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第三百七十一話 衛星拠点(四)

「あれは……」

 統魔とうまは、輸送車両の遥か前方に降り注ぐ光の雨を見つめながら、意識を戦闘状態へと移行させた。それは無意識の行動であり、反射である。星央魔導院において導士のなんたるかを学び、徹底的に叩き込まれた結果、考えるまでもなく反応するようになっている。

 それが、戦団の導士というものだ。

 そして、彼が乗る輸送車両イワキリが突き進むのは、起伏に富んだ地形の真っ只中だ。ぬかるんだ地面を駆け抜けると、凹凸だらけの場所に至り、さらに結晶樹けっしょうじゅが前方を塞いだので大きく迂回する。

 全てが自動操縦であり、統魔が運転する必要性は皆無だ。

 結晶樹とは、この異界化した世界に酸素を供給する、異界生まれの植物のようなものだ。結晶構造ということで、植物よりは幻魔に近いそれがいつ頃からこの地上を埋め尽くしたのかはわからないが、魔天創世まてんそうせい後に誕生した新種の生物であることは疑いようがない。

 魔天創世によって既存の生物は死滅したが、結晶樹のような新種の生物が誕生していないわけではないということだ。

 もっとも、人類が発見した新種の生物といえば、結晶樹くらいのものなのだが。

 そして、もしこの地上に結晶樹が存在しなければ、人類は地上奪還を企てようともせず、ネノクニに閉じ籠もっていたのではないか、と、考えられている。

 結晶樹がないということは、酸素がないということだ。いくら異界環境適応処置を施したところで、酸素がなければ生きてはいけないだろう。

 ネノクニには、有り余るくらいに酸素があり、だからこそ生き残っていられたのだが。

 それはそれとして、皆代みなしろ小隊を乗せたイワキリは、速度を上げ、小高い丘を飛ぶように駆け抜けていく。

 前方には、どす黒い沼地が広がっている。

 イワキリの端末が出力する幻板げんばんには、周辺の大まかな地図が表示されているのだが、それによれば第七衛星拠点の遥か南東部であることがわかる。

 衛星任務の範囲内ではあったが、今回、皆代小隊が巡回する予定の場所ではなかった。

 しかし、幻魔の戦闘行動を目撃した以上、そちらに直行するのは、小隊長として当然の判断だろう。

「幻魔同士の戦闘のようですね」

「幻魔同士で戦うんだ?」

「もう忘れたのか。思い切り目撃しただろ」

「あれ? そうだっけ」

「あのなあ」

 統魔は、ルナがすっかり光都こうとでの戦闘を忘れていることに呆れてしまった。

 統魔は、ルナを執拗しつように狙い続けた天使型幻魔オファニムが、悪魔型幻魔とでもいうべき鬼級おにきゅう幻魔アザゼルによって撃破されたことをいっている。

 あれも、幻魔同士の戦いだった。

「奴らは、幻魔と総称されているだけで、仲間意識もなければ同族意識もない。あるのは強烈なまでの生存本能であり、強大な力への畏怖だけだ――と、いわれているな」

 とは、枝連しれん。後部座席から身を乗り出した彼は、前方に降り注ぐ光の雨を見遣みやりつつ、入念な戦いの準備をしている。つまり、魔力の錬成であり、防型魔法の想像である。分厚い律像りつぞうが、彼の周囲に展開していた。

「人間同士だって戦い合うし、仲間意識とか、同族意識とか、関係ないんじゃん?」

「それもそうだね」

 香織かおりがいえば、つるぎが頷く。当然、二人も戦闘状態へと意識を切り替えていて、いつでも飛び出せるようにしていた。

 あざなもだ。

「第七衛星拠点に報告。皆代小隊の進路上に戦闘中の幻魔の群れを発見。これより、これと交戦準備に入ります」

 字が拠点への報告を済ませるかたわらで、統魔は、イワキリを停車させた。小高い丘を上りきった地点に止めれば、前方で繰り広げられている幻魔同士の戦いの様子がはっきりと見えた。

 地上には、多数の幻魔がいた。

「霊級が五十、獣級下位が二十、妖級下位が一……殻印こくいん付きだな」

 統魔は、幻板に拡大された獣級幻魔オルトロスの右肩、妖級幻魔ゴーレムの右肩に記された複雑怪奇な紋様を確認しながら、いった。その紋様は、既に戦団によって確認され、記録されているものである。

 鬼級幻魔ミトラの殻印。

「ってことは、どっかの〈クリファ〉の斥候せっこうってこと?」

「おそらくは、そうなる」

「斥候?」

「〈殻〉は、幻魔の王国だ。そして、幻魔の王国は、いつだって領土争いの真っ只中なのさ。だから、常に近隣の〈殻〉の動向をうかがっているし、攻め入る機会を探っている。そのために時折繰り出されるのが、斥候部隊というわけだ」

