第三百七十八話 戦術拡張外装(六)
『予定していた状況とは違うけれど、まあ、いいわ。多少、銃の扱いに関する訓練を受けただけであれだけの結果を出せたんだもの、なにもいうことはないし』
『さすがは我が偉大なる妹、美由理の弟子だな!』
「師匠の教え方が上手かったんですよ」
イリアの賞賛と興奮気味の義流の言葉を受けて、幸多は、幻想空間上に溶けるように消えていく猛毒の嵐を見ていた。
疲労感は、ない。
カラドリウスの集団から全速力で逃げ回り、激走したものの、そんなものは幸多にとっては大した消耗ではないのだ。
銃撃による反動も、思ったほどではない。
使ったのが、二十二式連発銃・迅電だからだろうが。
『もちろん、それもあるでしょうけれど、きみ自身の身体能力の高さ、動体視力の優秀さがあればこそ、素早く飛び回る小さな標的を撃ち落とせたのは間違いないわ』
イリアが手放しに褒めてくれるものだから、幸多は、なんだか照れくさくなった。
先程も述べたとおり、合宿の最中、美由理から直々に銃の扱いに関する訓練を受けたというのが、幸多の中では極めて大きい。
本物の銃を扱ったのは機械事変の一度きりであり、幸多のこれまでの人生の中で全く縁のなかった代物だ。そもそも銃に触れることなど、撃式武器の存在を知るまでは、想像だにしていなかったのだ。
しかし、戦団の導士として幻魔と戦っていく上では、遠距離攻撃手段を持っておくに越したことはなかった。
近接攻撃手段こそ充実していたが、それだけでは、ガルム・マキナのような幻魔を相手にした場合、どうすることもできなくなる。
無論、戦団の最小戦闘単位は、小隊だ。小隊の隊員同士で連携し、弱点を補い合うことにこそ、戦団の強みがあるのはわかっている。
小隊として活動するのであれば、近接攻撃能力に特化するというのも悪くはないかもしれない。
が、幸多自身が遠距離攻撃能力を持つことのほうが遥かに重要であるということもまた、事実だった。
ガルム・マキナとの戦いの経験がそう認識させた。
だから、銃の使い方を美由理から学ぶことになったのだが、美由理は銃の扱いも上手かった。
伊佐那流魔導戦技は武芸百般――とは、美由理の言葉だが、まさにその言葉通りに美由理はなんでも熟せるようだった。
おかげで、幸多の銃の扱いは、多少は増しになっているのだ。
狙いを定め、撃つ。
ただそれだけのことだが、素人と玄人ではあまりにも大きな差があるのだ。そして、一週間ばかりの訓練で狙いが付けられるようになるのだから、馬鹿にしたものではない。
美由理との訓練だけでは実感が湧きづらかったが、こうして実戦形式の訓練を行えば、銃の扱いが上達したのだと確認できるというものだ。
『きみが銃を使いこなせるようになってくれればそれに越したことはないけれど、それだけではどうしようもないこともあるのよね』
『確かに』
イリアの発言に義流が深々と頷く様子が簡単に想像できて、幸多は口元を綻ばせた。
『鎧套は、戦術拡張外装の名の通り、闘衣の、いえ、きみの戦術の幅を広げるためのものよ。たとえば、きみは、迅電ならば扱えるけれど、飛電はどうだったかしら』
イリアがいうなり、幸多の目の前の空間に幻想体が出現した。二十二式突撃銃・飛電である。
直後、幸多が手にしていた迅電が、幻想空間上に霧散する。
もう一度、飛電を使え、ということだろう。
幸多は、その鋭角的な大型の銃器を右腕で抱え込むように持ち、左手を添えた。
さらに、風景に変化が生じる。
夜の葦原市から、見慣れた真っ白な空間へと様変わりしたのだ。
縦横に等間隔に線が入った真っ白な空間は、俗に言う汎用訓練場である。どこまでも続く広大な空間だけが取り柄としか言いようのない戦場であるが故に、様々な目的の訓練に利用されるという。
そして、そのなにもない空間上に出現したのは、百体もの幻想体の的であり、幸多は、それらの的を見て、なにをするべきなのかを理解した。
『飛電なら簡単に打ち落とせるはずよね』
