第三百七十七話 戦術拡張外装(五)
二十二式連発銃・迅電。
拳銃と言っても過言ではないそれは、確かに闘衣を身に着けているだけの状態で使っても支障のない撃式武器だった。
反動は、あった。
だが、飛電ほど強烈なものではなく、第一世代闘衣・地流によって底上げされた幸多の身体能力ならば、余裕で耐えられるくらいの衝撃に過ぎなかった。
先程の飛電のように吹き飛ばされずに済んだことは、幸多に安心感をもたらしている。
右手だけで使えるというのも、大きな利点だ。
幸多は、そんなことを考えながら、ガルムの巨躯がその場に沈んでいく様子を見ていた。
迅電による銃撃を連続で受けた結果、ガルムの強固な外骨格に複数の穴が空き、そこから体内の魔晶核に致命傷を受けたのだ。完璧に再現された獣級幻魔の断末魔が、幻想空間に反響する。
連発銃というだけあって、かなりの連射が効いた。連射機能のある飛電とは違い、撃つ度に引き金を引く必要こそあったが、それそのものは大した問題ではない。
そして、命中精度も悪くはない。むしろ、良すぎるくらいではないか。
多少訓練を受けた程度の素人同然の幸多が、十発撃って全弾を命中させることができたくらいだ。
無論、訓練用に調整されたガルムがやたらめったら動き回らなかったからではあるのだが。
『さすがとしか言い様がないわね。この一週間でここまで出来るようになっているなんて』
「迅電の性能のおかげです」
『それもそうだけど、きみの訓練の成果も確かに感じたわ。まあ、元々きみの身体能力、動体視力は頭抜けていたし、心配なんて一切していなかったんだけど。つぎは、どうかしらね』
イリアは幸多を手放しで褒め称えつつも、次なる試練を提示した。
多数の幻魔が出現し、幸多を包囲したのだ。
下位獣級幻魔カラドリウスが、二十体。
相当な数だ。
愛らしい白い小鳥のような姿形からは想像もつかないほどに狂暴で凶悪な幻魔たちは、幸多の全周囲を取り囲むように配置されており、素早く飛び回っていた。
先程のガルムに対し、素人同然の幸多が一発も撃ち漏らさなかったのは、的同然に動かず、巨体だったからだ。多少狙いがずれても当たるくらいの巨躯だからこそ、幸多も安心して撃ちまくることが出来たといえる。
一方、いままさに幸多の周囲を飛び回るのは、小鳥のような幻魔の群れだ。それも素早く飛び交っていて、一点にとどまる気配がない。。
その動きそのものは、幸多には極めて緩慢に見えていて、正確に捉えられているのだが、しかし。
(これは……)
幸多は、迅電を構え、狙いを定めようとして、絶句した。高速で飛び回るカラドリウスが二十体もいて、それらが入り乱れるように渦を巻いている。狙いを定めるだけでも一苦労だったし、定まったと思った瞬間に引き金を引けば、閃光と爆音は、虚空を貫いていった。
そして、その瞬間、カラドリウスたちの猛攻が、幸多に襲いかかった。
四方八方から降りかかる毒液の雨霰には、幸多は一目散に逃げ出さなければならなかった。全力で跳躍し、カラドリウスの竜巻ともいうべき包囲網を強引に突破する。着地と共にさらに距離を取ろうとするも、そのときには無数の小鳥たちが背後に迫っていた。
とにかく、素早い。
振り向き様に迅電を構え、目の前まで肉迫していたカラドリウスに向かって引き金を引くも、銃弾はまたしても虚空を突き破っただけだった。
さらに連発する幸多だったが、全弾、虚しく明後日の方向に飛んでいく。
幸多は、憮然としつつも、殺到するカラドリウスの毒液の雨を避けた。
「なるほど」
『なにを納得したんだい?』
「いやあ、動く的に当てるのって本当に難しいなって」
『それはそうでしょう。カラドリウスほどの速度で飛行する目標を容易く撃ち抜ける人間なんて、旧時代にだっていなかったはずよ。きみの動体視力でもってしても、簡単に出来ることじゃないわ』
幸多は、イリアの話を聞きながら、市街地に逃げ込んだ。
幻魔災害対策都市である葦原市は、どこもかしこも幻魔との戦闘を想定した作りになっている。
建物は低く、道幅は広く。
故にこそ、幸多の考えが尽く空振りに終わるのだから、困ったものだ。
