第三百八十話 戦術拡張外装(八)
「全部、銃王がやってくれました」
幸多は、的に空いた穴が完璧に中心を捉えていることを確認しながら、イリアと義流に伝えた。それは謙遜でもなんでもなく、本心そのものだったし、事実だった。
幸多も、的を狙い撃とうという心構えがあったし、実際に全力でそうしようとしたのだ。しかし、銃王が半ば自動的に狙いを定めてくれるのであれば、それに従う方が遥かに効率的だということに気づけば、反発する理由もない。
銃王の補助機能を無視して幸多が狙いを定めている間、銃王に従っていれば数個の的を射貫いている――そのような感覚が、幸多の中に残っている。
おそらく、その通りになっただろう。
幸多は、銃の扱いに関してはどうしたところで素人だ。
近接武器こそようやく様になってきたものの、銃を扱いはじめたのはつい先日なのだ。動かない的を狙い撃てるようにこそなったはいいが、それでも狙いを定めるのに多少の時間を必要としたし、それでいて完璧に狙い通りに当たるかと言えば、そんなことはなかった。
先程のカラドリウスとの戦闘だって、乱射したからこそどうにかなっただけのことだ。弾数が限られた状況だったならば、どうにもならなかったのはいうまでもないだろう。
『それも確かだけれどね。きみが銃王の機能を十全に活かした結果なのも間違いないわ』
『ほとんどなんの説明もしていないのにここまで使いこなせるのなら、なにもいうことはありませんな』
『本当よ。ここは使い方がわかりません、教えてくださいイリアさん、って泣きついてくるところよね』
『全く』
「え、いや、あの……なんだかすみません」
『冗談よ』
『冗談だよ』
「えーと……」
イリアと義流の息の合った軽口の言い合いに置いてけぼりにされる中で、幸多は、飛電を掲げた。銃王と接続された突撃銃は、闘衣だけを着込んでいるときよりも余程軽く感じられたし、取り回しも悪くなかった。
装甲から伸びた機具は、がっちりと突撃銃を支えているのだが、しかし、可動範囲が狭くなるようなことはなく、左手で支えているときよりも安定している。
走り回っても、飛び回っても、なんの支障も不都合も感じられない。
なんなら、飛電で殴りかかるなんている無茶すらも可能だった。
無論、そんなことをしたところで、幻魔には全く効果がないのだが。
『つぎは、動いている的を相手にして見ましょうか』
『しかもとびっきりの相手を用意したよ』
「とびっきり?」
幸多は、義流の言い様になんだか嫌な予感がしたが、拒否権などあろうはずもなく、幻想空間上から的の残骸が撤去され、新たに幻想体が構築されていく様を見届けた。
幻想体は、巨大だった。
幸多の三倍以上はあろうかという巨体が、幻想的な光によって構築されていく。
それがなんであるか、幸多は既に悟っている。
ガルム・マキナだ。
機械型と総称される新種の獣級幻魔。
中でも幸多に苦戦を強いた怪物は、DEMシステムのコード666を発動した状態で、幻想空間上に出現したのだ。
通常のガルムの二倍以上の体積を誇るその怪物は、全身から灼熱の炎を発し、それによって紅蓮の体毛を表現しているような化け物だ。まさに魔炎狼と呼ぶに相応しい威容だが、さらに機械型は、全身の様々な部位を機械的な装甲で覆い、背部に独特な器官を備えている。
その器官から炎で編んだ触手を生み出していて、それらがうねり、巨躯をさらに大きく見せる様は、凶悪としか言い様がないだろう。
ガルム・マキナの四つの目が、幸多を睨み据えた。
ただし、ここは幻想空間である。幻想体として再現されたそれは、現実の存在ではなく、情報のみの儚い存在といっても過言ではない。
確かに、完璧に近く再現されてはいる。
幸多や他の導士たちとの戦闘によって得られた情報を元にして再現されたそれが、本物と寸分違わぬ大きさであり、外見であり、能力であることは間違いなかった。
だが、違和感を覚えるのも、当然だ。
ガルム・マキナの幻想体には、殺意がない。
(それが現実と幻想の違い)