イリアが発破をかけてきたものだから、幸多も俄然やる気になった。
重量感たっぷりの突撃銃を構え、前方の空中に並ぶ無数の的、その一つに目標を定める。呼吸を整え、狙いを済まし――引き金を引く。
「っ」
幸多は、引き金を引いた瞬間、爆音とともに生じた物凄まじい反動に弾き飛ばされながら、笑うしかなかった。そういえば、そうだった。
飛電は、闘衣だけでは使えるものではない。
「どういうつもりなんですかね」
幸多は、吹き飛ばされた場所で起き上がりながら、この様子を見ているのであろうイリアたちに向かっていった。
『ごめんなさいね。幸多くんがあまりにも出来過ぎだったから、飛電も使えるんじゃないかって』
「さっき使えなかったじゃないですか」
『迅電は使いこなせたじゃない?』
「それは、迅電がそういう設計だからでしょう?」
『幸多くんが正しいです、室長』
『わかってるわよ』
イリアが苦笑とともに己の失敗を認めると、すぐさま幻想空間に反応があった。
幸多の全身が光に包まれたかと思えば、わずかばかりの圧迫感があり、それが具現化する。
先程、現実空間で見た装備そのものが、幸多の全身を包み込んでいたのだ。全体として鋭角的な印象を受けるそれは、闘衣ごと幸多を覆い隠すような分厚い装甲である。しかし、重量感はあまりなく、最初に感じた圧迫感もいつの間にか消えていた。
『戦術拡張外装――鎧套・銃王よ。着心地はどうかしら』
「最初は圧迫感があったんですけど、いまはありませんね」
幸多は、分厚くなった自分の腕を見下ろし、手のひらを開いたり握ったりしながら感覚を確かめると、その場で跳んで見た。さらに空中で回し蹴りをして、着地と共に足払いをし、前方へと飛びかかって拳を打ってみる。
演武によって戦術拡張外装・鎧套の運動性を確認したのだが、一切問題ないということがわかった。
闘衣に比べ重装甲だが、可動範囲が狭まるとか、体が重くなるとか、そういう問題が一切なかったのだ。
少なくとも、現状に関していえば、だが。
そして、機械事変の際に装着したのが、このいま身につけている装甲の極一部に過ぎなかったのだと、改めて理解し、認識する。
本来ならば、これだけ重武装なのだ、と、がっちりと着込んだ己の姿、その一部を視界に収めることによって把握していく。
闘衣が体にぴったりと密着し、装甲部以外は体の線がわかるほどの薄さだったからこそ、鎧套との違いがはっきりとわかるのだろうが。
『圧迫感を感じないのは、鎧套が、きみの体格に合わせて自動的に調節しているからよ。たとえば、わたしが身につけても、なんの問題もないの』
『別の意味で問題だらけですがね』
『まあ、そうね』
「問題だらけ?」
『魔法士には使えないってことよ』
「そうなんです?」
『そうよ。窮極幻想計画は、言ってしまえば、魔法不能者のための新兵器開発計画。魔法士のための武器や防具は、別の開発室が行っているもの。わたしたち第四開発室は、魔法不能者のためだけに研究と開発を続けてきた。そして完成したのが、闘衣であり、白式・撃式の武器群であり、鎧套なのよ』
イリアが滔々《とうとう》と説明してくれたものの、それだけでは、なぜ魔法士には使えないのかの説明にはなっていない気がした。
しかし、幸多は、そのことを聞いている場合ではないということも理解している。
この鎧套の性能を実証しなければならない。
そのためには、と、幸多は足下に転がっていた飛電を拾い上げ、右腕で抱え込んだ。すると、鎧套が反応して、なにか機具のようなものが飛電と接続した。
それによって、飛電が右腕だけで抱えられるようになり、左手を添える必要がなくったことを瞬時に理解する。
『銃王は、その名の通り、銃の王。撃式武器専用の鎧套なのよ。全ての撃式武器に完全完璧に対応し、その性能を最大限に発揮できるようになっているわ』
イリアの説明が、飛電を見つめる幸多を昂揚させたのはいうまでもない。




