのを止められない。

 法子ほうこ幸多こうたを乗せた法器が大きく揺らいだ。前方に巨大な魔法壁が立ちはだかったからだ。そして、素早く転回し、大きく迂回することで激突という最悪の事態を回避する。

『これまた素晴らしい法器捌き! 黒木くろき法子騎手、天神高校の妨害をものともしません!』

『ここはなんとしてでも追い着きたいところですね』

 控え室内が、安堵の息で満ちた。

 だが、天神高校の妨害工作はそれだけではなかった。

 第二第三の罠が、法子と幸多を待ち受けていたのだ。


 観衆が固唾を呑んで見守る中、超巨大幻板に大写しにされているのは、先頭をひた走る天神高校と、大きく引き離されたままの天燎高校の二校だ。

 追い抜かれてからというもの、天燎高校組は、まったく追い着ける気配がなかった。

 幾重にも張り巡らされた魔法による妨害の数々が、最高速度での直進を妨げ、どんどんと距離を引き離していく。

「幸多くん、頑張って……!」

「幸多くんが頑張ってもどうしようもないんだけどね」

「のー姉は冷静すぎなのよ! 幸多くんの、天燎高校の窮地なのよ? なにを暢気のんきにお茶なんて飲んでるのよ!」

「そりゃお茶くらい飲むでしょ」

「二人とも、ちょっとは落ち着いて」

「わたしは落ち着いてるわよ」

「落ち着けるか-!」

 奏恵かなえと長沢一家は、とりとめのない賑やかさの中で、それでも幸多たちを応援し続けている。

 望実のぞみの言うとおりだ。

 現状、幸多にできることはない。少なくとも魔法による相手への妨害や、妨害対策ができない以上、ただのお荷物に成り果てている。

 奏恵は、両手を握り締め、ただひたすらに幸多のことを想った。

 この状況で一番苦しんでいるのは、幸多自身のはずだ。

 魔法を使えないということがどれほど辛いことなのか、どれだけ無力で、どれだけ足を引っ張ることになるのか、幸多がここまで実感したことはなかったはずだ。

 完全無能者として生まれても、魔法社会は、それを拒絶するものではなかった。

 魔法の恩恵が受けられなくとも、彼の人生は、それを絶対的に必要だとはしてこなかった。

 幸多には、生まれ持った身体能力があり、頑丈な肉体があり、強靭な生命力がある。

 それは、子供の頃の幸多を魔法社会の呪縛から解き放つのに十分すぎるほどのものといってもよかっただろう。

 自分に自信を持つことができたからこそ、魔法社会と正面から向き合うことができたのだ。

 だが、いまは、違う。

 幸多は、いままさに魔法が使えないことの不利を、魔法不能者であることの無力さを、実感として受け止めているはずだった。

 競星の乗手として、騎手である黒木法子の腰にしがみついている幸多の姿が、奏恵の目に焼き付いていく。

 幸多の表情まではわからないが、彼がこの状況に苦しみ、悔しがっていることはわかった。

 我が子なのだ。

 考えていること、想っていることは、いわれるまでもなく伝わってきていた。

 


 天神高校組に追い抜かれたことで、状況は一変した。

 先頭を悠々と突き進んでいられたのは、わずかばかりの時間であり、二番手になってからというもの、その差は縮まるどころか開く一方だった。

 天神高校は、上手だった。

 騎手の金田朝子は、障害物区間を突破するなり加速し、幸多たちを追い抜いた。さらに乗手月島羅日が妨害魔法を乱発することによって、二位以下を後方に押し止めようとした。

 最初の魔法壁を大きく迂回することで回避した法子は、すぐさま法器を捌き、魔法壁の向こう側に待ち受けていた二重三重の罠、その隙間を擦り抜けるようにして移動した。

 それは曲線を描く軌道にならざるを得ず、速度も出なければ、距離を詰めることもままならなくなる。

「彼らも中々やるものだ」

「感心してる場合ですか!」

「ではないが、しかしこれではな」

 法子の前方には、無数の罠が待ち構えている。

 それらは、無論、天神高校組が設置した妨害魔法の数々であり、いわば手作りの障害物区間として、法子たちの前に立ちはだかったのだ。

 そして天神高校の障害物は、運営が設置した障害物とはわけが違う。

 殺意すら感じるような配置であり、数だった。大小無数、莫大といってもいいほどの魔法の泡がそこかしこに浮遊しており、それらはゆっくりと動き回っている。

 おそらく、接触すれば炸裂する浮遊機雷のようなものだろう。

 その炸裂によって対戦相手を地上に落下させ、失格させることができれば最高、そうでなくとも回避するために減速させ、自分たちの一位を揺るぎないものにすることはできる。

 上手く考えたものだ、と、法子は素直に評価する。

 だが、これだけの広範囲に渡って、大量の魔法罠を張り巡らせたということは、それだけ消耗も激しいということでもある。

皆代みなしろ幸多、よく聞きたまえ。おそらくだが、彼にはもう、この試合に割くだけの魔力は残っていないだろう。天神高校の出場者も六名。つまり、閃球せんきゅうには出場する必要がある」