「なんでそんなことわかるの?」

「殻印付きだからだよ」

「殻印付き?」

「……この間説明しただろ」

 統魔は、運転席のドアを開けると、車外に出た。異様な外気が全身を包み込み、寒気すら感じさせるが、問題はない。意識は戦闘に向けられていて、研ぎ澄ませている。

 ルナが助手席から飛び出してくると、統魔にべったりとくっついた。

 それを反射的にとがめようとして諦める字の傍らで香織がにやりとし、その様を見て、枝連と剣が肩を竦め合った。

「殻印っていうのは、〈殻〉に所属していることの証だ。〈殻〉の王の所有物であることのな。そして、殻印付きの幻魔には自由はない。〈殻〉の内部ならいざしらず、〈殻〉の外での行動にはなんらかの意味を伴うものなんだ」

「なるほど」

 ルナは、幸多の腕に自分の腕を絡みつかせることに集中しながら、適当に相槌を打つ。必要なことは、統魔や字が知っていればいいし、重要なことは、嫌でも覚えることになるだろうという感覚が彼女の中にあった。

 殻印だかなんだか知らないが、そんなものを覚えている暇があるのであれば、少しでも戦力になれるように鍛錬する時間に当てたいというのが、ルナの本音なのだ。

 ルナは、ついこの間まで一般人だったのだ。

 無論、魔法士まほうしとして生まれ育った以上、一般的な魔法の知識はあったし、飛行魔法程度ならば自由自在に使えるくらいには技量もあった。しかし、それは一般的な生活に不自由しない程度の魔法技量であって、幻魔との戦闘において役立つものかといえば、疑わしい。

 だからこそ、日夜訓練に励んでいるのだが、それがどれほど身についているのか、彼女自身、全く自信が持てなかった。

 だから、いきなり衛星任務に連れ出されたことに不安すら感じているのだ。

「で、あれはなんだ?」

 枝連が、遥か頭上を仰ぎ見る。

 地上の斥候部隊に向かって降り注ぐ光の雨は、考えるまでもなく、魔法による攻撃だった。しかも、遥か上空からの魔法攻撃であり、地上にいる幻魔たちには為す術もないといった有り様だ。

 最下級の幻魔である霊級幻魔は、光の雨に打たれると、一発二発で消し飛び、蒸発するかのようにして霧散してしまった。

 双頭の魔獣であるオルトロスは、たけり、魔法防壁を構築することによって光の雨を受け止めているものの、光の雨の威力は凄まじく、瞬く間に貫かれている。

 その斥候部隊における隊長であろう妖級幻魔ゴーレムは、石の巨人のような姿形をしている。全長五メートルほどだろうか。その頑強極まる巨躯きょくこそが最大の武器であり、最硬の防具でもあり、光の雨の直撃を受けても微動だにしないのは、さすがだろう。

 そして、光の雨である。

 統魔は、遥か上空を睨み据え、それを視認した。

 光の雨の発生源に、それらは浮かんでいる。光の翼を展開し、蒼穹そうきゅうと白雲の狭間を旋回する幻魔たち。しかし、その姿形は、幻魔というよりは天使のように美しく、神々《こうごう》しい。

「あれは、天使型か」

 統魔がつぶやくと、彼の腕に絡みついていたルナの腕の力が強くなった。当然の反応だろう。ルナにとって、天使型幻魔とは恐怖の象徴でしかないのだ。

 天使型幻魔オファニムは、彼女を殺すためだけにその強大な魔力を費やした。

 天使型幻魔がこちらに気づけば、また、彼女を襲ってくるかもしれない。

 統魔も、その可能性を考えずにはいられない。

「天使型って、やっぱ、ほかの幻魔と敵対しているんだ?」

 香織が天使型の攻撃が、ミトラ軍の斥候部隊を撃滅しようとしている光景を見つめながら、いった。

 絶え間なく降り注ぐ光の雨には、一切の情け容赦がなく、圧倒的かつ破壊的だ。

 周囲の地形もろともに幻魔の群れを一掃するかのようであり、苛烈極まりない。

「そうらしいな」

 天使型が対立しているのは、どうやら悪魔型とだけではないらしい。全ての幻魔と敵対しているのではないか、というのは、希望的観測に過ぎないし、それが人類にとって喜ぶべきことなのかどうかの判断をするには、あまりにも情報が少なすぎるのだが。

「で、どうする? 隊長」

 剣が、統魔に問うたのは、こうして見ている間にも斥候部隊が壊滅し始めているからだ。

 手を出すべきか、どうか。

 それを決めるのは、隊長たる統魔の役目だ。


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