第三百八十九話 大穴調査(四)
四機のヤタガラスが、大穴を降下していく。
ヤタガラスに搭載されたカメラは、極めて性能が高い。
自動戦場撮影機とも呼ばれるヤタガラスは、その通称の通り、自動的に戦場の様子を撮影し、記録する役割を持っている。また、同時に撮影した映像を戦団本部や作戦司令室に送信、あるいは中継し、ノルン・システムによる解析や、作戦部による戦術の提案、変更に役立っている。
そうなると、大切なのは、そのカメラだろう。
戦場となった場所には、大抵、複数のヤタガラスが解き放たれ、それらが相互に連携を取りながら、戦闘に巻き込まれないような距離感を保ちつつ、飛び回っている。
そして、広範囲に渡る戦場の有り様を撮影し、記録し続けるのだ。
ヤタガラスに搭載されたカメラは、三百六十度あらゆる角度、方向に対応しており、動体検知機能、生体検知機能などを備えている。撮影範囲内で起きたあらゆる変化を見逃さず、なにかが起きれば即座に反応してくれる優れものなのだ。
故に、ヤタガラスが特に重宝されるのは、央都市内での幻魔との戦闘以上に衛星任務なのだ。
央都市内で幻魔災害が起きた場合でもヤタガラスは役立つし、戦団にとって必要不可欠な存在だ。ヤタガラスが幻魔による被害を抑えてくれているのは、間違いない。
しかし、だ。
衛星任務におけるヤタガラスの活躍ぶりは、央都市内での通常任務とは比較にならないほどだった。
空白地帯ではなにが起こるのかわからない。
地形が一定ではないのだ。
今回のように突如として大穴が出現することもあれば、謎めいた遺構が現れたこともある。
そうのような事象に直面した場合、なにも考えずに突入するのは、命知らずの愚者のすることだ。
「まずは、カラスで調べる。これが一番安全なやり方やな」
朝彦が、部下が設置したヤタガラス用の端末を見つめながら、いった。ヤタガラスは、自動操縦だけでなく、端末でもって遠隔操作が可能なのだ。
高畑陽と宮前春猪が、それぞれ一機ずつヤタガラスを担当し、残り二機は皆代小隊の上庄字と高御座剣が操作している。
ヤタガラスの操作方法は、決して簡単ではないものの、星央魔導院で誰もが学び、習熟するものである。つまり、魔導院卒業生ならば扱えて当然だということだ。
端末の目の前に出力された複数の幻板が、四機のヤタガラスの眼が捉えている光景を鮮明に映しだしていた。
「当たり前のことをいって、どうしたんですか」
「皆代くんに教えたっとんねん。初めてやろ、ダンジョン」
「いえ、初めてじゃないですが」
「わたしは、こんなの初めて見たよ」
「……そうか」
統魔は、ルナが驚きを込めて発した言葉に小さく頷いた。それはそうだろう、というしかない。彼女は、ついこの間まで、葦原市で暮らしていた一般市民だ。
統魔のように戦団で様々な任務を行ってきた導士ではないのだ。任務に関連する全てが目新しく、不思議と驚きで満ちているのではないか。
統魔には、驚きはない。
ダンジョン、と、朝彦は言った。
四機のヤタガラスが降りていく巨大な穴、その深部は遥か彼方で霞がかっていてよく見えないが、周囲の壁面ははっきりと映し出されている。内壁を走る螺旋状の道筋、その所々に通路のようなものが見受けられた。
まるで人工物のように見えなくもない。
過去、人間が作った施設である可能性も十二分に考えられた。
ダンジョン。
時折、空白地帯に突如として現出するこのような領域がそう呼ばれるようになったのは、いつ頃からなのか。
少なくとも、空白地帯にこのような異常現象が確認されるようになってからだろうが、それでも数十年単位の話ではあるはずだ。
ダンジョンとは、本来、地下牢を意味する言葉だ。城や要塞の地下に設けられた監獄などを指すのだが、いつ頃からか、創作物における冒険の舞台となる迷宮や洞窟を指すようになった――らしい。
