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第三百九十二話 大穴調査(七)

 怒りに満ちた叫び声は、統魔とうまたちに同胞を打たれたから、などという感傷的なものではあるまい。

 幻魔げんまにそのような仲間意識があるは考えられない。

 少なくとも、妖級ようきゅう以下の幻魔には、個性のようなものすら存在しないのではないかと考えられている。個体による違いが、固有波形以外にほとんどないのだ。

 稀に、同種の幻魔でありながら、なにかしら特徴を持つ個体が出現することはある。が、それによって、幻魔が、それぞれに個性的な、個別の特徴を持っているということにはならない。ただの例外として認識されるだけだ。

 鬼級おにきゅうともなれば、個々に異なる特性を有し、極めて強い自我を持つようになるのだが、しかし、鬼級とて、仲間意識、同族意識を持っているかというと、そういうことはなさそうだった。

 鬼級が妖級以下の幻魔を支配下に組み込むのは、戦力や労働力として有用だから、という以外にはなさそうなのだ。

 庇護ひごすべき、守るべき対象として見ている節はなかった。

 そして、鬼級幻魔が起こす戦争の尖兵となって命を散らしていくのが、そうした殻印こくいん持ちの幻魔なのだが。

「殻印は見当たらんな」

「ということは、ここは鬼級の施設なんかじゃないってことですか」

「そうなるやろな。まあ、潰さなあかん場所やっちゅうことには変わらんけどな」

 残る一体のトロールから遠ざかりながら、朝彦あさひこは統魔にいった。トロールが仲間の死骸を踏み潰すようにして突進してくる様は、怒り狂っているようにすら見える。

 実際、怒り狂っているのだろうが。

 朝彦は、ただただ冷静にトロールを見遣みやり、両手に抱えていた二人の導士を進路上に投げ捨てた。トロールと向き直り、右手をかざす。時間は稼いだ。

七百参式ななひゃくさんしき輝閃条きせんじょう

 真言を唱えた瞬間、朝彦の手の先に閃光が生じた。まばゆい光が視界を白く塗り潰したのは、一瞬。その直後、光は収斂しゅうれんし、一条の光線となって虚空を走り抜け、あっという間にトロールの巨躯を貫いていた。無論、腹部を、である。

 光線が魔晶核ましょうかくを貫通したことによって、トロールは一瞬にして絶命し、物言わぬ死骸しがいと成り果てる。

 朝彦は、トロールの死骸に歩み寄りながら、つぶやいた。

「よゆーやな」

「ほとんど一人でたおしちゃったじゃないですか」

「すごーい」

 統魔は当然として、さすがのルナも感心するしかなかったし、雑に放り投げられて文句を言うつもりだった香織かおりも、唖然とするほどの手際の良さだった。

「当たり前やろ」

 朝彦は、部下からの賞賛の言葉に頬を緩めることすらなかった。

 トロールが五体、自由に歩き回れるくらいには広い通路。その真っ只中に倒れ伏し、もはや二度と動かなくなった幻魔の死骸が転がっている。朝彦の光魔法でかれ、魔晶核を破壊されたトロールの巨体。

 朝彦は、その死骸を覗き込んだ。

「なにを調べてるんです?」

「この間から機械型マキナ・タイプっちゅうんが暴れ回っとるやろ」

「あー、機械型は心臓が二つあるんでしたっけ」

「せや。もしこいつが機械型やったら、魔晶核を破壊しただけじゃ安心できん」

 朝彦は、みなみに言って聞かせるようにしながら、トロールの死骸を引っ繰り返した。朝彦の身長を優に越す巨躯は、全身が石で出来ているのではないかというように見えるが、他の幻魔と変わらない魔晶体であるらしい。その魔晶体に穿たれた穴は、魔晶核を見事に貫通している。

