第三百八十二話 戦術拡張外装(十)
鎧套・武神に身を包んだ幸多がまず思ったことは、銃王よりも分厚い装甲が全身を覆っているという事実を忘れるほどに身軽に動けるということだ。
眼前のケットシー・マキナのみならず、四方八方の機械型幻魔が幸多を包囲し始めていて、それらが一斉に攻撃魔法を繰り出してきたのだが、彼はそれらを軽々と回避して見せた。全身を重装甲で包み込んでいるとは思えないくらいの運動能力は、素の身体能力を遥かに上回っている。
闘衣自体、幸多の身体能力を引き上げてくれる装備だが、武神は、さらに、飛躍的な能力の向上を実感させてくれるのだ。
全周囲から殺到する水球の数々をひらりと飛んで躱して距離を取り、ケットシー・マキナの群れを眼下に収めたときには、両手を振り抜いている。両手に握っていた短刀を投げ放ったのだ。
双閃は、一瞬にして一体のケットシー・マキナ、その魔晶核とDEMコアを貫き、機能停止へと追い遣った。
が、当然、それだけでは戦闘は終わらない。
武神・幸多の相手となるケットシー・マキナは全部で十体。そのうち、一体を沈黙させたところで、数的有利は相手側にある。
幸多は、さらに召喚した。
「裂魔!」
二十二式大太刀・裂魔が光と共に具現すると、空かさずその柄を握り締め、飛来した水球の数々を切り裂いた。
ケットシーの得意とする攻撃魔法である水球は、見ての通りの魔力体である。
魔力体は、白式武器を叩きつければ、超周波振動による構造崩壊を起こす。
幻魔の肉体と同じだ。
だから、直接的に自分を狙う種類の攻撃魔法はそれほど苦にならない、というのが、幸多の意見だった。合宿仲間の黒乃や義一は、それは幸多だからだろうとあきれ顔だったが、事実なのだから仕方がない。
実際、幸多は、残り九体のケットシー・マキナが一斉射撃でもするかのように放ってきた水球の数々を事も無げに切り裂いてみせると、同時に踏み込み、幻魔との距離を詰めた。
武神は、近接戦闘用の鎧套であり、銃王とは違って遠距離攻撃手段を持たない。
銃王も、遠距離戦闘用とはいえ、撃式武器を装備してこそなのだが、おそらく、武神では撃式武器は上手く扱えないのだ。
銃王は、撃式武器用に設計され、調整された鎧套であり、武神は、白式武器用に設計され、調整された鎧套である。
それは、軽く動いただけでも、実感としてわかる。
撃式武器は、中・遠距離の敵と戦うための武器だ。武器によって射程距離こそ異なるものの、大半は、白式武器とは比較にならない射程距離を持っている。故に、銃王は運動性能を犠牲にしても構わないという設計思想なのだろう。
一方、白式武器は、近距離の敵と戦うためだけの武器だ。先程のように得物を投擲すれば、多少の距離を稼ぐことは出来るが、超周波振動の真価を発揮するためには、やはり、使い手が手放してはならない。
手を離した瞬間、超周波振動が弱まっていくからだ。
武神は、そんな白式武器の性能を最大限に発揮するために分厚い装甲で覆われている。そして、その外観からは想像できないほどの運動性は、装甲が発する駆動音とも関係しているのかもしれない。
幸多は、自分が想像した以上の速度で水球の弾幕を潜り抜け、ケットシー・マキナを至近距離に捉えたことに驚きつつも、裂魔を振り抜いた。半身が機械化された黒猫の怪物、その胴体を真っ二つに断ち切り、すぐさま斬撃を奔らせる。魔晶核とDEMコアを続けざまに切って捨てた。
機械型幻魔は、二つの心臓を持つ。通常時は、幻魔本来の心臓である魔晶核だけが機能しているようであり、DEMシステムが特定のコードを入力することによってDEMコアが稼働するという仕組みになっているらしい。
そして、魔晶核を破壊しただけでは、DEMコアが稼働し、それによって再起動することが確認されている。
だからこそ、機械型幻魔との戦闘では、二つ目の心臓の位置を把握し、両方ともを破壊する必要があるのだ。
多少、面倒だが、大したことはない。
幸多は、武神の性能に酔い痴れかけながら、ケットシー・マキナが生み出す洪水の中から脱出し、裂魔を振り回した。
