第三百六十八話 衛星拠点(一)
衛星拠点。
戦団が、央都四市を囲うようにして空白地帯に築き上げた防衛拠点のことをそう呼ぶ。
央都を惑星に見立て、そう名付けられたという。
全部で十二カ所に衛星拠点は存在し、それぞれの拠点には、戦団戦闘部十二軍団の半数である六軍団が割り当てられている。
それこそ、央都防衛構想である。
央都防衛構想そのものは、戦団の前身である人類復興隊によって央都が作り上げられたときから考えられていたことだ。
最初、央都は、葦原市だけを指す言葉だった。やがて出雲市、大和市、水穂市と次々と新たな都市が誕生していく中で、央都と呼ばれていた地は葦原市と名を改め、央都は人類生存圏そのものを指す言葉となった。
もっとも、央都防衛構想が本格的に動き出したのは、つい最近といっていい。
魔暦二百十七年、光都事変が起こり、央都が危機に直面したことによって、戦団は、央都を取り巻く状況というものを再確認するに至った。
央都周辺には数多の〈殻〉があり、それらの〈殻〉には膨大な数の幻魔が生息しているということは、予てよりわかっていたことだったし、実感として理解していることではあった。
しかし、〈殻〉とは、鬼級幻魔を中心とする、いわば幻魔の王国である。〈殻〉の王たる鬼級幻魔の大半は、己が野心の赴くままに近隣の〈殻〉との闘争に全力を注いでいることが大半だった。
領土争いにこそ全力を注ぐために、それ以外が疎かになっていることは、調べればすぐにわかることだ。
かつて、魔天創世が起こる以前、幻魔戦国時代と呼ばれる時代があった。
二度に渡る魔法大戦によって多くの人命が失われ、数多の国家が崩壊し、混沌が世界を包み込んだ。
人類が区分するには、混沌時代と呼ばれる時代である。
その時代、人類が存亡の危機に瀕する中、幻魔は最盛期を迎えようとしていた。
それこそ、何億、何十億という幻魔が誕生し、地球を埋め尽くしていったのだ。
多数の鬼級幻魔が誕生したのも、魔法大戦によって多量の魔法士が命を落とした結果だと考えられている。
幻魔は、魔法士の死によって生じる膨大な魔力を苗床として、誕生する。その際、どの程度の等級の幻魔が誕生するのかは、魔力の質量によってある程度決まるとされているが、確定的な研究結果があるわけではない。
幻魔の存在が確認され、幻魔がどのように誕生するのかが判明したのは、魔法時代のことだ。そして、魔法時代には、幻魔の発生に関する様々な研究が行われた。それこそ、生命倫理に反する、人道を踏み外したような研究が行われ続けたといわれている。
何名もの、いや、何百、何千もの人命が奪われたといい、それによって、魔法士の死が幻魔の発生に繋がっていることが確定的なものとなったのだから、必要な犠牲だったのだろう。
もっとも、魔法士が死ぬことによって確実に幻魔が発生するわけではない、ということもまた、明らかになったのだが。
魔法士――つまり、魔法を使うことの出来る人間が死ぬと、幻魔が発生する可能性がある、ということだ。
そして、発生する幻魔の強度、等級というのは、その際に生じた魔力の質量に大きく関連しているが、それが全てではない、ということも判明している。
たとえば、魔法士の死によって膨大な魔力が生じたとしても、強力な妖級幻魔が一体誕生する可能性もあれば、多数の獣級幻魔が発生することもありうるのだ。
そして、高位の幻魔である鬼級幻魔が発生する可能性というのは、極めて低い。
どれだけ強大な力を持った魔法士であっても、その死によって誕生するのは、必ずしも強力な幻魔ではないということだ。
ともかく、魔法大戦によって大量の幻魔が誕生し、鬼級幻魔の数が増大したのは疑いようのない事実であり、それによって人類は大きく後退し、衰亡の一途を辿ったのはいうまでもない。
そして、鬼級幻魔のほとんど全てが、己が本能に忠実であり、燃えたぎるような野心家であった。〈殻〉と呼ばれる領土を構築し、己が領土と勢力を拡大するために全力を尽くした。妖級以下の幻魔を兵隊として運用し、近隣の都市を攻撃し、領土を広げ、〈殻〉同士がぶつかり合えば、幻魔の国と国、勢力と勢力の戦争が勃発する。
