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第三百九十五話 新野辺九乃一(一)

 夏合宿は、日数の経過とともにその苛烈かれつさを増していた。

 七月末頃の開始当初は、戦団導士せんだんどうしにとって必要不可欠な基本的な知識を教わる座学であったり、基礎的な戦い方の訓練といったものだったのだが、八月も半ばに入ると、座学はその深度を深め、戦闘訓練はより本格的かつ実戦的なものへと変わっていった。

 合宿の指導教官は、日によって変わった。

 期間の大半は美由理みゆり幸多こうたたち受講生の面倒を見ていたのだが、時には、他の星将せいしょうが美由理の代わりに教鞭きょうべんを振るったのだ。

 戦闘部の任務は、大きく二つに分けられる。

 通常任務と衛星任務である。

 通常任務とは、央都おうと四市の守護を担うことを指す。

 央都各所を巡回したり、各所に設けられた基地や駐屯所に待機し、幻魔災害げんまさいがい等が発生次第対応したり、央都市内の秩序を維持する役割を持つ。

 衛星任務には、六軍団が全十二の拠点に割り振られるが、通常任務の場合も央都四市に六軍団が割り振られる。そのうち、葦原あしはら市を担当するのが三軍団と他よりも多いのは、葦原市が他の三市に比べて広いからということもあれば、央都の中心であり、人類生存圏の中枢だからという理由もあるだろう。

 そしてなにより、戦団本部の所在地であるということも大きい。

 戦団本部は、戦団の中核であり、心臓といってもいい。

 戦団本部が失われたとき、戦団は機能不全に陥るだけでなく、その生命活動を停止してしまうだろうと考えられている。

 故に、戦団本部の守りは堅く、極めて厳重にされているのだし、そうでなくてはならないだろう。

 自分たちを守ってくれている戦団が脅威にさらされていては、市民も安心して生活できるものではあるまい。

 また、通常任務と衛星任務は、月毎に担当となる軍団が変わる。

 大抵の場合、月毎に通常任務と衛星任務が交代するようになっているのだが、それというのも衛星任務で荒み、疲れ果てた心身を通常任務で癒やすことができる、ということであるらしい。

 もっとも、この数ヶ月、通常任務も多忙を極めつつあり、通常任務に戻ったからといってそれだけで癒やされるものがどれだけいるものなのか、と、いう声も聞こえないこともなかった。

 さて、今月、葦原市の通常任務を担当している軍団は、だ。

 美由理率いる第七軍団は、六月から八月の三ヶ月間、通常任務が連続している。これは極めて稀なことであるのだが、第七軍団の戦歴を見れば、納得も行くものだろう。

 第七軍団は、今年に入ってからの三ヶ月間、つまり、一月、二月、三月の間、連続で衛星任務を行っていた。

 これもまた、極めて稀なことである。

 最初に受け持った衛星拠点から別の衛星拠点へと転々としながら、空白地帯における様々な任務を担当してきたのだ。その間、当然のように幻魔と戦うこともあれば、空白地帯に出現するダンジョンの調査を行っている。

 その反動が、この三ヶ月連続となる通常任務なのだが、中でも葦原市に据え置かれているのは、美由理が戦団でも最高峰の魔法士だからに違いない。

 美由理を戦団本部付近に配置しておくことほどの安心感はない――などと、幸多が勝手に思っているだけだが、本当のところは、わからない。

 とはいえ、この三ヶ月、第七軍団が葦原市に配置されていることによって、幸多も葦原市内で活動できているのであり、戦団の方針に感謝するばかりだった。

 第七軍団以外には、第六軍団と第十一軍団が、葦原市を担当している。

 第六軍団といえば、金田かねだ姉妹が所属する軍団であり、菖蒲坂隆司あやめざかりゅうじは第十一軍団に所属している。

 そして、それぞれの軍団長が、夏合宿の指導教官として、講師として参加してくれたものだから、幸多は興奮したものだった。

 軍団長は、いずれもが星光級せいこうきゅうの導士、つまり星将せいしょうである。戦団最高峰の魔法技量の持ち主であることは疑いようがなければ、美由理とはまた違った訓練を受けられるのではないか、という期待もあった。