暴風のような太刀筋が、三体のケットシー・マキナの魔晶体をばらばらにした。そうなれば、魔晶核もDEMコアも関係がない。
残り五体のケットシー・マキナは、幸多を警戒し、距離を取った。飛び離れ、尻尾の傘を頭上に掲げると、そのまま滞空し始める。
「知ってる」
幸多は、機械仕掛けの傘を回転させることによって浮力を得ているらしい機械型幻魔たちを認め、告げた。
ケットシー・マキナとは、義一たちが交戦しているし、それ以外にも多数の導士が、あの花火大会の夜に戦っている。ケットシー・マキナがどのような攻撃手段を持っていて、どこにDEMコアがあるのかなど、そういった情報はとっくに共有されていた。
そして、それらの情報を元に再現されているのが、いまこの幻想空間を飛ぶケットシー・マキナたちなのだ。
だから、幸多は、全く驚かなかったし、ケットシー・マキナたちがつぎに何をしてくるのかも想像がついていた。
遥か上空から、地上の敵に対して波状攻撃を行ってくるのだろう。
そうすることで己の身の安全を図りつつ、敵を斃すことができる――と、幻魔たちは考える。
が、幸多には関係がない。
(武神なら)
幸多は、地上二十メートル以上の高度を漂うケットシーたちを見遣り、駆けだした。
本来ならば、これだけ距離を離されたのであれば、即座に遠距離攻撃に切り替えるべきなのだろう。
しかし、今回は、鎧套・武神の使い心地を試す訓練だ。
ならば、このまま突っ込むのが道理というものに違いない。
幸多は、地を蹴った。全身のバネというバネを活かして、跳躍する。頭上から降り注ぐ水球の雨霰の真っ只中を武神の防御性能だけを信じて、突っ込んでいく。そして、それは間違っていなかった。
ケットシー・マキナの魔法攻撃は、いずれも強力だ。人体ならば容易く粉砕できることは疑いようもなく、だからこそ、小隊には防型魔法の使い手たる防手が必要不可欠なのだ。
防型魔法を展開しながら攻型魔法を放つというのは、余程熟練の魔法士であっても簡単にできることではない。
幸多自身、幻魔との戦闘において最も重要なのは、回避だ。
あらゆる攻撃魔法が、幸多にとっては致命的なものになり得る以上、当たらないように全神経を集中するべきだ。
だからこそ、今日まで生き残ってこられたともいえる。
だが、今回は、防御性能を高めたという武神の実力を確かめるための訓練だ。故に幸多は、強引にケットシーの待つ上空へと突っ込んでいく。
そして、無数の水球を全身で受け止めながら、魔法の嵐を突破する。気づいたときには、ケットシーたちを眼下に見下ろしていた。
(えーと)
幸多は、想像以上の跳躍力と速度になんとも言えない顔になった。ケットシー・マキナの一体でも斬りつけようとしたにも関わらず、それすらかなわず、むしろ飛び越えてしまったのだ。
想定外の事態だったが、問題はない。
ケットシー・マキナたちがこちらを振り仰ぐのは、難しい。機械仕掛けの傘が、幻魔の視界を妨げているからだ。それでも気配だけで幸多の位置を察し、攻撃しようとしてくるだろうが、それよりも早く、幸多は動いている。
「防塞!」
幸多は、足下に二十二式展開型大盾・防塞を召喚した瞬間、それを蹴りつけることによって、空中で角度を変えて見せた。眼下のケットシー・マキナ目掛けて飛び降り、裂魔でもって傘ごと切って捨てる。
そのままでは幻魔の死骸とともに落下することになるため、再び盾を呼び出し、足場とした。当然だが、盾に対空能力などはない。召喚し、具現した瞬間に蹴りつけて、飛ぶのだ。
それが出来るのは、幸多の動体視力あればこそだ、ということは、この光景を観察しているイリアたちにもはっきりとわかることだった。
幸多が、大盾を利用して空中を飛び回るというのは、あまりにも無法としか言いようのない戦いぶりだったが、武器や防具の使い方に決まりがないのが幸多らしいといえるだろう。
だからこそ、幸多は、今日まで生き残ってこられたのではないか。




