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第三百六十二話 幸多のこと(三)

「きみが聞きたいことというのは、つまり、さ。きみ自身の体の秘密について、だろう?」

 妻鹿愛めがめぐみは、幸多こうたの目を見つめながら質問した。白金色の頭髪を女神たちの光で輝かせる医務局長は、相変わらず胸元の大きく開いた服を着ていて、その上から白衣を羽織っている。

 そして、白衣の胸元には医務局であることを示す星印せいいんが、その存在感を主張しているかのようだった。

 幸多は、頷く。

「はい」

「どうしてまた急に? なんて、野暮なことは聞かないさ。きみの体が特別製だと言うことは、あたしが言ったことだからね」

 愛は、幸多が真っ直ぐにこちらを見つめていることを受けて、はぐらかすことなく伝えなければならないと思った。彼の、褐色の瞳の奥には、複雑な感情が見受けられる。

 なぜ、いまになって知りたくなったのか――そんなことは、どうでもいいことだ。

 彼は、常々不安だったはずだ。

 自分に突きつけられた不思議について、彼自身が知る方法などなかったのだから。

 そう、それは不思議だ。神秘といっていい。彼の肉体に起きている事態。彼の肉体を支えている機能について、彼自身が知っておくべきことは、いくつもあった。

 彼がなぜ、いま、こうして生きていられるのか。

 生と死の振幅の中、どうして耐えられているのか。

 その全てが解明されているわけではないにせよ、幸多は、知るべきだった。

 愛は、イリアを目でうながし、三女神たちにも同様に視線を送った。

 この中枢深層区画の半球形の空間内は、幻想体を具現することのできる設備になっている。だからこそ、女神たちの立体映像が自由自在に動くことが可能なのだが、そんなこととは関係なく、ノルン・システムの機能は完璧に使うことができるのが、彼女たちである。

 突如、空中に複数の幻板げんばんが出現したのも、女神たちがノルン・システムを操作したからだ。

 それらの幻板には、生体解析の際の幸多の様子が映し出されていたり、無数の文字列が並べられていたりと、膨大な量の情報が羅列されている。

「これは、きみの生体解析の結果よ」

 イリアが、説明を始めると、幸多が困ったような顔をした。幸多には、幻板に表示されている情報から何かを掴み取るということは、難しい。

 まるで理解できなかった。

「そう慌てるな。イリアと愛が完全無欠に説明してくれる」

「そこまでいうかね」

「まあ、それだけ信頼してくれてるってことでしょ」

「それは、涙が涸れるくらい嬉しいね」

 などと、愛は軽く肩を竦めると、幻板の一枚に目を向けた。

「きみが生体解析を受けたのは、ここでのことよ。覚えているかしら」

「はい」

 幸多は、イリアの質問にすぐさま頷いた。

 中枢深層区画を訪れた回数など限られていて、いずれも大きな出来事だった。忘れられるはずもない。そして、幸多が生体解析を受けたのは、初めてここを訪れたときであり、戦団最高会議の面々による監視下でのことだということも、はっきりと覚えている。

 天輪てんりんスキャンダルの直後、幸多がサタンの影に吸い込まれるようにして姿を消し、異空間へと転移した。そのことの影響を調べるべく、生体解析を行うこととなったのだが、奇しくも今回の定期検診の理由と似ているといえるだろう。

 今回、急遽定期検診を受けることになったのは、機械型幻魔との交戦に伴う影響を調査調べるためだった。

 そして、あのとき、生体解析を受けたのは、サタンを始めとする鬼級幻魔の固有波形が観測されたからであり、その接触に関する幸多の記憶を覗き見るためだ。

 幸多の記憶を調べるためには、ノルン・システムを使うしかなく、故にこそ、この中枢深層区画を訪れる必要があったことも、幸多は忘れてなどいなかった。

 そして、その際に生体解析をも受けたのだ。

「もっとも、きみの体の秘密について把握したのは、その少し前のことなんだけどね」

 とは、愛。幸多には、その発言の意図はわからない。

「はい?」

「きみが、意識不明の重体で医療棟に運び込まれたことは知っているな?」

「はい」

「その際、きみの体になにか異常はないか、サタンになにかをされたのではないか、調べる必要があった」

「きみがここで生体解析を受けたのは、記憶を覗き見るため。それ以外の、そう、例えば、きみの体に関する秘密を調べるためだけならば、別に彼女たちの力を借りる必要はなかったのよ」

