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第三百七十六話 戦術拡張外装(四)

 眼下には、夜の葦原あしはら市の町並みが広がっている。

 厳しい外観の戦団本部が主張も激しくそびえているところから見て、中津区なかつく本部町ほんぶちょう辺りだということが瞬時に理解できるだろう。

 すぐ近くを未来河みらいがわが流れていて、その膨大な水量の上を万世橋ばんせいばしかっている様もうかがえる。当然だが、河川敷には人気はなく、ただ、街灯の光だけが存在している。

 人気がないのは、なにも河川敷だけではない。

 時間帯など関係なく、ありとあらゆる場所に人がいなかった。

 それもそのはずだ。

 幸多こうたは、遥か高空から地上に落下していく感覚の中で、そんなことを思った。

 これは幻想空間上に構築された情報だけの世界。

 幸多の意識だけが、この幻想世界に入り込み、実体を伴っているような錯覚に包まれながら、自身の肉体を完全に再現した幻想体が構築されているのを実感する。

 やがて、地面に降り立った。

 万世橋の東詰ひがしづめ辺り。

 ちょうど、幸多がガルム・マキナと戦った地点だ。

 頭上を仰ぎ見ると、星のない夜空が広がっていた。この訓練において星など無用だからだといわんばかりだ。そして、星も月も存在しないのに完全な暗黒に包まれないのも、それが理由に違いない。

 幻想空間は、ありとあらゆることが自由に設定可能なのだ。

 当然、明るさの調整だって自在であり、暗くも明るい、奇妙な感覚が幸多の中にあった。

 幸多が幻想空間に突入したのは、鎧套がいとうとノルン・システムの常時接続の利点を実感として理解するためである。

 そして、幸多はいま、闘衣とういを身につけている。

 闘衣。

 全身を覆う漆黒の衣に、人体の急所を守るための装甲を重ねた装備である。頭部も兜によって守られている。

 これだけでも幻魔と戦えるくらいの装備だ。身につけているだけで身体能力を飛躍的に向上させ、生存力を高める機能も充実している。

『きみがいま身につけている闘衣は、これまで使っていたものとは違うわ。それもわかるわよね?』

「は、はい」

 幸多は、脳内に響いたイリアの声に慌てて返事をしながら、全身を確かめるように見た。

 そういわれて見てみれば、闘衣の細部に変化が加わっているように見えた。全体として丸みを帯び、流線型を描いているような、そんな印象だ。

『名付けて、第一世代闘衣・地流ちりゅう!』

『いつも思うんだけど、どういう理屈でそういう名前になったのかを知りたいわ』

『直感、天啓てんけいですが、なにか』

『……まあ、いいわ。名前にこだわる必要もないし。わたしが重視するのは、性能だもの』

『さすがは室長、夢がない!』

『それ、けなしているわよね?』

『そんなことありませんよ、室長。自分がどれほどまでに室長を尊敬奉そんけいたてまつっているのか、美由理みゆりに聞かせましょうか?』

『どうしてそこで美由理が出てくるのかしら……』

 現実世界での義流ぎりゅうとイリアのやり取りを聞いている間に、幸多の置かれている状況は大きく変化した。

 前方、万世橋の車道に歪みが生じたかと思うと、幻想体が出現したのだ。戦団の情報庫に蓄積された膨大な情報を元に完璧に近く再現された、獣級幻魔じゅうきゅうげんまガルム。その燃え盛る炎のような巨獣は、低く、地を這うような唸りを上げ、幸多を睨んだ。

 禍々《まがまが》しく燃え盛る赤黒い瞳が、夜の闇を吹き飛ばすかのようだ。

『第一世代闘衣・地流は、あらゆる面で試作品を上回る性能をしているわ。それについては、まあ、いうまでもないでしょうけれど』

(そっか)

 幸多は、イリアがなにをいいたいのかを察して、体を軽く動かした。短く跳ね、身を捩って空を蹴る。そして地面に着地するとともに拳を突き出し、回し蹴りへと繋げ、構えを取る。

 一連の動作に一切の乱れはなく、むしろ普段以上に加速しているような感覚さえあった。体から力が湧き上がるような、そして引き絞られるような感覚。神経が研ぎ澄まされ、視野が広がり、今まで見えていなかったものまで見えるような、そんな錯覚。

