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第三十八話 黒き流星は天を翔る(一)

 魔法の光で指定された競星けいせいの開始地点には、出場五校から二名ずつ、合計十名の出場選手が整列し、開始の合図を待っていた。

 競星は、二人一組で行う魔法競技だ。一人は、法器ほうきの制御操縦を行う騎手きしゅ、一人は攻撃や防御を行う乗手じょうしゅという。

 天燎てんりょう高校は、騎手である黒木法子くろきほうこが先頭に立ち、その後ろに乗手である皆代幸多みなしろこうたが並んでいる。法子の手には、BROOMブルームがた法器が握られている。

 他校も同じだ。

 法器を手にする騎手が先に立ち、乗手が並ぶ。

 競星の主役は、騎手である。乗手は、その戦いに花を添えるのが主な役割といっていい。

 星桜せいおう高校は、騎手に三年で主将の菖蒲坂隆司あやめざかりゅうじが、乗手は牡丹寺皓太ぼたんじこうたという三年生だった。法器は当然のようにBROOM型で、桜色に塗装されている。星桜高校の色だからだろう。

 天神てんじん高校は、騎手を金田朝子かねだともこが務め、月島羅日つきしまらびが乗手となっている。どちらも三年生で、金田朝子は主将だ。競技用法器には、金色の塗装がされていて、とにかく目立った。

 叢雲むらくも高校は、騎手は獅子王万里花ししおうまりかが、乗手は長光秀ながみつしゅうが担当している。獅子王万里花は、その名の通り、戦団の第十一群団長獅子王万里彩(まりあ)の血縁であるらしい。法器は、灰色に統一されている。

 御影みかげ高校は、騎手を鉄木清信てつぎせいしん、乗手を鋼丘彩宗はがねおかさいしゅうが務める。やはりどちらも三年生だ。法器は、青ざめているといっても過言ではない色合いだった。

 法器はいずれも競技用のものであり、性能に差はない。事前に検査されているため、間違いないだろう。

 法器という魔具そのものには、性能差の異なる様々な機種がある。それこそ、数え切れないくらいだ。

 が、対抗戦の競星に用いられるBROOM型法器は、そもそも性能差を付けにくいという特性がある。飛行魔法に特化した法器であり、法定規準の速度以上は出ないように作られているからだ。無論、改造することもできなくはないだろうし、対抗戦の競星は、法定速度を無視して飛行することが許可されていた。

 つまり、法器の性能差以上に騎手の技量の差が物を言うということだ。

 そして、競星の出場選手に三年生が多いのも、それが理由だ。

 競星は、法器の制御、つまり飛行魔法の練度が物をいう。それは要するに魔法士としての腕前、技術力が重要だということだ。

 一年生や二年生よりも三年生のほうが、飛行魔法の使い手として優れているのは、ある意味では当たり前といっていい。一年、より長く鍛錬を行い、深く研鑽に励むことができるのだから。

 幸多は、そんな三年生たちに囲まれて、緊迫感すら覚えていた。競星に出場する一年生は、幸多だけだ。二年生ですら、法子だけだった。

 他は皆、三年生。熟練の腕前の魔法士たち。

 だが、法子は一切緊張していない。むしろ彼女は、当然のように言い放った。

「勝つぞ、皆代幸多」

「はい」

 幸多は、法子の宣言によって、心が軽くなるのを認めた。

 真っ青な格好をした競星の審判員が、長い長い杖を天に掲げる。

乗星じょうせい!」

 審判員が声を上げれば、五名の騎手が手にした法器を傾け、地上に対して水平にする。そして、そのまま魔法で空中に浮かせて固定させれば、騎手と乗手が次々と法器に跨がっていった。

