第三百七十九話 戦術拡張外装(七)
魔法不能者専用の装備群。
その事実そのものは、窮極幻想計画の概要を聞かされ、計画に深く関与することとなったときには知っていたことだ。
しかし、改めでその事実を認識するとなると、幸多自信、多少なりとも興奮を禁じえないのだ。
全身を包み込む重装甲が、しかし、その重厚感からは考えられないほどに動きやすく作られている。見た目ほどの重量感も圧迫感もなければ、むしろ、身体能力を向上させてくれるような感覚すらある。
戦闘行動に、なんの支障もない。
これまで通り、いや、これまで以上に戦えるようになるのではないか――そこに疑問を持つ必要はないのだろうという確信もある。
そのための戦術拡張外装であり、鎧套であり、銃王なのだ。
『じゃあ、試してみよっか』
「はい!」
幸多は、興奮気味にイリアの提案に頷くと、飛電を構えた。
前方、無数の幻想体が浮かんでいる。
射程魔法の訓練のために利用されることが多い円盤状の幻想体は、同心円状の模様が描かれている。いわば、的だ。
的の中心を狙い撃つことが、この訓練の目的に違いなかった。
幸多が、飛電を右腕だけで構えられることに感動さえ覚えていると、眼前に薄い板状の透明ななにかが出現した。驚きを覚えつつ、イリアに聞く。
「これは?」
『銃王は、撃式武器専用の鎧套といったでしょう。たとえずぶの素人でも、撃式武器を完璧に使いこなせるようにするのが、銃王の役割なのよ。例えば今、きみは飛電を手にしているけれど、飛電と銃王が接続していることもちゃんと理解しているわね?』
「はい」
幸多は、目の前に展開した透明な板が視界を妨げないことを確認しながら、頷いた。見ればわかることだった。銃王の装甲部から伸びた機具が飛電と連結しており、その巨体を支えている。
だからこそ、飛電を右腕だけで扱うことが出来るのだ。
『飛電は、強力な突撃銃だけどその分とても大きくて、本来ならば両手が塞がってしまうという難点があるのよ。幻魔との戦闘において、これは致命的なものになりかねない。あらゆる状況に対応できるように片方の手は開けておきたいでしょう?』
「それはそうですね」
ガルム・マキナとの戦いを思い起こせば、確かにそのほうがいいような気がした。ガルム・マキナこそ攻撃一辺倒でどうにかなったものの、あれ以上に凶悪な幻魔が存在するのだから、想定しておくに越したことはない。
ガルム・マキナ以上の強敵に苛烈に攻め立てられるようなことになれば、両腕が塞がっている状態で狙いを定め、撃ち続けることは困難ではないか。
そう考えれば、塞がるのが右腕だけになる銃王の補助機能というのは、極めて重要であり、ありがたいものだ。
『鎧套は、強大な力を持った幻魔との戦闘を想定した装備よ。きみがどれだけ優れた身体能力を持っていても、闘衣と武器だけでは限度がある。実際、鬼級幻魔相手には手も足もでなかったでしょう。鎧套は、戦術拡張外装。きみが戦う術を拡張するための外付けの装備なのよ。そして銃王は、銃撃においてきみを万全に補助する。いまきみの視界を覆っているのは、銃王の兜が発生させている万能照準器よ』
「万能照準器」
『銃王は、きみの頭脳と神経接続によって繋がっているわ。よって、きみが意識すれば照準器が出現するし、不要だと考えるだけで消える仕組みになっているから、邪魔にならないはずよ。そして、照準器は、きみが狙いを定める際に大きな助力となる』
「なるほど」
幸多は、イリアの説明をしっかりと聞きながら、飛電を構え直した。すると、万能照準器と呼ばれた透明な板の中に変化が生じた。的に銃口を向けようとすると、幸多の視界に縦横に線が走ったのだ。
「この縦と横の線が交わる場所が照準ということ、ですね」
『そういうこと。目標を照準の中心に定めて、引き金を引くのよ。そうすれば、確実に対象を撃ち抜くことができるわ』