 それもこれも、一度体験したものである。

 天輪てんりん技研の新戦略発表会で行われた幻想空間上での演習、その際に用いられたのが、この地流と名付けられた闘衣なのだろう。

 あのときの昂揚感を思い出す。

 幸多は、拳を握り締め、開いた。

『さすがの身体能力ね。幸多くん、本当にきみは最高よ』

「そうですか?」

『ええ、最高。じゃあ、まずはその状態でこれを使ってみましょうか』

「はい?」

 幸多は、目の前の空間がねじ曲がるのを見て、そこに幻想体が出現するのを理解した。やがて形となったのは、二十二式突撃銃にじゅうにしきとつげきじゅう飛電ひでんであり、幸多はそれを両腕で抱えるようにして受け止めると、右腕で抱え込み、左手を添えた。銃把じゅうはを握るのは、右手である。

「これで、ガルムの相手をしろ、と」

『そういうことだ、少年! 飛電の一撃で、ガルムを仕留めたまえよ!』

『なんなの……』

 幸多は、義流の興奮ぶりに気後きおくれするようなイリアの声を聞きながら、飛電を掲げ、ガルムを凝視ぎょうしした。

 すると、魔炎狼まえんろうの全身から熱気が燃え上がり、大口が開かれた。口の中から炎がき出すのとともに咆哮が響き渡り、大気が激しく震えた。幻魔の周囲に律像りつぞうが展開するのを見届けるつもりは、幸多にはない。

 幸多は、ガルムの頭部に狙いを定めると、引き金を引いた。閃光と、雷鳴のような轟音、そして凄まじい衝撃が幸多の全身を貫く。

「っ……!?」

 幸多が立っていられなくなるほどの衝撃は、彼の体を小さく浮かせた。それが飛電の銃撃と同時に生じた反動だということは瞬時に気づいたが、どうにもならない。

 銃弾は、吸い込まれるようにしてガルムの頭部に突き刺さり、幻魔に怒号を上げさせる。致命傷にはならない。

 幸多は、着地と同時に右に飛んだ。ガルムが、怒号とともに魔法を発動させたからだ。火球が直線的に飛来し、地面に火の尾をくようにして、幸多が立っていた場所をき焦がしていった。

 その間、幸多は移動し続けている。

 そして、再び銃撃。

「くっ!」

 再度、凄まじい反動が幸多の体を襲い、空中に打ち上げた。

 銃弾は、ガルムの喉元を貫き、その凶悪な双眸を幸多に向けさせるに至る。幸多はといえば、橋の欄干らんかんを飛び越えそうになり、慌てて左手で欄干を掴んでいる。そのまま、左手の力だけで全身を持ち上げようとするも、失敗に終わった。

 左手に力が入らない。

(ああ、そうか)

 幸多は、左手が機能不全に陥っている理由を察すると、万世橋が遠ざかっていく光景を見ていた。そのまま、未来河に落ち、水没する。

 それも、一瞬。

 刹那、暗黒が意識を塗り潰したかと思えば、次の瞬間には、幸多の意識は万世橋に転移していた。意識だけではない。幻想体そのものが、ガルムと向き合った状態に戻されていた。

 初期配置であり、ガルムの状態も元に戻っている。

銃王じゅうおうの必要性、重要性が身を以て理解できたでしょう』

『まあ、闘衣だけで使うのなら、飛電じゃなく、迅電じんでんを用いればいいだけなんだが』

『そうね……でも、どうかしらね』

『どう、とは?』

『一度試してみるのもありね』

 イリアは、そういうと、さらに別の武器を幻想空間に出現させた。

 一見すると拳銃に見えなくもないそれは、二十二式連発銃にじゅうにしきれんぱつじゅう・迅電であり、幸多は、空中に現れたそれを手に取ってみた。

 端的にいえば、拳銃だ。飛電同様、鋭角的な形状をしており、魔法金属の塊ではあるが、大きさだけでいえば右手だけで扱うことの出来そうだった。決して軽いわけではないが、幸多の筋力ならば問題にならない重量だ。銃把を握り、引き金に指を触れる。

 銃口をガルムに向けると、幻魔が吼えた。

 開戦の合図だ。

 幸多は、ガルムが律像を展開する様を見ながら、狙いを定めた。

 銃の扱い方に関していえば、この一週間の間に多少なりとも学んでいる。

 合宿では、幸多は別の訓練を受けることが少なからずある。

 幸多以外全員が魔法士で、幸多だけが魔法不能者だからだ。

 美由理としても、幸多を魔法士たちと同じ訓練を受けさせるわけにはいかない。魔法が使えないのに、魔法を使うための訓練を受ける意味などあろうはずもないのだ。

 だから、幸多には専用の特訓が課せられ、その中に銃の扱い方が加えられたのは、美由理がイリアたちから撃式武器の存在を聞いたからのようだが。

 幸多は、ガルムが動き出すより早く、引き金を引いた。

 閃光が視界を掠め、爆音が耳朶じだを灼くようだった。


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