 準備は。整った。

 そして、審判員の杖が魔法の火を噴いた。競技場全体に轟くような雷鳴が響き渡り、全選手が一斉に飛び立つ。

 観客が沸き立ち、声援や歓声が飛び交った。


『全選手横並びの状態から始まりました、第十八回対抗戦決勝大会第一回戦、競星!』

『まずは様子見というところでしょう。動き出すのは場内コースを一周した当たりと見ますが』

 実況と解説が状況を説明するまでもなく、事態はゆっくりと進行していた。

 五つの流星が、地上よりわずかに浮いた高度を駆け抜けていく。

 上庄諱かみしょういみなは、貴賓室きひんしつに合流した伊佐那麒麟いざなきりんとともにその光景を見下ろしている。

 麒麟は、運営委員長として開会式を進行するという大役を務めていることもあり、多少緊張している様子だった。

『今回のコース、どう見ますか? 去年とはまったく形を変えてきましたが』

『そうですね。今年は、天に向かって真っ直ぐに伸びた直線コースが特徴的です。しかし、直線的に飛ぶことは許されません』

『大量の障害物がありますからね!』

『しかもよく見ると、動いているものもあります。これは厄介ですよ』

『特に競星は速度が勝負ですしね!』

『はい』

「今回のコース、ちょっと意地悪すぎじゃないかしら」

「運営委員長がいうことか」

「だって、わたしが決めたんじゃないんだもの」

「それはそうだが」

 諱は、麒麟の言い分を理解して、嘆息たんそくした。戦団の副総長らしからぬ気楽さ、気安さがあるのは、長年の付き合いのせいだろう。

「あら、動いたわ」

「む」

 緩やかな螺旋を描く場内コースを真っ先に抜け出したのは、黒い競技服を身に纏い、漆黒の法器を駆る二人組だ。

 天燎高校である。

「ほう、これはこれは」

 感嘆の声を上げたのは、城ノ宮明臣(じょうのみやあきおみ)だ。

 彼は、予想外の状況に昂奮しているようだった。

 


 真っ先に横並びの状況を崩したのは、幸多たちだった。

 幸多を乗せた法器が、先頭に立ったのだ。

 会場に浮かぶ超巨大幻板(げんばん)に映し出された先頭組の様子を目の辺りにして、大盛り上がりに盛り上がるのは、長沢家一同だ。

 珠恵たまえは昂奮のあまり奏恵かなえに抱きついたし、奏恵は、感動もひとしおだった。

「まだ始まったばかりよ」

 冷静なのは、家族の中では望実のぞみだけだった。

 

 控え室の圭悟けいごたちもまた、戦況に昂奮していた。

「まずはいい感じだな」

「よっしゃ、いったれー!」

「いいよ、いい! 皆代くん!」

「頑張ってるのは、先輩だけどね」

「いいんだよ、あいつが気張るのはこれからなんだからよ」

「わかってるわよ」

 真弥まやは、圭悟の反論にふくれっ面になりながら、幻板を見ていた。そんなことはわかりきっているし、だからこそ、集中して見ているのだ。

 螺旋コースにおいて他校を出し抜き、先頭に立った幸多と法子は、天に伸びる直線コースに差し掛かっていた。

 法子の長い髪が棚引き、法器に横乗りになって座る様は、まさに魔女と呼ぶに相応しいものであり、気品さえも感じられた。

 そんな彼女に圧倒的な強さを感じるのは、真弥だけではなかった。

 部員たちは、だれもが息を呑んで見守っていた。


 法子が速度を上げたのは、状況を動かすためだった。

 横並びのまま周回するのは、あまりよろしくないとという判断だ。まず、横並びのままでは、左右からの挟撃きょうげきの可能性があり、そうなれば幸多では対処しきれないだろう。