そうして世界全土を幻魔の戦争が飲み込んでいったのが、幻魔戦国時代のことである。
その後、加熱し続ける幻魔戦国時代を終結させたのは、エベルと名乗る鬼級幻魔であったが、エベルは、魔天創世によって地球の環境そのものを幻魔にとって最良のものに作り替えた直後、その姿を消した。
魔天創世のために力を使い果たし、滅び去ったのだ。
エベルという統一者を失った幻魔の世界は、瞬く間に乱れ、再び戦国時代へと突入した。
人類は、その間、ネノクニに潜み、地上の様子を窺うことすらしていなかった。地上に残っていた人類は、魔天創世とともに滅び去り、地上の様子を知る方法もなかったのだから、仕方のないことかもしれない。
人類が再び地上に舞い戻ることが出来たのは、魔天創世から数十年の後のことである。
そして、人類生存圏・央都が誕生した。
央都――後の葦原市は、鬼級幻魔リリスが主宰していた〈殻〉バビロンの跡地に作り上げられた。バビロンの周囲には、当然ように数多の鬼級幻魔の〈殻〉があり、戦団は、それらの〈殻〉との戦いに勝利することによって、人類生存圏をさらに拡大することに成功している。
それが出雲市であり、大和市であり、水穂市なのだ。
それからしばらくは、平穏だった。少なくとも、外敵が攻め込んでくることもなければ、そのような気配もなかったのだ。
戦団は、央都の内側で時折発生する、幻魔災害や魔法犯罪に対応するだけで良かった。
無論、央都周辺の空白地帯を警戒しないわけにはいかなかったし、空白地帯では戦闘の起きない日がないくらいに幻魔が徘徊していた。
どの〈殻〉にも所属していない、いわゆる野良幻魔も少なくなかったが、〈殻〉に属する殻印持ちの幻魔も多かった。そして殻印持ちの幻魔は、敵対勢力の動向を探るために差し向けられている可能性が高く、央都の平穏を守るためには、発見次第即刻撃破するべきだと考えられていた。
そのおかげで央都が近隣の〈殻〉から攻撃を受けなかった可能性は、決して低くない。
事実、光都事変が起きたのは、光都の守りがあまりにも薄かったからにほかならないだろうし、光都が央都侵攻への橋頭堡として利用できる位置にあったからだろう。
光都事変により、近隣の〈殻〉が央都侵攻を企んでいることが明らかになったことは、戦団にとっても予期せぬ出来事ではなかった。その可能性は十二分に考えられていたが、しかし、大半の〈殻〉は、近隣の〈殻〉との闘争に明け暮れており、央都に戦力を差し向ける余裕がないのではないか、とも考えられていた。
だが、そうではなかった。
いつだって、央都に大戦力を差し向けてくる可能性があったのだ。
故に、戦団は、央都防衛構想を本格化させた。
つまりは、衛星拠点の構築である。
央都という惑星を守る十二の衛星たち。
央都と近隣の〈殻〉との間に横たわる空白地帯に築き上げられた砦には、多数の導士を常駐させており、〈殻〉が差し向けてくる幻魔の兵隊を撃滅し、侵攻を抑止する役割を持つ。
全部で十二ある衛星拠点を、戦闘部十二軍団の半数である六軍団で受け持つことになっているのが、従来の央都防衛構想である。
戦闘部十二軍団は、一軍団につき一千名の導士が所属しており、衛星任務を担当することになった軍団は、二つの衛星拠点にそれぞれ五百名ずつの導士を割り当てている。
麒麟寺蒼秀率いる第九軍団は、この八月、第七、第八衛星拠点を担当することになっており、皆代小隊は第七衛星拠点に割り当てられていた。
第七衛星拠点は、水穂市の南方に広がる空白地帯に作り上げられた衛星拠点だ。
そして、第七拠点が警戒するのは、水穂市の南東部に存在する鬼級幻魔ミトラの〈殻〉と、衛星拠点よりもさらに遥か南方、海の向こう側に存在する鬼級幻魔シヴュラの〈殻〉である。
皆代統魔は、〈殻〉と空白地帯の境界付近に立ち、遥か南方を見遣っていた。
黒々とした死せる大地の遥か彼方、やはり同じように全てが真っ黒に染まった海が横たわっている。
かつて、膨大な生命で満ちていた海もまた、魔天創世によって死の世界と化しているのだ。