第三百五十九話 王塚カイリ(四)
幸多は、カイリの顔をまじまじと見つめながら、考え込んでいた。
幸多が美由理に弟子入りしてからというもの、既に一ヶ月以上もの時間が経過している。
その間、美由理から直接指導された回数は数え切れないし、師の教えによって幸多自身の導士としての力が大きく伸びたことは疑いようのない事実だった。美由理の指摘は的確だったし、なにより、幸多の弱点を正確に見抜く眼力があった。
さすがは歴戦の猛者であり、戦団最高峰の導士の一人だと感嘆するしかない。
美由理の教えによって、幸多は心身ともに強くなれたと実感している。
特に幸多は、この魔法社会において不要の長物と化した武器を使わなければならない身の上である。しかも様々な武器を状況に応じて使い分ける必要性があり、複数の武器を使いこなせるようにならなければいけなかった。
そんな幸多にとって、伊佐那流魔導戦技を体得した美由理ほど、最適な師匠はいなかったのだ。
そして、幸多は、ただ美由理の指示に従い、漫然と鍛錬を行ってきたわけではない。美由理の発言や、師との問答の中で様々に考え、自分の中に刻みつけてきている。
とはいえ、それもまだ道の途中だ。
学んでいる最中であり、自分自身の完成形など見えるわけもない。
ましてや、美由理がカイリに対して抱いている感情についてなど、幸多にわかるはずもないのだ。
ただ、一つ言えることは、美由理のカイリに対する態度というのは、幸多にとっても初めて見る類のものであり、驚くべきものだったということだけだ。
そのようなことを、幸多は、掻い摘まんでカイリに伝えた。
「ふむ……やはり、きみにもわからないか」
カイリは、幸多の回答を聞いて、小さく息を吐いた。期待外れ、というほどのものではない。元より、大して期待してもいなかったのだ。
ただ、聞いてみただけのことだ。
わずかばかりの可能性に賭けた、というべきか。
「まだ弟子になって日も浅いですからね」
「確かに。ならば、きみに頼み事をしようかな」
「頼み事?」
「そう、頼み事だよ。わたし個人としては他人にどう思われようと構わないし、嫌われていても気にしないのだが、しかし、戦団という組織に所属しているだろう。しかもわたしは技術局の室長という身分で、彼女は軍団長だ。その関係が拗れているというのは、立場上あまりよろしくない」
「それは……そうかもしれませんね」
幸多は、カイリの渋い表情を見つめながら頷く。確かに、その通りだろう。戦団は、組織だ。それもこの央都、人類生存圏の根幹を成す組織であり、人類の未来にとって必要不可欠の存在と言っても過言ではない。
戦団は、堅牢強固な組織でなければならない。
戦団に所属する誰もが、央都守護と人類復興という大目標に向かって邁進するべく、一枚岩たるべきだと心がけなければならないのだ。
そうはいっても、組織は組織に過ぎず、人間の集団に過ぎない。
人それぞれ様々な主義主張を持ち、思考をし、好悪がある。時にはぶつかり合うこともあれば、意見の対立が表面化することも少なくない。
人間が感情を持つ生き物である以上、それは避けられないことだ。
最近では、本荘ルナに関する扱いで激論が交わされたという。
人ならざる、幻魔ならざる、未知の存在である彼女を、戦団の一員として、導士として受け入れるなど、到底考えられることではない、言語道断である――と、声を荒げた星将もいたというのだ。
むしろそれは当然の反応ではあっただろうし、上層部も、反発が起きるのは理解していたはずだ。それでも、本荘ルナを導士にすることに決め、強行した。
それが最良の方法である、と、上層部が結論づけたのだ。
反発する星将たちの説得にこそ、護法院は時間を費やし、手練手管の限りを尽くしたという。
戦団は、一枚岩でなければならない。
そうでなければ、この幻魔に満ちた混沌の世界で生き抜くことは、難しい。
カイリの考えも、極論をいえば、そこにある。
