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第三百七十四話 戦術拡張外装(二)

 魔暦まれき二百二十二年八月十一日。

 花火大会から一週間が経過した今日は、合宿二度目の休養日である。

 イリアが幸多こうたを呼び出したのは、日曜日が休養日だということを知っていたからだったし、休養日ならば美由理みゆりも文句はいわないだろうと考えたからだ。

 もっとも、仮に休養日じゃなかったとしても、美由理が口出ししてくる理由も権限もないのだが。

 窮極幻想計画きゅうきょくげんそうけいかくは、イリアが立案したものだが、護法院ごほういんによって認可を得だものである。いまでは、戦団の立派な戦略の一つであり、第四開発室が総力を挙げて遂行している計画なのだ。

 いくら愛弟子まなでしとはいえ、彼のためでもあるのだから、美由理が口を挟む理屈はないのだ。

 そんなことを考えてしまうのは、彼の人生にとっての貴重な時間を奪っているという実感もあるからだが。

 とはいえ、それもこれも彼が今後生き延びていくためなのだから――などと、イリアは、すぐ後ろをついてきている少年のことに想いを巡らせる。

 戦団本部技術局棟第四開発室技術試験場、通称・工房の最奥部さいおうぶに足を踏み入れる。広々とした空間内には、やはり、様々な魔機まきが所狭しと配置されていて、第四開発室の導士どうしたちが熱心に作業に従事している。

 無数に浮かぶ幻板げんばんが、それぞれの作業内容を明示しているのだろうが、幸多にはわからない。

 幸多が目に留めたのは、一角に鎮座している人型魔動戦術機ひとがたまどうせんじゅつきの残骸である。

「イクサですよね?」

「ええ。イクサの残骸。あの事件の後、工場の地下で発見したのよ。で、分解して持ち運んできたのをここで組み立てたってわけ」

「動きませんよね?」

「コアが死んでるもの。もう二度と、動くことはないわ」

 イリアも、幸多にならってイクサの残骸を見遣みやった。その鉄の巨人めいた威容がもはやただの置物のように成り果てていることには、無常さを感じないこともなかった。

 イクサの残骸に関する研究が再開される運びとなったのは、機械型幻魔の出現に伴ってのことだ。

 機械型幻魔から観測された固有波形は、DEMシステムやDEMユニット、DEMコアとの関連性をうかがわせるものであり、ノルン・システムは、機械型幻魔の体内にDEMコアが内蔵されている事実を看破かんぱした。

 そして、魔晶核ましょうかくを破壊され、生命活動を停止したはずの機械型幻魔が再起動した理由が、コード666の発動に伴うDEMコアによる魔晶体ましょうたいの乗っ取りであることも明らかになっている。

 機械型幻魔は、間違いなく、イクサの技術を転用して改造されたものだ。

 しかも、アスモデウスではなくマモンの固有波形が観測されたことから、マモンがその開発に関わっていることも確かだ。

 人間に擬態ぎたいし、双界そうかいに暗躍したアスモデウス。

 その技術を受け継ぎ、幻魔を改造したマモン。

 彼ら〈七悪しちあく〉は、明確に組織としての連携を取り、活動している。

「あれは……」

 幸多が次に見たのは、イクサの残骸の隣に置かれた幻魔の死骸である。いくつもの幻魔の死骸が整然と並べられている様は、異様としか思えないが、しかし、調査研究のためなのだということは疑いようがない。

「ガルム・マキナにフェンリル・マキナ、ケットシー・マキナ……まあ、機械型マキナ・タイプって一纏めにいったほうが早いか」

 イリアの説明を聞きながら、幸多は、機械型の死骸に見入った。全身というよりは、体の所々に魔法金属オリハルコン製の装甲や機構を取り付けられた幻魔たち。

 幸多が直接戦闘したガルム・マキナは、頭部と背中に機構があり、極めて狂暴かつ凶悪だったことが昨日のことのように思い出された。

 フェンリル・マキナは、頭部が三つあり、別の獣級幻魔ケルベロスを連想させた。ケットシー・マキナは、尻尾から金属製の傘が展開していて、後ろ足が装甲に覆われている。

 いずれも、機械化によって強大な力を得ていた。

「そして、こっちは天使型エンジェル・タイプよ」

 イリアが指し示した方向に幸多が目を向けると、巨大な幻魔の死骸の一部が置かれていた。切断面がはっきりと見えるが、どこまでも結晶構造の魔晶体でしかない。生物的な内臓などは存在しないのだ。

