第三百九十話 大穴調査(五)
空白地帯各地に突如として出現し、衛星任務の舞台となるダンジョンの多くは、やはり、魔天創世後に作られたものであることが多い。
というのも、魔天創世以前に存在していたのであれば、魔素濃度の爆発的な増大の影響を多かれ少なかれ受けるはずであり、完全完璧に保存されていることなどありえないからだ。
だから、魔天創世後、幻魔たちによって作られた建造物である、と、考えるのが筋であろう。
この目の前の扉が魔天創世の影響を受けている気配があるのであれば、過去、人間が作ったものであると考えられるのだが。
しかし、であれば、ノルン・システムに蓄積された過去の記録と照らし合わせるだけで、答えを得られるはずだった。
だが、ノルン・システムの回答は、なかった。
魔天創世以前、この地にこれほど巨大な穴が作られ、そこになんらかの施設が建造されたという記録は、存在しないということだ。
少なくとも、ノルン・システムが記録している範囲内には、だが。
朝彦は、扉の周囲を見回し、厳重に閉ざされた扉を開閉するための装置がないものか探した。
「なんもないな」
「内側にしかないんじゃないですか?」
「不便すぎやろ、それ」
そういってから、顎に手を当てる。
「いや……ありそうやな、それ」
「ありますよ。だって、幻魔ですよ」
「うん?」
「人間の常識で考えちゃ駄目なんです」
「まあ、せやな」
朝彦は、南の熱弁に頷くと、扉の前から離れた。周囲に伝える。
「壊すで。離れとき」
「は、はい」
朝彦の宣言に、統魔たちは慌てて通路の外に出た。ヤタガラスも一緒に螺旋通路に飛び出す。
統魔は、すぐさま通路内を覗き込み、朝彦の周囲に展開した律像に集中した。普段の言動からは考えられないほどに複雑で精緻な律像は、彼が煌光級導士であり、杖長に相応しい魔法技量の持ち主であることを世界中に知らしめるかのようだった。
強烈な魔法の設計図。破壊力は抜群だが、その影響範囲は極めて限定的な魔法のイメージ。鮮烈に輝き、鮮明に閃く。
「七百弐式・眩曜球」
真言が響き、魔法が発動すると、朝彦が掲げた手の先に眩いばかりの光が生じた。光は、一瞬爆発的に膨れ上がったかと思うと、つぎの瞬間には球状に収束する。そして、金属製の扉に直撃し、凄まじいまでの閃光を発した。爆音が轟き、通路内が激しく震撼する。
ダンジョンそのものがいまにも崩れ落ちるのではないかと心配してしまうほどの衝撃であり、ルナは、思わず統魔に抱きつかなければならなかった。香織は枝連のでっかい足にしがみついている。
通路内から爆煙が噴き出してくる中、軽妙な声が聞こえてきた。
「もうええで。おいでや」
統魔たちは、朝彦の魔法の精度と威力に度肝を抜かれるような気持ちで、通路内に戻った。
通路内に満ちた爆煙は、香織が起こした魔法で吹き飛ばされ、すぐに消えて失せた。
すると、扉に空いた大穴が目の前に出現する。
大穴の内側には、扉と同じ金属製の壁や床が覗いており、そのような通路が奥深くまで続いていることがわかった。
朝彦は、自らが開けた穴の中を覗き込み、それからヤタガラスを探した。風景に溶け込むほどに小さいそれは、統魔たちとともに一時避難していたが、いまは通路内に戻ってきていて、この状況を見ているはずだ。
「カラスに先行させる。聞こえてるな?」
朝彦は、転身機を操作して、目の前に幻板を表示させると、ヤタガラスが捉えている映像をそこに映しだした。やはり、この空間内の光景を捕捉している。
『はい。では、先行させて頂きます』
高畑陽から返事があり、ヤタガラスの映像が動き出した。
扉に穿たれた大穴の内部へと侵入すると、金属製の通路がある。ただ真っ直ぐに伸びているだけでなく、左右にも進む道があり、朝彦は、全てのヤタガラスをこの場所に集めさせた。
四機のヤタガラスのうち、一機を通路の手前に待機させる。それによって後方を常に監視しておくのだ。
もし、侵入した後、後方に異変が生じたのであれば、すぐさま脱出を測るべきだった。
