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第三百五十六話 王塚カイリ〈一〉

 生体検査が定期的に行われるのは、義一ぎいちが説明した通りの理由であるらしい。

 つまりは、戦団の福利厚生ふくりこうせいの一環であり、導士どうしの心身の状態を常に管理し、確認しておくことが戦団の運営にとって極めて重要なことだからだ。

 導士一人一人の状態を常に完璧に把握するというのは、簡単なことではない。

 戦団に所属している人間は、総勢一万六千人を超えているのだ。

 これだけの人数の心身の状態を常時把握しておくのは、不可能に近い。

 故に、数十人から数百人単位での定期検診を行っているのだ。

 今回、美由理が主宰する夏合宿の参加者全員が急遽生体検査を行うことになったのは、どうやら、昨夜の幻魔災害が関連しているようだった。

「きみたちが導士としての本分を果たした結果だ。悪いことではないが」

 美由理が、医療棟の真っ白としか言いようのない廊下を歩きながら、なんとも言い難い表情で、いった。

「合宿の予定表に変化を加えなければならないというのは、なんともな」

「仕方がないわよ。機械型がどんな能力を持っているのか、未知数なんだから」

 と、美由理に言ってのけたのは、日岡イリアである。医療棟内で合流した彼女は、当然のような顔で美由理の隣を歩いている。

「研究解析は、きみたちの仕事だろう」

「だから、全力を上げて行っている最中よ。昨夜の戦闘に参加した導士の生体検査も行うのも、そのためだもの」

 イリアは、そんな風にいって、導士たちを見回した。皆代幸多みなしろこうた伊佐那義一いざなぎいち九十九真白つくもましろ、九十九黒乃(くろの)金田朝子かねだともこ、金田友美(ともみ)菖蒲坂隆司あやめざかりゅうじ

 この七名は、昨日、休養日だったはずだ。しかし、幻魔災害の発生に際し、休日を返上し、任務に当たった。

 その結果が、これだ。

 戦団が策定さくていした央都防衛構想は、多発する幻魔災害によって見直しを迫られていたが、〈七悪しちあく〉の暗躍が明らかになったことによって、早急に手を打たなければならなくなった。

 それこそ、非番の導士の動員を可能とすることへの方針転換である。

 元より、日々、通常任務や訓練に多忙を極める導士には、定期的な休養が必要不可欠であり、義務であるとされていた。事実、導士は消耗し続けている。休養を強制しなければならないほど、導士というのは純粋であり、熱心なのだ。

 職務に忠実すぎるきらいがある。

 そうでなければ央都防衛はならず、人類復興も成し遂げられない――というのは、戦団に所属する全導士の共通認識なのだろうが。

 それにしたって、誰もが命を削るかのように鍛錬たんれんいそしみ、任務に走り回っているのは、どうなのか、と思わないではない。

 イリアとて、寝る間を惜しんで働いている身の上ではあるのだが。

 自分はいいのだ、と、イリアは想う。なぜならば、イリアは技術局の人間であり、前線に出て戦う身分ではないからだ。戦団において最も死と隣り合わせなのは、戦闘部の導士たちであり、それ以外の部署の導士にはそこまでの危険性はない。

 だからこそ、命を削ることでしか彼らに貢献できない、と、イリアは考えるのだ。

 そして、同時にこうも想う。

 戦闘部の導士たちには、どうか命を大事にして欲しい、と。

 それが結局、現実を見えていないものの妄言もうげんなのだとしても、願うことくらいは自由だろう。

 イリアは、美由理の隣を歩きながら、彼女の相も変わらぬ凜然りんぜんとした振る舞いに見惚みとれるような気分になる。

 美由理は、戦闘部の導士の中でも最高峰の魔法士であり、幾度となく死線を潜り抜けてきた歴戦の猛者だ。このたび、新人導士を徹底的に鍛え上げるという名目の夏合宿を立案したのは、彼女自身が乗り越えてきた苦難に直面した際、彼らが少しでも生き残ることができるように、という想いがあるに違いない。

 氷の女帝などといわれ、実際常に無愛想で感情を表に出すことの少ない彼女だが、その心の奥底には、人類に対する愛情に満ち溢れている――などというようなことを言葉にすれば、窓の外まで吹き飛ばされるに違いない、と、イリアは内心苦笑した。