「ただ、特別な機材が必要だったからね。初めてきみとあったときには、調べられなかった」

 愛が少しばかり残念そうにいったのは、本当ならば、幸多が最初に医療棟を訪れた際に調べることができたかもしれないからだ。

 それならばもっと色々と出来ることがあったのではないか、というのが、愛を含む戦団上層部の考えだった。

 とはいえ、彼のために出来ることなど、たかが知れているのだろうが。

「きみが知りたいのは、自分の体になにが起きているのかということ。そうよね?」

「はい」

 幸多は、頷き、自分の手を見下ろした。もはや違和感はないものの、自分のものではないという実感が消え去ることのない左腕と、生来の自分のものである右腕。その右腕にこそ、いまはなんともいいようのない不安を抱いている。

 自分は、一体何者なのか。

 魔素まそを一切内包しない魔法不能者であり、故にこそ完全無能者と呼ばれる存在。

 そして、悪魔たちに特異点と名指しされたもの。

 物心ついたときから、自分が他人とは違うと言うことは理解していた。誰もが持っている魔素を持たず、そのために魔力を練り上げることもできず、万が一にも魔法を使うことの叶わない肉体。

 先天的な魔法不能者の誰もが生まれ持つ苦悩は、しかし、幸多とは全く異なる類のものであり、魔法不能者とも相容れない存在であるという厳然たる事実を幼少期から認識しなければならなかった。

 後天的魔法不能障害は当然として、先天的魔法不能障害もまた、回復する可能性があるからだ。

 しかし、幸多にはありえない。

 なぜならば、この肉体が魔素を生成していないからだ。

 生きとし生けるもの全てが内包し、生成し続けている魔素を、一切、生産しない肉体。

 それなのに、この地上に満ちた膨大な魔素の圧力に耐え、生きているという現実。

 それは、本来ならばあり得ないことなのだ、と、誰もが言った。

 幸多を母胎ぼたいから取り上げた赤羽亮二あかばりょうじですら、そういっていたのだ。

 この体で生きられていることの不思議は、幸多自身が一番理解していた。けれども、十数年も生きていれば、それが当たり前のことであると考えるようになってしまうのも、当然だったのかもしれない。

 それをいまこそ疑問に考えるのは、遅すぎたのか、どうか。

「きみの体には、魔素が存在さえしていない。きみが完全無能者なんて呼ばれる所以よね。そんなこと、普通ありえないんだもの。そして、そんなきみがこうして生きていられること自体、不思議なことで、ありえないことよ」

 イリアは、幸多の目を見つめながら、いった。不安を煽るつもりなどはなく、ただ、淡々と事実を述べているだけのことだ。その事実が彼の心を傷つけるのだとすれば、致し方のないことだろう。

 彼が直接対峙しなければならない事実なのだ。

 無論、彼自身、理解していることであり、だからこそ、幸多の眼差しに変化はなかったのだろう、と、イリアは勝手に納得する。

「そう、ありえないことさ。きみがここにいること、それ自体が本来ならばありえない。この地上に満ちた魔素が、魔素を内包しないきみの存在を容認しない。否定し、拒絶し、破壊する。それがこの地上の現状。それこそ、かつて、ネノクニから地上に送り込まれた調査隊が為す術もなく全滅した理由がだからね」

魔導強化法まどうきょうかほうが確立される以前の話だな」

「ネノクニは何十年もの間、地下に籠もり、地上の様子を知ろうともしなかった。魔天創世まてんそうせいが起きて、地上の魔素濃度が増大したことなんて知る由もなかったのよ」

「それも人体が耐えられないくらいだなんて、想像しようもないさね」

 そして、三人は、幻板に映し出された幸多の検査結果を見た。

 幸多の肉体は、魔導強化法による生体強化を受けていない過去の魔法士たちよりも酷い有り様といえた。魔素を一切内包していないのだ。

 それを知れば誰もが思うだろう。

 どうして彼は、生きていられるのか。




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