第三百七十五話 戦術拡張外装(三)
戦術拡張外装・鎧套。
機械事変の際、機械型幻魔ガルム・マキナに苦戦していた幸多の窮地を打開したそれは、第四開発室が推進する窮極幻想計画の中で研究、開発した武装である。
幸多が機械事変の際に身につけた鎧套・銃王は、ほんの一部に過ぎなかった。右半身をわずかに覆うような機械的な装甲は、いまも脳裏に焼き付いている。しかし、その一部からは全体像を想像することはできなかったし、実際にその全体像を見せつけられると、得も言われぬ感動と興奮を覚えたのだ。
幸多が銃王の全体像を見たのは、これが初めてだ。
機械事変時には未完成だった鎧套が、ようやく全体像を見せられるくらいに組み上がったということであり、だからこそ、その全身を覆う分厚い装甲服のような威容を見せてくれたのだろう。
銃王は、やはり、全体として鋭角的な印象を受ける装備だ。頭の天辺から足の爪先まで、全身、あらゆる箇所を包み込む魔法金属製の装甲群。鋭角的で機械的、そして攻撃的な形状をしている。
一度装着したことによって理解できているが、鎧套は、闘衣の上から装備し、闘衣の、幸多の戦闘能力を向上させ、戦いの幅を大きく広げるものである。
銃王は、読んで字の如く、銃の王だ。
撃式武器を用いた銃撃戦は、幸多は決して得意とはいえないが、銃王の一部を装備したことによって、かなり戦えたような気がしたのだ。実際、ガルム・マキナとの戦いは、銃王の補助があればこその勝利だったのは間違いなかった。
そして、だ。
この場にあるのは、銃王だけではなかった。
幸多は、銃王の左右に並んだ鎧套を見比べながら、それぞれ特徴的な外見をしていることに着目しつつも、さらなる興奮と期待に胸を膨らませた。。
「これ、鎧套ですよね? 全部、全部鎧套なんですか?」
幸多が義流に質問すると、彼は明らかに嬉しそうな顔をした。
「まあまあそう興奮しなさんな。わかるよ、すっごくわかる。かっこいいよねえ、素敵だよねえ、燃えるよねえ、うんうん、おれもこれを身につけて戦いたいと思うんだよ、本当。かっこいいし、かっこいいから」
「あなた、普段の語彙力がどこかにいっているわよ」
「普段からこんなものですがね」
「だったかしら」
イリアは、義流の反応に呆れながらも、幸多が興奮する様子を好ましく見ていた。
幸多は、三種の鎧套を目の当たりにして、とてつもなく昂揚しているようであり、目がいつになく煌めいていた。
幸多が義流と同種の人間であるということはともかくとして、彼が嬉しくなっているということがイリアにも嬉しかったのだ。
「幸多くんは、既に実戦で使用してもらったからどういうものなのか、実感として理解しているでしょうけれど、これら戦術拡張外装・鎧套は、窮極幻想計画の支柱といっても過言ではない代物よ」
「窮極幻想計画の……支柱!」
幸多は、イリアの言葉を反芻し、ごくりと唾を飲み込んだ
「窮極幻想計画は、魔法不能者が幻魔を打倒するという窮極の幻想を実現するための計画。それは、わかるね?」
「はい」
「窮極幻想計画には三本の柱があってね。その一本目が白式・撃式の武器群、二本目が闘衣、そして三本目の柱が鎧套なんだよ」
「幻魔を攻撃することを可能とする武器群、身体能力を引き上げ、生存力を高める闘衣――この二つだけでも戦えないことはない、と、以前のきみは考えていた」
「……えーと、まあ、はい」
実際、そうだった。
白式武器と闘衣だけで妖級幻魔サイレンを斃せたし、鬼級幻魔バアル・ゼブルに斬撃を届かせることだってできた。
だが、ガルム・マキナのような戦法をとられれば、その限りではない、ということも身を以て理解している。
距離を取り続け、遠距離攻撃に徹されると、白式武器だけではどうしようもない。
そこで、撃式武器があるのだろうが、しかし、銃王の存在意義を考えると、どうやら撃式武器を取り扱うのは簡単なことではないようだ。
「でも、そうではなかった。ガルム・マキナとの戦いの中で、きみは実感したはずよ。闘衣と白式武器だけでは手に負えない状況、打開できない窮地が存在するという事実に」
イリアは、手元の端末を操作して幻板を出力すると、この間の戦闘の記録映像を流した。ガルム・マキナと幸多の戦いである。