戦団が定義するダンジョンとは、この異界たる空白地帯に突如として出現する人工物めいた異空間のことである。
これらダンジョンは、なんの前触れもなく唐突に出現する。
放っておけば、なにかしらの問題が発生することが確認されているため、内部を調査し、場合によっては徹底的に破壊する必要があるのだ。
ダンジョンは、幻魔の巣窟である可能性が極めて高い。
ここは、空白地帯。
幻魔の世界たる地上、その真っ只中なのだ。
ダンジョンがどういう理屈で出現するのかは今も解明されていない。が、これまでの傾向から、元々存在していたものが、異界特有の地形の激変によって露呈しただけなのではないか、と、考えられている。
つまり、この大穴も、元々存在していた可能性が高い。
それがつい一昨日まで隠されていた。
衛星任務は、衛星拠点周辺が安全かどうかを確認するために巡回するものだ。そのために数多くの導士が動員されているが、拠点の防衛のためにも戦力を残しておく必要がある。
拠点だけではない。
衛星拠点とは、央都四市の周囲を守るための衛星であり、拠点なのだ。
央都四市を狙う外敵が出現した場合には、速やかに対応しなければならず、衛星拠点には、そのための余力を残しておく必要があった。
それ故、衛星任務の巡回中、隠蔽されたダンジョンを探し出せないのだとしても、致し方のないことだった。
魔天創世によって異界化した地形は、どこもかしこも、ノルン・システムに記録されたものとは大きく異なるものだ。その差違を元にして調査したところで、ダンジョンを発見するには至らない。
だから、このように空白地帯特有の異変によって出現するのを待つしかないのだ。
ルナは、大穴内部の映像を見つめながら、ふと、疑問に思った。
「ダンジョンって、空白地帯だけのものなの?」
「ん?」
「央都……たとえば葦原市内に突然出現したりすることって、ないの?」
「それは……」
「ないんやな、これが」
「どうして?」
「どうしてもなにも、葦原市を始めとする央都四市は、地下深くまで徹底的に調査されとるからや。葦原市が戦団――当時は人類復興隊やな――によって開発される前、本当に人が住んでも大丈夫な土地なのか、血眼になって調べ尽くした。それはもう大変なことやったらしいで」
おれも詳しくは知らんけどな、と、朝彦はいい、高畑陽の肩に触れた。
「どないや?」
「どないもこないも。大穴の下部には物凄い密度の霧のようなものが満ちていて、ヤタガラスのカメラでも捉えられません。このまま降りていいものか、どうか」
「各所の通路内に入ろうにも、扉が閉まっていて」
とは、宮前春猪。
字と剣もそれぞれヤタガラスを操作していたのだが、いずれも通路内の扉の前で滞空しているようだった。
「さよか」
朝彦は、複数の幻板に映された同じような映像を眺めながら、考え込んだ。このままでは埒が開かないのは、間違いない。
扉。
確かに、扉としかいいようのないものが、通路の先にあった。青みがかった壁面と同化しているかのように見えなくもないが、ヤタガラスの超高性能カメラは、その差異を克明に映しだしている。
金属製の扉。
「……せやな。高畑、きみのカラスはそのまま下ろしてみ。ほかのカラスはその場で待機や」
「はい」
「了解」
それぞれが頷き、ヤタガラスを操作する。
高畑陽が操作するヤタガラスが、朝彦の言うとおりに降下し、大穴の下層に満ちた霧の中へと突っ込んでいく。すると、映像に乱れが生じた。幻板に表示されていた魔素濃度の数値が急激に上昇する。
「これは……」
「魔素異常地帯やな。カラスを引き上げさせぇ」
「は、はい」
朝彦は、幻板に記録されている大穴の全景を見回し、それからこの場にいる全員を見比べた。
「しゃあない……か」
朝彦が最後に目を留めたのは、統魔であり、彼に寄りかかるようにしているルナであった。