「オファニムでしたっけ」

「ええ。オファニム。天使の階級の一つで、座天使ざてんしとも呼ぶわ」

「座天使……」

「ちなみに、ドミニオンは主天使しゅてんしで、オファニムよりも一つ下の階級とされているわ」

 ドミニオンとは、英霊祭えいれいさいに現れた、初めて確認された天使型の幻魔のことだ。人間に危害を加えるどころか獣級幻魔リヴァイアサンを攻撃するだけして姿を消し、さらに後日、幸多がバアルと遭遇した際、バアルに攻撃し、気を逸らしてくれたらしい。

 そのことから、ドミニオンは人類の敵ではないのではないか、などと考えることもなくはなかったが、しかし、幻魔は幻魔だ。

 たおすべき敵であり、滅ぼすべき存在にほかならない。

 そう思っていた矢先、出現したのが、オファニムである。

 幸多は、記録映像で見たオファニムの全体像を思い出しながら、その死骸の極一部でしかない眼前のそれを見つめた。

 オファニムは、全長二十メートルほどの巨躯を誇る、球体型の幻魔だった。顔が男性形と女性形の二つあり、全身から光の翼を生やし、光の輪を頭上に浮かべている姿は、異形でしかなかったが、どこか神秘的でもあった。

 オファニムが現れたのは、光都こうと跡地である。

 そして、それは、統魔による本荘ほんじょうルナの正体暴露作戦繰り広げられている最中のことであり、麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅう率いる第九軍団五十名との激闘は、映像だけでも苛烈としか言いようのないものだった。

 その戦いの中で見せた本荘ルナの自己犠牲的、献身的な振る舞いが、統魔とうまをして彼女を受け入れさせたというのだから、オファニムの存在は極めて大きいだろう。

 その本荘ルナは、現在、第九軍団皆代小隊の一員として、衛星任務についている。

 彼女が本当に人類の敵ではないのか、許容して良い存在なのか、その是非を確かめるべく、戦団の主戦場へと送り込んだのだ。

 また、衛星任務真っ只中の皆代小隊は、新たな天使型幻魔と遭遇している。人間の女性に見えなくもない姿形をした二十体の幻魔たち。それらは、ミトラ軍の殻印こくいんを持つ幻魔の集団を攻撃し、殲滅せんめつするとともに姿を消したという。

 それら天使型幻魔は、主天使ドミニオン座天使オファニムに習って、天使エンジェルと呼称されることとなった。最下級の天使のことだ。

 さて、幸多が今考えるべきは、そんなことではない。

「こっちよ」

 イリアは、さすがに幻魔や機械の死骸を見ている場合ではない、と、幸多を奥へと促した。

 工房の最奥部に向かえば、伊佐那義流いざなぎりゅうが二人を出迎えた。

「室長、幸多くん、お待ちしてましたよ」

 義流は、相も変わらぬ明るさで笑いかけてきたものだから、幸多も笑顔で応えた。

「準備はできているかしら」

「もちろんです、室長。幸多くんも準備はいいかな?」

「準備って、なんのですか?」

「当然、最新兵器のだよ」

「はい?」

「それだけじゃなにかわからないでしょ」

「まあまあ、そう焦らずに。こういうのは、目一杯勿体ぶらないと」

「焦ってはいないけれど、まあ、いいわ。好きにして頂戴」

 イリアは、義流に適当に対応すると、そそくさと奥へと歩いて行った。

 義流は、そんなイリアの反応にも慣れたものなのだろう。まったく気後れしている様子もなく、幸多を奥へと案内した。

「……なんなんです?」

「いっただろう。勿体ぶる、と。全ては着いてのお楽しみってことだよ」

「はあ……」

 義流の返答は要領を得ないものであり、幸多も生返事を浮かべるほかない。

 だが、義流が勿体ぶった理由は、すぐに理解できた。

 義流に案内されるまま、工房最奥部を歩いて行くと、組み上がったばかりと思しき兵装の数々が視界に入ってきたのだ。

「わあ」

 幸多が思わず声を上げたのは、整然と立ち並ぶ装甲群を目の当たりにしたからだった。

 闘衣とは異なる全身装甲服とでもいうべき兵装群。かつて魔法時代に発明され、しかし、魔法の前に成すすべもなく潰えた機動甲冑を想起させる武装。

 その一つには、見覚えがあった。

 戦術拡張外装・鎧套がいとうの一、銃王じゅうおうである。




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