 彼女は、照れ屋だ。

 美由理は、といえば、イリアの説明には納得こそしたものの、不服であることを隠そうとはしなかった。

 必要な処置だと言うことは、理解している。

 機械型幻魔が、人体の機能を阻害するなんらかの能力を有している可能性がないとは言い切れない。

 いずれも同様の改造が施された幻魔たち。それらがDEMシステム以外のなんらかの機能を保有していたとして、なにも不思議なことではない。

 いや、むしろ、疑うべきだ。

 通常の幻魔では持ち得ない、なんらかの機能を追加されている可能性を考えるべきなのだろう。でなければ、改造し、機械化する必要性がないのではないか。

 だから、定期検診ついでの生体検査を行うことには、反対ではないのだ。

 むしろ、大賛成といえる。

 しかし、夏合宿の全体的な見直しが必要になるかもしれないという事実に頭を抱えているというのが、美由理の本音なのだ。

 やがて、一行が辿り着いたのは、医療棟二階にある検査室である。

 やはり、全体として潔癖なまでの白さを誇っており、どこを見ても真っ白そのもののようだった。実際には、多様な色が混ざっているのだが、しかし、白さこそ圧倒的であり、この広い室内を支配しているのは間違いなかった。

 検査室に足を踏み入れるなり、美由理がたじろぐのがイリアにははっきりとわかったし、真後ろを歩いていた幸多にもそれとなく伝わってきた。

 イリアがちらりと彼女の横顔を見れば、明らかに不快そうな、しかし、イリアほどの付き合いがなければそれとわからない微妙な変化を見せている。

 視線を前方に戻せば、美由理の反応の理由もわかろうというものだ。もっとも、それがなぜなのかは、イリアにはわからなかったし、どうやら美由理にもわからないらしいのだが。

「あなたが検査を?」

妻鹿めが局長に頼まれてね。仕方なくだよ。悪く思わないでくれたまえ」

 美由理に対し、機嫌をうかがうかのような返答をしたのは、長身の男だった。真っ白な空間に映えるような銀髪の持ち主で、透き通るような碧眼へきがんには、濁りひとつ見当たらない。決してそこまで若くはないのだろうが、見た目には三十台半ばから後半くらいに見える。無論、この時代、外見から実年齢を当てることは不可能に近いのだが

 すらりとした長身を包み込む白衣の胸元には星印が輝いているが、黄色い五芒星ごぼうせいであり、技術局に所属する星光級導士であることを示していた。

 星光級、つまりは、星将だ。

 ということは、技術局でも相当な地位にある人物だと想像がつくだろう。

 技術局第一開発室長・王塚おうつかカイリである。

「誰もそんなことはいっていないでしょう、王塚室長」

「いや、失礼。どうにも、きみには嫌われているような気がしてね」

「そんなこと……」

 ありえない、とは、言い切れず、美由理は口をつぐんだ。それが失言であり、失態しったいであることは理解していたが、しかし、王塚カイリの目を見るだけで心がざわつくのを抑えられないのだから、どうしようもない。

 見かねて、イリアが口を挟んだ。

「わたしも手伝うから、安心なさいな」

「だから、わたしはなにも」

「まあまあ、そこに座っていなさい」

 イリアは、美由理の背中を押して、検査室の片隅に置かれた長椅子まで案内する。そして、強引に座らせることで、ようやく安堵した。

 美由理が王塚カイリという存在そのものを嫌悪しているらしいということは、イリアにとっては当たり前のように知っていることだった。だからこそ、カイリが合宿組の生体検査をり行うと知って、すぐに駆けつけたのだ。

 美由理のことだ。

 カイリとの間でなにか重大な問題を起こすことなどありえないが、しかし、二人の間の軋轢あつれきが今まで以上に大きなものになる可能性は否定できなかった。

 戦団に所属するもの導士、必ずしも仲良くしなければならない理由はないし、親密になる必要もない。が、関係を無闇に悪化させるのは、良くないことだ。

 特にカイリは、第一開発室長である。

 第一開発室は、ノルン・システムの点検や調整、管理を行う部署であり、同じくノルン・システムを司る情報局とも関わりが深いだけでなく、あらゆる部署と垣根を越えて連携している。当然、戦務局とも、戦闘部とも繋がりが強い。

 戦団そのものの根本と結びついているといっても、言い過ぎではあるまい。

 それが技術局第一開発室であり、故にこそ、室長・王塚カイリとの関係性が悪化することは、なによりも恐れるべきなのだ。

 無論、カイリも導士だ。いくら相手に嫌われていようとも、果たすべき職責は全うするだろうが。

 それはそれとして、気分は良くないだろう。

 イリアは、家族か親友にしかわからないのだろう美由理の不服そうな表情を見つめながら、そんなことを思うのだった。


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