 であれば、この横並びの状況を崩すことによって、このくだらない膠着こうちゃく状態を終わらせるべきだった。

「出るぞ」

「はい!」

 そして、彼女は速度を上げた。

 低空を加速し、横並びの隊列を崩壊させる。

 幸多は、法器にしがみつき、その加速を耐えていた。急加速ではあったが、予告があったおかげで耐えられた。

 先頭に立った法子は、その勢いのまま競走路を駆け抜けていく。

 場内を周回し、緩やかな螺旋を描くようにして中心部へと向かっていくのだ。

「見たまえ、状況が動く」

 幸多はいわれるまま振り返ったが、ゆとりを持って見ている暇はなかった。

 その点、法子は、法器に横乗りだから、後方を見るのも楽だった。だから横乗りで乗っているわけではない。このほうが格好がいい、ただそれだけの理由だった。

 状況は、動いていた。

 まず、先頭に立った天燎高校を追い抜くべく、各校ともに速度を上げた。横並びで仲良く進む段階は終わり、出し抜き合う戦場へと事態が変化する。

 競技場中心に聳え立つ光の柱に真っ先に到達したのは、幸多たちだった。法子は、法器を器用に操り、飛行魔法を制御する。

「皆代幸多、わたしにしがみつきたまえ」

「は、はい!」

 幸多は、法子の命令には唯々諾々と従うと決めている。考えることもなくうなずき、法器にではなく、法子の腰に腕を回した。腰は細く、少しでも力を入れれば折れそうだった。

「それでいい」

「はい!」

 法子は、法器を傾けながら、光の柱に沿って上空への移動を始めた。当然、法器は垂直となる。法子が幸多にしがみつくようにいった理由は、それだった。

 垂直に上昇するコースである以上、そうならざるを得ない。

 魔法で体を法器に固定させることのできる法子はともかく、幸多はそういうわけにはいかなかったからだ。

 一般的なBROOMブルーム型法器ならばともかく、この競技用法器には、体を固定させるための器具はない。そして、たとえそんなものがあったとしても、垂直に飛行することを考えられているものではない以上、役に立つものかどうか。

「来たか。存外早かったな」

「はい?」

 幸多は、振り落とされないように必死になっていて、法子がなにをいっているのか、皆目見当もつかなかった。腕は法子の細い腰にしがみつき、足は法器を挟み込まなければならない。でなければ、振り落とされかねない。

 そうすれば、失格となる。

 競星は二人一組の競技だ。騎手か乗手、どちらか一人が落下するようなことがあれば、失格と見做される。当然、得点は入らない。

 対抗戦決勝大会は、三種競技の総合得点によって優勝校が決まる。

 幻闘げんとうの結果が大きく左右するとはいえ、得点は一点でも多く欲しいというのが心情だ。その一点が勝敗を分けることだって十分考えられる。

 だからこそ、競星でも負けられない。

 なんとしてでも一位を取るのだ。

 それが圭悟の戦略だ。

 光の柱に沿って、天を昇る。

 前方には進路を塞ぐようにして巨大な立方体が浮かんでおり、ただ真っ直ぐ進むだけでは激突するようになっている。当然、激突すればただでは済まない。速度や角度によっては、法器そのものが落下することだってありうる。

 が、法子の前には、そのような障害物がいくらあろうとも、無意味といってよかった。

 法子の法器捌きは優美にして流麗であり、加速し続けているにも関わらず、障害物にぶつかる様子がなかった。

 進路を塞ぐ無数の立方体、その間隙を縫うようにして飛び回り、さらに上空へと飛んでいく。

 障害物区間を抜けると、長い直線が続いた。この直線を昇りきれば、光の柱の頂点、つまり中間地点となる。

 競星は、中間地点にもっとも早く到達した高校に一点が加算される。一点でも多く欲しい天燎高校としては、これも譲れなかった。

「もっとしっかり掴まりたまえよ」

「はいっ!」

 幸多は、法子のさらに速度を上げるという宣言に驚きながら、彼女の腰を離すまいとした。幸多の目は、遥か前方の中間地点を見据えている。

 まだ遠い。だが、一着で折り返したいのであれば、加速するという判断は正しい。それは、後続を突き放すことにも繋がるのだ。

 そのとき、幸多の視界を黄金の流星が駆け抜けていった。

(金色の……法器)

 忘れもしない、天神てんじん高校の法器だ。

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