 幻魔の魔晶核の位置は、種別によってこそ変わるが、個体差はない。人間の心臓の位置が変わらないように、犬や猫の、他の動物の心臓の位置がそれぞれで同じように。

 幻魔もまた、トロールやガルムといった種別によって同じなのだ。

 だから、戦闘部の導士は、それを知っておくべきだったし、過去から現在に至るまでに蓄積された幻魔の情報が大いに役立っているといえる。

「……機械型って外見に特徴があるんじゃなかったっけ」

 ぼそりと統魔につぶやいてきたのは、香織だ。腰をさすっているのは、朝彦によって無造作に投げ捨てられたとき、床にぶつけたからだろう。

「せやで」

 朝彦は、香織の小さな声も聞き逃さずに、彼女に目を向けた。

「機械型は、従来型の幻魔とは明らかにちゃう姿をしとる」

 無論、朝彦も、そんなことは重々承知の上だ。いずれの機械型も魔法金属の装甲を身に纏い、なんらかの器官が追加されていた。

 例えば、ガルム・マキナならば背部に謎の器官があり、フェンリル・マキナならば頭が二つ追加されていたという。

 トロールには、そういう外見的な変化は見当たらない。相変わらず鈍重そうとしか言いようのない外見だった。

「せやけどな。機械型は新種の幻魔や。その全てが共通の特徴を持っているとは限らへんやろ。もしかしたら、従来型と全く同じ姿をした機械型がおるかもわからん。注意するに越したことはないんや」

 朝彦は、トロールの体内を覗き込んで、機械型の特徴とも言える機械仕掛けの構造物が見当たらないことを確認すると、安堵の息を吐いた。

 現状、獣級幻魔を改造した機械型しか確認されていない。

 妖級幻魔を改造した機械型が出現したとなれば、それこそ、大騒ぎになる。

 戦団の現有戦力で対応可能なのかどうか、という事態にすら発展しうるのではないか。

 獣級幻魔が妖級幻魔に匹敵するほどの力を発揮できるようになるのが、機械型への改造である。

 それが妖級に施されれば、どうなるか。

 まさか、鬼級に匹敵する機械型が誕生するとは、考えにくいのだが。

 しかし、〈七悪しちあく〉の目的が鬼級幻魔の誕生ならば、その可能性もあるのではないか。

 悪い考えばかりが脳裏を過ってしまうのは、最近、幻魔災害が多発しているからにほかならない。

 それも〈七悪〉が主導する形で、だ。

 朝彦は、トロールの死骸の調査を終えると、通路に向き直った。トロールとの戦闘によって壊滅的な被害を受けた通路は、どこもかしこもでこぼこになっていて、原形を留めていない。

「まずは、トロールが開いた扉の先にカラスを飛ばそか。考えるんは、それからやな」

「機械型じゃなかったってことですか」

「せや。杞憂きゆうやったわ」

「いつも杞憂ばかりですね、隊長」

「せやな」

 南がいつも通りの皮肉をいってくるのを気にもせず、朝彦は、ヤタガラス班に指示を伝えた。

 五体ものトロールが出現した先にヤタガラスを先行させることで、このダンジョンの概要がわかるのであれば、それでよし。わからないのであれば、それから今後のことは思案するべきだ、と、朝彦は結論づけた。

 ヤタガラスが、通路の先へと進む。

 そのカメラが捉える映像を端末に転送し、幻板げんばんに出力させることによって確認していると、やはり、トロールが歩き回ってきたことがわかった。

 トロールは、子供のようだ、と、いう。

 幻魔は、その等級が上がるほどに知能が高くなるものと考えられているのだが、トロールなど、一部の幻魔には例外もあった。トロールは妖級幻魔でありながら、獣級以下の知能しかないのではないか、と、考えられている。

 考えなしに暴れ回っているだけであり、その結果、ただ歩くだけで周囲に被害をもたらすという。

 それが、人間にとっては厄介極まりないのは、いうまでもないだろう。

 トロールが出現すれば、それだけでその周囲一帯は甚大な被害を受けることになるからだ。

 ほかの妖級幻魔がなにかしら考えながら行動するのに対し、トロールは見るもの全てを破壊するかのように暴れ回る。

 事実、通路内の各所が破壊され尽くしている様を見れば、このダンジョンそのものがトロールの一団によって壊滅的被害を受けているのではないか、とさえ想像できた。

 そしてその想像は、想像以上に現実的なものであり、ヤタガラスが捉える映像の数々を目の当たりにした朝彦は、憮然ぶぜんとするよりほかなかった。

「なんやねん。いったいなにがしたいねん」

「まったくです」

 さすがの南も、今回ばかり朝彦に同感だった。

 この施設全体が、トロールの群れによって破壊されているという現状が理解できたのだ。

 そう、さらに数十体ものトロールが施設内各所で暴れ回っていた。


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