再起動後のガルム・マキナの苛烈な攻撃の数々は、幸多にはどうすることもできないものばかりだった。
幸多に打つ手はなく、救援が来るまで逃げ回るしかなかった。
実際問題、それでいい場合もある。
大多数の導士が、自身よりも強力な幻魔と遭遇した場合は、周囲に被害が出ないようにしながらも防戦に徹するものだ。幻魔を打倒しうる戦力が結集するまでの時間稼ぎである。そうすることで自分だけでなく、結果的に数多くの命を救うことにも繋がるのだ。
もっとも、鬼級幻魔と遭遇した場合には、逃げの一手しかない。
少なくとも、星将級の魔法士でもなければ太刀打ちできないのが、鬼級幻魔なのだ。
幸多は、バアル・ゼブル相手に生き残った。しかしそれは幸運に恵まれただけの話であり、実力が伴っていたわけではない。
運が良かった。
ガルム・マキナのときだって、そういっていい。
「まあ、ガルム・マキナ程度の相手なら、撃式武器を用いるだけで斃せたんでしょうけれど」
イリアは、二十二式突撃銃・飛電の銃口から発射された超周波振動弾が、魔力体を撃ち抜き、ガルム・マキナの装甲をも貫通する光景を見て、告げた。
撃式武器が、機械型幻魔にも通用することが証明されている。
「でも、撃式武器の扱いは、銃を使ったこともないきみには難しいでしょう。だから、未完成だった銃王の一部を使ってもらったのよ」
「銃王は、撃式武器の使用を全面的に補助するだけでなく、銃撃の瞬間の反動を極限まで軽減することができるんだよ」
「そういえば……」
幸多は、右手と左手を見下ろした。銃撃の瞬間のことを思い出す。飛電の引き金を引いた瞬間、飛電を抱えていた右腕にはほとんど反動がなかったが、飛電を支える左手には強烈な衝撃を感じたのだ。
そもそも義手である左手は、白式武器の使用すら禁じられているのだが、撃式武器もまた、左手では持ってはいけないというだけのことなのかと勝手に思っていた。が、どうやらそうではないらしい。
銃王が、銃撃の際に生じる反動を激減させていたという。
確かに、そう考えれば納得の行く出来事ではあった。
銃王の一部を身につけた右半身には、なんら影響がなかったのだ。
「そして、銃王に限らず、鎧套は、ノルン・システムとの常時接続が可能となっているわ。これがどういうことかは、幸多くんならわかるわよね?」
イリアは、幻板に流れている映像をある一点で静止した。幸多が放った銃弾が、ガルム・マキナのDEMコアを撃ち抜いた瞬間の映像である。超小型自動撮影機ヤタガラスが撮影した映像は、多角的にその瞬間を捉えている。
「魔晶核の位置がわかる……とか?」
「まあ、それもあるわね」
だが、それは、大抵の場合、既にわかっているものだ。
獣級下位から妖級上位に至るまで、個性というものが存在しない、いわば量産型の幻魔ばかりである。ガルムはガルム、フェンリルはフェンリル、ケットシーはケットシーに過ぎず、その種の中で個性を獲得する幻魔というのは、基本的には存在しないと考えていい。そして、同種の幻魔であれば、魔晶核の位置も同じであり、それらはほとんど全て調べ尽くされていて、共有されている。
導士だけではない。
幻魔の魔晶核の位置は、一般市民にも公開されている。
万が一、幻魔災害に遭遇し、逃げ場もなく追い詰められた場合、魔法で魔晶核を攻撃するという最終手段が認められていた。それによって生存した市民も少なからず存在していたりする。
情報の共有は、重要だ。
特に幻魔の生体、弱点、魔晶核の位置に関する情報は、全人類が共有しておくべきだった。
今回、ヴェルザンディが幸多に伝えたのは、ガルム・マキナの体内に存在したもう一つの心臓、DEMコアの位置である。
それは、通常のガルムには存在しないものということもあり、ノルン・システムが解析しなければ、あるいは真眼を用いなければ、すぐには見つからなかっただろう。機械型の魔晶体を徹底的に破壊しなければならなかったはずだ。
もっとも、それに関していえば、鎧套を身につける必要はなかった。
ノルン・システムの解析情報は、速やかに各地で戦闘中の導士に伝達され、それぞれの戦闘に大いに活用された。
幸多がヴェルザンディと繋がっていなくとも、情報官から知らされたはずだ。
だから、鎧套とノルン・システムの常時接続の利点は、それではない。