(魔法士にとってはいいんだろうけどさ)
魔法士ならば、戦闘空間は広ければ広いほどいい。
強力な魔法は、基本的にその影響範囲が広くなるものだ。たとえ、小さな魔力体に凝縮したのだとしても、直撃の瞬間、その余波は広範囲に及ぶ。だからこそ、幻魔との戦いは広い空間で行いたいというのが魔法士の考えであり、戦団の考えなのだ。
そしてそのためにこそ、幻魔災害対策都市としてこの葦原市が作り上げられた。
そして、それは上手くいっているのだろう。
幻魔災害が起きた事による二次災害、三次災害が極めて少ないという事実がそれを示している。
だが、幸多には、この広大な道幅が厄介だった。
狭い場所に逃げ込み、カラドリウスの群れを一カ所に集めようと考えたのだが、幻魔災害対策都市では、それが難しい。
少なくとも、屋外では。
幸多は、カラドリウスが魔法で生み出した猛毒の塊を辛くも躱しながら、前方に聳える雑居ビルの窓を突き破って屋内に入り込んだ。甲高い音を立てて産卵したのは、まず間違いなく超強化硝子だ。
幻魔災害対策の一環である。
カラドリウスたちは、といえば、考える間もなく追いかけてくる。
屋内。
屋外の町並みは、戦団の前身である人類復興隊が立案した央都開発計画に従って作られたものであり、道幅の広さや建物の高度制限などもそのときに決められたものだ。それから五十年が経過し、各所に様々な建物が建てられたが、いずれも央都の法に則ったものである。
つまり、幻魔災害対策に従っているということだ。
しかし、建物の内側、屋内はといえば、どうか。
屋内の広さまで幻魔との戦いを想定するというのは、そう簡単にできることではないのだ。廊下や通路を道路と同様の広さにするなど、土台無理な話だ。
故に、幸多は、屋内にカラドリウスを引き込んだのだ。
雑居ビルの廊下は、決して狭いわけではなかったし、天井も低くはなかったのだが、市街地と比較するとなにもかもが違った。
幸多を追跡してきた二十体のカラドリウスは、自由自在に飛び回ることができなくなったのだ。
幸多は、幻魔を振り向くと、空かさず狙いを定め、引き金を引いた。閃光と爆音。銃弾がカラドリウスの翼を突き破る。
(当たった!)
直撃ではないが、今まで掠りもしなかったことを考えれば、上出来としか言い様がない。
さらに連発すると、ついに一体の額を撃ち抜くことに成功した。
カラドリウスたちの周囲に律像が展開し、甲高い鳴き声が響き渡ると、その全身から紫色の粒子が砂嵐のように噴き出したものだから、幸多は三発銃弾を打ち込んで後方に退いた。
カラドリウスは、人体を侵蝕し、内側から破壊していく毒を様々な形で操る。毒液を飛ばしたり、毒の雨を降らせたり、毒の嵐を起こすのだ。
猛烈な勢いで、猛毒の嵐が迫ってくる。
これは、屋内に引き込んだがために遭遇した窮地といっていい。
屋外ならば、猛毒の嵐の範囲外に逃げるのも難しくはないが、屋内という限られた空間では、簡単なことではなかった。幾重にも折り重なった猛毒の粒子が津波のように迫ってくるのは、壁や天井が拡散を防いでいるからにほかならない。
幸多は、振り向き様に迅電を連射し、再び廊下を駆け抜けた。階段を上り、階下から猛然と迫ってくる毒の嵐のただ中に銃弾を撃ち込む。
『残り十体だよ、幸多くん』
義流の報告を聞き、幸多は、さらに走った。階段を駆け上がり、廊下を駆け抜け、振り向き様にカラドリウスを捉え、迅電を連射する。閃光と爆音の乱打。衝撃が右腕を突き抜けるが、大したものではない。
狭い廊下内で行動を制限されたカラドリウスは、屋外よりも遥かに狙いが付けやすかったものの、幸多の放った銃弾がついに最後の一体を打ち倒したのは、屋上へと至る階段でのことだった。
屋上へと通じる扉を蹴破って外に出て、さらに別の建物の屋上へと飛び退けば、猛毒の嵐が上空へと拡散していく様を見た。
幸多は、そこでようやく安堵の息を吐いた。
拍手が、脳内に響き渡る。
『素晴らしいわ、幸多くん。本当に素敵よ』
イリアの絶賛ぶりには、幸多自身も納得の行くものだった。
それくらいの達成感があった。