ダンジョンの調査は重要な任務だが、そのために命を落としては意味がない。
複雑なダンジョンならば、なおさらだ。必要なだけの戦力を確保し、改めて乗り込むべきだろう。
今回は、そのための事前調査となるかもしれない。
朝彦は、そんな風に考えながら、三機のヤタガラスをそれぞれ別の方向に飛ばさせた。
南、統魔がそれぞれに幻板を出力させ、ヤタガラスのカメラと連携させる。
三機のヤタガラスが通路上部を移動していくと、いずれもが行き止まりにぶつかってしまった。三機とも、扉が立ちはだかったのだ。
金属製の扉。
当然だが、ヤタガラスには対象を攻撃するための機能など存在しない。あったとしてもびくともしないだろうが。
「皆代、きみはどう思う?」
「どう……とは?」
「この人数で突っ込むべきか、一度戻って、立て直すべきかどうかや。このダンジョン、思ってたよりもずっと複雑そうやわ」
朝彦が頭を抱えたのは、想定外の事態だったからにほかならない。
この空白地帯に突如出現した大穴が、とてつもない規模の施設である可能性に直面したのだ。おそらくは、幻魔が建造した施設である。そして、複雑に入り組んだ通路と、厳重に閉ざされた扉が立ちはだかっている。
この少人数で突っ込んでいって、生きて帰ってこられる保証があるのか、どうか。
なにかを発見できるかどうかなど、どうでもいい。
大事なのは、預かった命を無事に送り届けられるかどうかだ。
そのためにこそ、朝彦は頭脳を巡らせる。
「きみは、将来、戦団を背負って立つ人間や。誰もがきみに期待しとる。おれもそのひとりやし、麒麟寺はんなんて弟子にするくらいや。きみが星将になってくれる日が来ることを誰よりも望んどる」
「……はい」
「せやから、きみの判断を聞いておきたい。きみはこういう状況に遭遇したとき、なにを優先するべきやと思う?」
朝彦は、統魔の紅く黒い瞳を見つめながら、質問した。
杖長たるもの、後進の育成を怠ってはならない。
戦団は、常に人手不足、人材不足に直面していて、だからこそ、機会さえあれば、導士の育成に注力する。それが任務の最中であっても。
いや、任務中だから、尚更なのかもしれない。
任務中にこうやって考えられる時間というのは、そうあるものではない。
これはきっと、統魔にとっていい経験になるし、彼が成長するきっかけとなるかもしれない。
彼の師であり、朝彦の上官である麒麟寺蒼秀も、それをこそ、期待しているはずだ。
統魔は、いくつかの幻板を見比べ、そこから得られるわずかばかりの情報を整理しながら、考える。いま、自分たちがするべきことは、なにか。
調査を続行するべきか、それとも、一度打ち切り、出直すべきか。しかし、出直したところで、つぎにここを調査に出来る機会がいつになるのか、わかったものではない、というのも事実だ。
戦力を集める必要があり、それが簡単ではないということは、統魔だって十二分に理解している。
「隊長、待ってください」
「なんや――」
言いかけて、朝彦が言葉を飲み込んだのは、南の幻板の映像に変化が生じていたからだ。閉ざされていた扉が開き、通路の向こう側から幻魔が歩いてくるのが見えたのだ。
「トロールやな」
朝彦は、それを目の当たりにした瞬間、眉根を寄せた。
ずんぐりむっくりした巨体を揺さぶらせながら歩いてくるのは、やや人間に近い姿形をした怪物たちだ。やや、というのが妖級の特徴だろう。鬼級のように人間に酷似した、とは言い切れないのが妖級なのだ。
トロールは、石のような肉体を誇り、分厚く巨大な手をぶらぶらと揺らしながら、まるで童のように振る舞う様から、石巨童などと呼ばれているのだが。
朝彦は、五体ものトロールが扉の奥から現れたことで、状況が変わったことを確信した。
ここは、大それた施設などではないようだ。
少なくともトロールのような愚鈍な幻魔が徘徊している時点で、大したことはない。
とはいえ。
(妖級は妖級)
朝彦は、警戒を強めた。