「魔力を温存する必要があるということですね」

「そういうことだ。後はきみ次第だ、皆代幸多」

 法子は、魔法で作られた無数の泡、その真っ只中を加速していく。上下左右、自由自在に法器を捌き、泡を躱し、避けながら、前方を睨み据えている。

 幸多には、法子の狙いがわかった。

 天神高校組は、既に光の柱の頂点へと至っていた。つまり、中間得点の一点が天神高校に入るというわけだ。

 が、それは無事に地上に辿り着き、終着点に到達することができれば、の話だ。

 もし乗手か騎手のどちらかが法器から落下し、失格するようなことになれば、中間得点も手に入らない。

 法子が魔法泡による障害物区間を突破すると、折り返してきた天神高校組が降りてくるところだった。

 真っ直ぐ、垂直に落下するようにして、突き進んでくる。

 幸多は、さながら金色の流星のように降ってくる天神高校組を、その動体視力ではっきりと捉えていた。天神高校騎手金田朝子の悠然とした笑みが、幸多の視界の真ん中を迫ってくる。

 とてつもない速度で上昇する法器と、それ以上の速度で降下してくる法器が、今まさに交差しようとしたその瞬間、幸多は、法子の腰から手を離し、法器から飛び離れた。そして、急速に迫り来る天神高校の法器に飛び移って見せたのだ。

「ちょっ!?」

「なっ!?」

 金田朝子と月島羅日は、まったく予想だにしていなかった事態に目を見開いていた。余裕の表情は崩れ、混乱が沸き上がる。

 法器の先端に器用に飛び乗ることに成功した幸多は、圭悟譲りの悪い笑みを浮かべた。金田朝子の視界は、幸多のせいで完全に塞がっている。進路上には、魔法泡地帯が待っていて、だからこそ、天神高校の二人には余裕がなくなっていた。

 魔法泡の区間は、かなりの広範囲に及ぶ。簡単に避けられては設置する意味がないからだろう。そのせいで、折り返してくることになる自分たちも巻き込むことになったのだが、当然、二人もそのことは熟慮の上だったはずだ。なんらかの攻略手段を用意していたに違いない。 

 だが、そんな方法はもはや必要なかった。

 幸多は、無造作に金田朝子を法器から引き剥がすと、地上に向かって放り投げた。

「さようならー」

「嘘だあああああああああ――」

「ひっ、ひいいいいいいいい」

 悲鳴を上げながら落下していく金田朝子と、制御を失い落下するしかなくなった法器にしがみつき、情けない声を上げる月島羅日。

 幸多は、そんなふたりの運命に同情を寄せながら、天神高校の法器から飛び離れた。法器に乗ったままでは、ただ落下するだけだ。

 もちろん、飛び離れても、落下する。

 普通、この高度で落下すれば、地面に激突して死ぬだろう。が、当然、競星はこうなる可能性の極めて高い競技であり、落下時の対策も練られている。

 空中に設置された無数の魔具が、落下者を受け止めるための魔法障壁を展開するようになっているし、各所に待機した戦団の導士がすぐにでも救助に迎えるようになっている。

 対抗戦第一回大会以来、競星の参加者が落下によって大怪我を負ったことは一度もなかった。それくらい、徹底されている。

 つまり、たったいま自由落下が始まった幸多が、落下判定を受け、救助されるようなことになれば、天燎高校も失格にされてしまうということだ。

 が。

(だいじょうぶ)

 幸多には、確信があった。

 天神高校の法器から飛び離れ、わずかな浮遊感のあと、重力が肉体を支配した。地上に引き寄せられるようにして、自由落下が始まる。魔法士ならば重力の楔を引きちぎることもできるのだが、幸多にはそんなことはできない。

 ただ、落下するだけだ。

 蒼穹が遥かに遠く感じた。

 すると、流星を見た。

 天に向かって聳え立つ光の柱、その上空を貫くようにして降ってくる、黒い流星。

 それは、幸多の目の前まであっという間に辿り着くと、腕を伸ばしてきた。

 もちろん、法子である。

 幸多は、法子の手を握り締め、彼女の心底愉快そうな笑みに救われる想いがしたのだった。

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