 無論、美由理の訓練に不満があるわけではない。

 戦団有数の導士たちに直々に見て貰えるという興奮が、幸多の中にあったのだ。

 第六軍団長も、第十二軍団長も、央都市民ならば誰もが知るほどの有名人であり、有数の魔法士なのだ。それほどの実力者の教育を受けられる機会など、そうあるものではない。

 戦団という同じ組織に所属していても、直属の軍団長から直接の指導、薫陶くんとうを受けることすら難しいというのに、他軍団の長から教わることとなれば、さらに困難を極めるのではないか。

 戦団本部の総合訓練所で手解きを受ける機会がないとはいえないが、それも、限られた回数、限られた時間、限られた機会でしかない。

 夏合宿は、そうした機会を濃縮したような、まさに夢のような時間だった。

 特に、幸多にとっては。


 第六軍団長・新野辺九乃一しのべくのいちといえば、かの有名な新野辺家の一員であり、現在、新野辺家の当主を務める人物だ。

 一見すると、少女のような外見をしているのは、元より中性的な容貌ようぼうで童顔だということも大いに関係しているだろう。その上で、彼は女性ものの衣服を好み、女性的な格好を好んでしていた。黄金こがね色の頭髪は手入れが行き届いているし、目は大きく、伽羅きゃら色の瞳は、深いまつげに縁取られている。

 いつも通りばっちりに決めた化粧は、彼の可憐さを強く主張していたし、身につけている導衣も女性用のものに大きく手を加えたものだ。その導衣がどこかアイドルの衣装染みて見えるのは、気のせいではあるまい。

 そのほうが可愛らしいから、というのが、彼が導衣をそのように改良した理由であるらしい。

 軍団長は、実力者揃いだ。揃いも揃って星光級の導士であり、魔法士としての力量、技量ともに疑いようがない。

 数多の幻魔を討ち滅ぼし、数え切れない死線を潜り抜けてきた一級品の導士たち。故に、軍団長は、市民からの人気も高い。

 そんな軍団長の中でも、新野辺九乃一は、そのような外見的特徴からなのか、他の軍団長とは大きく方向性の異なる人気を誇っていた。

 街を歩けば、市民から黄色い声援を浴びる彼の姿は、まるでアイドルそのもののようだたし、彼自身まんざらでも無さそうだった。そしてその人気は、留まるところを知らない。

「まあ、きみの兄弟が登場してからは凋落ちょうらく一途いっとを辿ってるんだけどさ」

 などと、九乃一が幸多に向かってささやくようにいってきたのは、幻想空間での訓練中のことだった。

 九乃一との一対一の訓練は、幸多が一方的に押される展開が多かった。

「凋落って……」

 幸多は、冗談とも本気ともつかないような口振りに翻弄ほんろうされるような気分になりつつも、九乃一の姿が影に溶けるようにして消えるのを見て、その場から跳躍した。

 葦原市内の未来河みらいがわ付近を模した戦場である。

 設定されたのは、夕闇が迫る時間帯。

 西の彼方に沈もうという夕日の眩さは、現実よりも目に優しいが、それにしたって眩しい。未来河の水面に夕日が無数に跳ね返り、輝く様は、幻想的とさえいっていいのだろうが。

 河川敷から万世橋ばんせいばしへと飛び移ると、先程まで幸多が立っていた場所が爆撃を受けたように吹き飛んだ。

皆代統魔みなしろとうまの人気がねたましい」

 九乃一の声は、幸多の背後から聞こえた。幸多は瞬時に振り向きながら腕を振り抜く。全力の裏拳は、しかし、軽々と受け止められる。九乃一の伽羅色の瞳が、逆光の中ですら輝いているように見えた。

「冗談でしょう?」

「もちろん、冗談だよ」

 九乃一は微笑して、幸多の体を軽々と持ち上げ、眼下、河川敷方面へと放り投げて見せた。幸多は想わず彼の笑顔に見取れてしまい、不覚を取ったのだが、しかし、空中で身を翻して激突を免れる。

 着地と同時に飛び退き、九乃一が投げ放ってきた巨大な手裏剣をかわす。

 もちろん、魔法によって生み出された魔力体だ。

忍法にんぽう風魔ふうま

 などと、九乃一は、告げた。

 新野辺家は、戦国時代より続く忍びの一族である、と自称している。

 そして、新野辺家が使う魔法は、忍法である、と、大真面目な顔をしていうのだ。

 九乃一も、真面目そのものだった。


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