つまり、美由理がどうして自分を嫌っているのか、その理由を知り、改善したいというのだろう。
「個人的にはどうでもいいことなのだよ、本当に」
カイリは、何度となく、そのようなことをいった。
カイリ自身は、他人に興味がないといわんばかりの態度であり、実際そうなのだろう、と、幸多も察するくらい、彼の言葉は空疎だった。
極めて事務的で、義務的な受け答え。
だが、それでいいのだろう、と、幸多は想う。
組織を維持するための最適解とは、つまり、そういうことだ。
感情ではなく、理性でもって動いている。
カイリが美由理との関係を少しでも良くしたいと考えているのも、それだ。
なんだか幸多は、このわずかばかりの時間で王塚カイリのひととなりというものが見えてきたような気がした。
「ところで幸多閃士、きみの検査結果だが……」
「……どうしました?」
幸多は、多種多様な医療機器がその役割を終え元の形に戻っていく様を目で追うのを止め、カイリを見た。
第一開発室長は、どうにも形容しにくい表情をしている。
「今回、突発的に生体検査を行うことになった理由は聞いているね?」
「はい。昨夜、機械型と交戦したから、ですよね」
「うむ。機械型はただの幻魔ではない。未知の新兵器なんだよ。どのような機能が内蔵されているのか、わかったものではないんだ」
未知の新兵器。
人型魔導戦術機イクサに用いられた技術をふんだんに取り入れ、改造を施された幻魔たち。
幻魔は、人類の天敵たる怪物だが、生き物だ。魔法の発明と進歩によって誕生した新種の生命体、それが幻魔なのだ。
人類にとっては最大の敵であるが故に、多くの人々はその事実を直視しないようにしているが、生物であることに違いはあるまい。
そして、昨夜、未来河周辺に現れた幻魔は、いずれも獣級に類別される幻魔だった。
彼らが望んで改造されたとは、とても考えられることではない。
鬼級幻魔に支配されれば否応なく付き従うほかないのが幻魔の習性、生態とはいえ、酷なやり方もあったものだ、と、思わざるを得なかった。
無論、だからといって、機械型幻魔の存在を受け入れることなど出来るわけもないし、認められるわけもないのだが。
さらにいえば、どのような改造が施されているのかなど、幸多にわかるはずもない。
「だから、昨夜機械型と交戦した導士には、生体検査を受けてもらうことになったというわけで、医務局も大わらわ――という話は、聞いているだろうが」
カイリは、幻板に表示された幸多の生体情報を見つめながら、いった。カイリが技術局から医務局に貸し出されたのも、そのためだ。
医務局の導士の手が足りなくなるほどの多忙ぶりは、それだけ数多くの導士が戦闘に参加したということもあれば、導士の中に多数の重傷者が出ているという事実もある。
機械型は、それほどまでに凶悪で、危険性の高い幻魔なのだ。
「まあ、それはともかく……きみの検査結果についてなんだが、きみは、自分の体について、どこまで聞いているのかな?」
「はい?」
幸多は、カイリの質問の意図がわからず、思わず生返事をしてしまった。空かさず、聞き返す。
「自分の体について、ですか?」
「うん。きみ自身の体について、なにか聞いてはいないかな。それ次第では、わたしに話せることはなにもないかもしれない」
「どういう……ことですか?」
幸多は、カイリの青ざめた、しかし決して動揺しているわけではない理性的な顔を見つめながら、質問した。
「〈七悪〉に特異点と呼ばれたきみの扱いは、慎重にならざるを得ないということだよ」
「特異点……」
カイリがまじまじと見つめている幻板、そのなにも映っていない裏側を見ながら、幸多は反芻する。
確かに、〈七悪〉の一体、アザゼルが幸多のことをそう呼んだ。
それがなにを意味する言葉なのか、幸多には皆目見当も付かない。
完全無能者だからそのように呼んだのか、それともまた別の理由があるのか。
そして、それが幸多の生体検査の結果とどのように関係しているというのだろうか。