『なにも気負うことはないよ。銃王が完璧にきみを補佐してくれるからね』
「はい!」
イリアと義流の言葉に応えながら、幸多は、目標を定めた。万能照準器の縦横の線が交わる一点を的の同心円の中心に合わせ、引き金を引く。瞬間、雷鳴のような轟音とともに閃光が生じ、弾丸が発射された。
超周波振動弾が一条の光線の如く虚空を駆け抜け、的の中心に穴が空く。
『お見事。さすがだ』
『さすがは銃王ね』
『そこは幸多くんを褒めましょうよ、室長』
『幸多くんの素晴らしさは語るまでもないでしょう』
『なるほど。確かに』
なんだか気恥ずかしくなるようなことを言い合っているイリアと義流に対して、幸多はなにもいわず、黙々と的を撃ち続けた。
そして幸多は、的から的へと狙いを変える際に気づいたことがある。
次の目標と定めた的を見た瞬間、万能照準器の縦横の線そのものが動いたのだ。幸多の目線と同調しているかのようであり、そしてそれがなにを示すのかと言えば、そのまま引き金を引くだけで、線の交点に向かって弾丸が飛んでいくということである。
幸多は、的を次々を変更しながら、照準が的の中心部に重なった瞬間に引き金を引いた。飛電は突撃銃だ。凄まじい連続射撃が可能であり、だからこそガルム・マキナの猛攻を凌ぎきることが出来たということを思い出す。
そして、だからこそ、百体もの的を瞬く間に撃ち抜いてしまうことだってできたのだ。
幸多は、全ての的の中心を完璧に、しかしあっさりと撃ち抜けたことに呆然とすらした。
戦術拡張外装・鎧套の、銃王の素晴らしさは、それだけでも十二分に理解できる。
労せずして射撃の名手になったような感覚を味わえているのだ。
『これは……』
『幸多くんが凄いとしか言い様がないわね』
「そんなことありませんよ」
幸多は、イリアと義流が絶句しているような反応にこそ、苦笑するほかなかった。
幸多の前方には、完璧に中心を撃ち抜かれた無数の的が浮かんでいる。それらの成果が幸多自身の能力によるものではないことは、幸多が一番よく理解していた。
ガルム・マキナとの戦いでは、まともに狙いを付けることもかなわなかった。銃弾を乱射したからこそなんとかなっただけであり、かなりの銃弾を無駄にしたことは、戦闘後、イリアたちに無言の圧力をかけられたものである。
撃式武器の銃弾は、ただの銃弾ではない。
超周波振動弾と呼ばれる特別性の銃弾であり、とても高価なものだということは、いわれるまでもなくわかることだ。
なぜ、魔法の普及と共に通常兵器が廃れていったのかといえば、魔法が極めて万能に近く、通常兵器が魔法士にも幻魔にも通用しなかった、というのがもっとも大きな理由だ。しかし、それだけが全てではない。通常兵器は、術者の魔力、魔素を消費するだけでいくらでも使うことのできる魔法に比べると、消耗しやすく、多額の費用がかかるからだ。
兵器というのは、維持費だけでもそれなりの金額が必要となる。
それに比べれば、魔法士の維持費などたかが知れているだろう。
魔法士も、魔法の多用の反動によって後天的魔法不能障害を患う可能性があるものの、それは余程の場合だけだ。大半の場合、魔法士が消耗した魔力というのは、一晩寝るだけで十二分に回復するものだったし、尽きるということがなかった。
魔素は、常に生産されているのだから、当然といえば当然だった。
通常兵器が廃れるのも道理としか言いようがない。
仮に幻魔が出現せず、魔法時代が隆盛を極めたのだとしても、通常兵器が廃れることは間違いなかっただろう、と、いわれている。
そして、超周波振動弾だ。
銃弾一発に費やされる金額は、導衣一着分、法機一個分であるらしい。
銃弾を補充する必要がないために乱射することも可能だったし、だからこそ、ガルム・マキナの猛攻を凌ぎきり、打破することができたとはいえ、幸多は、その後しばらくはイリアたちにどのような顔をすればいいのか困り果てたものだった。