幸多は、ガルム・マキナの圧倒的としか言いようのない巨躯を仰ぎ見ながら、実感する。現実において対面したガルム・マキナは、禍々《まがまが》しくも凶悪極まりない殺気を発していた。幸多を殺戮し、撃滅せんという意志があった。
明確なまでの殺意が、炎となって吹き荒れていたのだ。
この幻想空間上に再現された幻魔には、そんなものはない。
ただ、機械的に目標を定め、攻撃するだけなのだ。
無論、それが悪いというわけではない。
殺気などという曖昧なものを機械的に再現することなど不可能なのだろうから、仕方のないことだったし、そんなものを当てにして戦うのも馬鹿馬鹿しいともいえる。
新種の幻魔の情報すらも瞬く間に解析し、幻想体として再現してしまう戦団の技術力の凄まじさこそ、褒め称えるべきだろう。
幻魔に関する情報は、戦団にとって、導士にとって命綱そのものだ。だからこそ、速やかに解析し、共有しなければならない。
そして、新種の幻魔が確認されたのであれば、その情報に目を通し、幻想訓練で戦っておくことが必須とされた。
最終的に自分の命を守れるのは、自分だけだ。
日々の訓練が、それを成す。
導士たちは、そうした現実を知っているからこそ、日夜訓練に励んでいるのであり、情報の更新に務めているのだ。
今日も何処かでガルム・マキナの幻想体を相手に訓練している導士がいたとしても、おかしくはない。
機械型は、獣級下位幻魔に妖級下位に匹敵するほどの力を発揮させた。
その力を、身を以てしっておくことに越したことはないだろう。
『見ての通り、ガルム・マキナよ。きみは、あのとき、飛電の乱射でなんとかしたけれど、今回は無駄弾なしで撃破して見せて頂戴』
『幸多くん。きみがあの夜に出した損害は、実は結構とんでもないものなんだよ』
「それ、聞きました」
『そうか。ならば、きみも理解していることだろう。もちろん、弾を惜しんだ結果、きみが命を落とすようなことになるのは本末転倒極まりないから、実戦でどれだけ無駄弾を撃とうとも気にしないがね』
『副室長の言う通りよ。実戦で優先するべきは、きみの命であり、市民の、仲間の命よ。費用なんて気にする必要はないわ。それでも無駄弾は減らしたほうがいいでしょう?』
「そうですね」
全く以てその通りだ、と、幸多は、思った。返す言葉がない。
無駄弾とは、つまり、標的を逸れた銃弾のことだ。無駄弾が生じるのは、狙いが正確につけられていなかったからだ。
そしてそれは、機械事変の際には仕方のないことだと、幸多は内心言い訳する。
突然銃を手渡され、使わなければならなくなったのだ。
百発百中とはいかないのは、当然だろう。
それに銃弾一つが高価なものだと言うことも知らなかったということもある。無限に弾を撃てると聞かされ、撃ちまくればいいといわれれば、幸多も引き金を引き続けるしかなかったのだ。
もっとも、高級品だという事実を知っていたとしても、あの場合はああする以外になかったのだろうが。
だが、今回は、違う。
完全版の銃王を身に纏っている。
全身を覆う鋭角的な重装甲。独特な駆動音が背後から聞こえてくるのは、この機械仕掛けの装甲がなんらかの動力によって機能しているからに違いなかった。
幸多の銃撃を補正する機能とか、万能照準器とか、それら機能が稼働していることを示しているのだ。
ガルム・マキナが、吼えた。
その咆哮すらも完璧に再現されていて、幻想空間上の大気が引き裂かれるのではないかと思うほどだった。
幸多は、おもむろに飛び退きながら、視線の先で炎の触手が揺らめく様を見ていた。そして、幸多の視線が動く度に万能照準器が自動的に標的を定めてくれるので、引き金を引くだけで良かった。
凄まじい轟音が連続的に鳴り響き、閃光が無数に煌めいた。
飛電の銃口から放たれた弾丸の尽くが、機械型幻魔の巨躯に吸い込まれるように直撃し、あるいは、迫り来る炎の触手を全て撃ち落として見せた。無数の火線には、一切の無駄がない。
飛電が火を吹く度、ガルム・マキナの巨躯が激しく揺れた。
ガルム・マキナがその戦闘行動を停止するまで、時間はかからなかった。
幸多の圧勝だったのだ。